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第二話

「んな訳あるかーーッ!」


居酒屋で、大学時代の先輩である桜子と飲みながら心愛は叫んだ。ここは会社近くの安居酒屋で、大学が近くにあることもあり学生で賑わっているから誰も彼も大声で話していてその雄叫びを気にする者はいない。

心置きなく叫んだところで人々の賑わう声でかき消されるのだからそれはそれで虚しい。手にしたレモンサワーの大ジョッキをトンっと置いて(学生時代に居酒屋でバイトをしていたせいで、グラスは丁寧に扱う癖がついているのだ)、ほとんど空になったそれを睨みつける。自分の酒量からするともうこれくらいでやめておいたほうが良いか、でも金曜日なのだからもう少し飲みたい。


そんな心愛の心の声が聞こえたように、呆れたように桜子が声をかける。


「いいじゃん、明日は休みなんだし飲めば?その慎重なところが心愛よねぇー。そんなに荒れるんだったらカレシに聞いちゃえばいいのに」


「それが出来れば、この歳まで未経験じゃないんですよ、桜子さん」


今年28才の心愛は、実は彼氏が居たことがない。高校時代は女子校だったし、大学時代は生活費を自分で稼ぐためにアルバイト三昧でそれどころではなかった。社会人になったらなったで、見込みのない恋をしてなかなか踏ん切れず、掛けられたお誘いは全て断っている。


桜子には、ちょっと前に付き合う人が出来たこと、その相手は、自分がずっと気になっていた相手で、でも好かれてる訳ではないことを話していた。自分が秘密にしたいと言った手前、社内どころか親しい友人ですら同期の裕次郎であることは明かしていない。鈴原心愛は割と義理堅いタイプなのだ。


「でも、毎日連絡くれるんでしょ?休日だってほとんど毎週会ってるって話だったじゃない」


「連絡が来るっても……そんな甘い感じじゃないんですよ。今日はどこどこにプレゼン行ったとか、実家の犬が子供を産んだとか?」


「ふーん……?」


「あ、あと、何を伝えたいのか分からない写真とか。週末に会うのも、デートの下見なんじゃないかって感じのコースで」


「なんで下見って思うの?」


「だって……あからさまなデートコースばっかりだし、やけに感想聞かれるし……。あとこの間は部屋探しに付き合わされました。もう今のところの契約が切れるだとかで。私、今の部屋だって行ったことないです」


「あれ?彼氏、この間海外赴任から戻ってきたばっかりって話だったよね?もう賃貸契約切れるの?」


「なんか、元々そういう契約だったとかなんとか言ってたけど忘れました」


「へぇー、珍しいね」


桜子が首を傾げる。


「まぁ、そんなことはどうでも良いのです」


そう、最も心愛がこれは恋じゃないのだろうと想う理由は……

身体的接触が!皆無なのだ。未だに手もつながず、キスもせず、言わんやその先は、だ。いや、最初の頃、横断歩道か何かを渡る時にちょっと手を引っ張られたことくらいはあったが、それだけ。触れる機会がなさすぎてそんな小さなことすら忘れられないのが我ながら哀れだった。


素振りも見せない徹底ぶりに、これはそういうことだ、と毎回理解させられるのだ。もう三十代も間近の男女がオツキアイして半年経つのにこれ。疑い深い心愛でなくとも同じ結論に達するだろう。


「童貞なんじゃない?」


あの、モテ男の見本のような藤崎が?

言われるがままに想像してみるが――


「ナイナイ」


「じゃあ、ゲイだとか…でもその場合心愛は仮面彼女になっちゃうか」


「それもナイナイ。アイツは女好きですよ。飲んでるといっつも歴代の彼女の自慢話聞かされますから。小学生時代から始まって、中、高、大、いま!」


誰が好き好んで片想い相手の恋愛遍歴を聞きたいと思うだろうか。気持ちを悟られたくない心愛は必死で面白そうな素振りを貫くが、なんとも辛い時間なのだった。


「えーっ、それは…なんとも」


「でしょう?総務課の誰々に告白されたとか、取引先で受付の女の子から連絡先渡されたとか。そんな話聞きたくないっての!」


店員が運んできたレモンサワーのジョッキを受け取って、勢いのまま飲み下す。


「ちょっと、そんな勢いで飲んだら酔いの回りが早いんじゃない?」

「金曜日だからいいんですっ」

「あーあー、またクダまきコースになっちゃった」


一定の酒量を超えると飲みすぎるきらいのある心愛である。

そんなわけで、その晩も翌日二日酔いコースに踏み込んだのだった。

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