4話・七華、これ以上はダメだ!
九魔惡の魔手が四織に向かう。それを食い止めようとしたんだけれど、七華が色々してきて頭がパンク寸前なんだよね。早くしないと、いけないのに……。
いろいろ誓約あっからね。そんなかで頑張るんです、僕はね!
「うちのだんなさまによくも手を出したわね! 喰らえっ。守護天使撃滅光《Angel right of killer 》」
「健アニキ、いまの、聞こえた?」
七華が俺の目を見て、言った。
「当たり前だ! くそったれ。四織、死ぬなよっ」
俺は、バカだけどなぜか放っておけない四織、の家に向かって、走りだそうとしていた。ただの厨ニ病の四織が、すでに死んでいるかもしれない、などという考えを頭から追いはらいながら。
「ちょっと待って!」
「なんだよ」
「バカアニキ! どこに行くのよ」
「四織んちに決まってるだろ」
「今行っても、足手まといになるだけよ」
「さっきは、勝てた」
「九魔惡は、まだ本気出してないだけ」
「え? そんなマンガみたいな話しあるのかよ」
「うん。1ミリどころか、1%も出してない」
「うそだろ?」
「やっぱり、気づいてなかったんだね」
「そんな。じゃあ、俺は何をしていたんだ」
「あいつに遊ばれていただけ」
「それでも、俺は四織のところに行く! あいつを放っておけない」
「まったく、そういうときはカッコいい顔するのよね……」
小声でつぶやく七華。よく聞こえない。
「え? なに? 聞こえない?」
「なっ! なんでもないよ」
金髪のツインテールが、ピンっと立つ。あわてている証拠だ。
「とにかく、行ってくる」
「ちょっと待って! 最初の忠告」
七華は、人差し指を立てて言った。
「なんだ?」
「九魔惡に挑発されても、絶対に攻撃してはダメ。あいつは負の感情をエネルギーに変えるから」
「じゃあどうすれば、いいのさ」
「避けるか、受ける。ひたすら耐える!」
「はあ? ムリだろ」
「さっき言ったでしょ。惡の力には、より上位の属性の力じゃないとダメだって」
「より上位ってのが分からないよ」
「惡〈 中立〈 善」
「……。バカな兄ちゃんに、もっと分かりやすく説明してくれ」
「何も知らない子どもに殴られてやり返す?」
「しないな」
「九魔惡はガキなんだから、やり返したらつけあがるだけ。殴られてもニコニコしてれば、戦いはおさまる」
「ほんとかよ」
「憎しみに憎しみで返しちゃダメ。そういうのモテないよ」
「でもさ、あの強打を受け続けたら、はっきり言って○ぬ自信あるぞ? 七華ちゃんは、お兄ちゃんに○んでほしいのかな?」
「もー、男の子が○ぬ○ぬ言わないの!」
「だって、ほんとのことだもん。あいつバチバチに○ってくるじゃん。YouTuberの○んぽるきあの喧嘩自慢なんか目じゃないよ?」
「わーかった! アニキ、ちょっといい?」
七華が一瞬で、俺の前に来た。
え、何それ今の、テレポテーション?
それも吸血鬼の力なのか。
って、おいおい。
顔近すぎだろ。
七華は俺の目をじっと見つめて、顔を寄せてきた。
ちょ、ちょっと待った。
近い、近すぎる。
サクランボのように甘い唇が近づき、触れた。
「ん! むぐっ! んふっ! や、やめろ。七華、どうしちゃったんだ」
「ずっとこうしたかった。アニキ、嫌だった?」
はぁはぁ、と荒い息を吐きながら、七華は言った。
「嫌じゃないけど、兄妹で、こんな……って、あ」
兄弟じゃないのか、俺たち。
「私たち兄妹じゃないでしょ?」
「でも! こんなのおかしいだろ」
そのセリフを打ち消すかのようにまた、七華が口を塞いできた。
「んちゅ! れろ。んぐっ、んーっ。ぷはっ、はあぁ」
「ダメだって七華、これ以上はダメだ!」
「いいから、ガリっ!」
「いっ!」
唇に激痛が走る。
七華の八重歯が、赤くぬらり、光って。
また、口を塞がれる。
「私の血、飲んで……」
甘いけれど鉄の味が舌にのる。
さっきまで妹と思っていた七華の、唾液と血が混ざったジュース。
頭の芯がジンジンする。
「んぐ、んぐ、んぐっ。ぷはっ!」
「ふふ、おいしかった?」
「んなわけないだろ。って、え?」
どくん!
心臓が跳ねた。
どくん!
身体中が熱い。
どくん!
七華の血液が動脈を通る。
どくん!
体の隅々まで行きわたる。
どくん!
ひりひりとした痛みがおさまる。
俺の体が小さくなった気がした。
いや違う。
体が、引き締まったんだ。
余分な脂肪が筋肉に変わり、着ていた道着がゆったりした。
「どう? 半日だけど、吸血鬼になった気分は」
吸血鬼? 俺は魔族の血を飲んで、その力を得たのか?
「あっ。うくっ! はぁはぁ。あんたなんかに、うちのヴァージン捧げてたまるかっ。うちの体はタケルっちのものなんだから」
「思ったよりしぶとい。やはり初ものだけある……。ん? お前まさか、タケルと契約してやがるのか?」
「そうよ。あんたのその薄汚い手、うちの旦那様に触れたら承知しないから…… 精霊守護天使繭」
「憤怒! さっきから呪文ばかり。だが、お前だけじゃないぞ。使い手はな。暗黒邪神千手拳」
「うにゃ! いたたたたーーーーー! 女子を殴るなんて、最低にゃーーーーー」
耳が1キロ以上先にある四織の呼吸、喘ぎ声まで感知する。
え?
どうなってる?
九魔惡の激しい息遣い。
四織に何をしやがった!?
「九魔惡に一方的にやられて、防戦一方ってところね」
「早く行かないと。四織が危ない」
「大丈夫よ。いくらやられたって、魔族同士では死なない」
「どういうことだよ」
「仲魔を探しているのよ。九魔惡は……」
「仲魔?」
「そう。パートナー、彼女、片割れ、伴侶、妻、人間はいろんな呼び方をするよね」
「パートナー?」
「もうすぐ、日本は滅ぶ。その前に同じ、半魔族のパートナーを欲しがってる」
「はい? 二葉姉さんと七華が魔族だったのに驚きなのに、今度は日本が滅んですか?」
「そうよ。本当はコレ、肉体的には年上の二葉が言うはずだったんだけど。今、回復中だから仕方がない」
「そう言えば、九魔惡ってやつが七華に何十年ぶりだって、どういう意味?」
「年齢のことズケズケと、九魔惡って。ほんと、女子に対して失礼よね。あいつは、ずっと変わらない」
そう言う七華は、少し悲しそうな、懐かしそうな顔をした。
その瞬間、頭にノイズが走った。
『|▲※ √∬□ ▼⇔◆ ●﹆《ななか、けっこんしてくれますか》?』
『▼⇔◆ ∬□ ♪ 』
一瞬、見えた。ん? 金髪美女姿の九魔惡の笑顔。そして今と変わらない美少女七華の弾ける笑顔。
「今の、もしかして……」
「あ〜。やっちゃった。血を分けたら、思考も同一化するんだった。あっちゃ〜」
「どういうことだってばよ!?」
「うーん。前世では、うちら、パートナーだったのよ」
「そうなの? もしかして、転生してるんだ?」
「そう。私たち半魔族は転生をする毎に強くなる。でも、それは9回目で最後。あとは不死の実を見つけて食べるしかない」
「食べたら、不老不死とか? チートすぎるな」
「今、分かっただけで、これだけの魔族がいるの。健アニキは多分、一回目。前世の記憶ある?」
そう言って七華は、何もない空中に、人差し指で頭をサラサラと書いた。
転生回数 魔族・人名
2回目 フランケン・二葉
4回目 マミー・四織
7回目 ヴァンパイア・七華
9回目 サキュバス・九魔惡
「たぶん、無い」
「じゃあ、ほぼ確定していいと思う。9回目の転生をしている九魔惡は、経験値がケタ外れ。レベルMAXの、攻撃力、防御力もMAX。健アニキは、よほどのチートスキルがないかぎり、勝てる相手じゃない」
僕の頭の処理能力は、完全に破壊された。
「ってかさ、九魔惡がサキュバスってどゆこと? あいつ、女子なの?」
「……うん。まあ、アニキはバカだから深く考えない方がいい! 脳に傷がつくと厄介だから」
「うん。そうする。じゃあ、行ってくる」
「大丈夫! 四織ちゃんは、初ものだから。その分、力をコントロールできないかもだけど……ね」
「初もの? なんだそれ?」
「あわわ! そんなこと、女子に言わすな!」
「え? なに、怒ってるんだ。とにかく、そろそろ、四織のところに行く。二葉姉さんを、頼んだ」
「お兄ちゃん!」
初めて、七華が俺をそう呼んだ。瞳が潤んでいる。何かをうったえようとして迷っている目だ。
「どうした、七華」
「わ、私と契約して仲魔になれば、1+7=8。九魔惡より−1だけど、倒せないことはないよ」
「ありがとう。でも、とりあえず、さっきもらった血の効果だけでらやれるとこまで、やってみる!」
「バカアニキ! 絶対、○なないでね!」
七華が、ポロリと涙を流した。俺は、金髪の小さな頭に手を優しくのせて言った。
「……。分かった! じゃあ、行ってくる」
俺が家を飛び出した後、七華は二葉姉さんの寝顔を見ながら、つぶやいた。
「二葉を選んでも四織を選んでも、健アニキは、私や九魔惡ですら、手に負えない厨ニ病的超能力を手に入れる、か……。今度こそ、お父様いえ西陣織権三の野望を、打ち砕ける! ……かも?」
七華が九魔惡のパートナーだったって、この時は意識しないようにしてたけど色々考えちゃうよね。まあ、まだチェリーボーイの俺には日本が滅んでもらっちゃ困るし、次回こそ、九魔惡戦がんばるよ!