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第二話 『不思議な師匠とはじめまして』

  次に目覚めたとき、目の前には、後にとわたしの師となってくださった魔法士ルディ様がいらした。


「意識が戻ったか。いやぁよかったよかった」


 厚いローブを目深にかぶり、長い髪を隙間から緩く垂らした魔法士様が、のん気な声で笑っている。

 わたしは何度も目を瞬かせ、ゆっくりと周囲を見回した。

 多分、魔法士が常駐している治療院の一室。不安げな表情の両親。その後ろにも魔法士が控えている。


「あの……、わたしは何故ここに……?」

「記憶が飛んでいたんだ、わからないのも無理はない。君は三日前に家で意識を失ってから、中身が抜けてしまった状態になっていたんだよ」

「三日前……?」


 丁寧に教えてくれる魔法士様の言葉に、意識を失う直前のことを思い出す。

 前世の記憶が流れ込んできたところまでしか覚えてない。そのあと三日もおかしくなっていたのだろうか。

 少し渋めの声にしては随分と若い青年に見える魔法士様は、腕を組み、わたしをじっくりと見分している。


「君の中で暴れていた大きなうねりは治まった。今の自分の状態を言えるかい?」

「……とてもすっきりした気分です。なんと言えばいいのか……、崩れていたものが元に戻ったような、きちんと収まったような……」

「きちんと収まった。うん、言い得て妙だ」


 面白い、と笑い、魔法士様がすらりとした指で宙になにか文様を描く。


「例えるなら、先ほどまでの君は、図書館の書棚から本がすべて落ちてしまっていた状態だったんだよ。それをきちんと分類し直し、棚に戻したから、こうして意識が戻ったというわけだ」

「本を、元に戻した……」


 空中から現れた分厚い本を、魔法士様は軽々と手にし、棚に戻す仕草をして見せた。再び本が消えうせる。何気なく行っているが、これは空間転移の相当難しい魔法なのではないだろうか。

 魔法士様は目を柔らかく細め、自身の膝を両手で叩いた。まるでお遊びはここまで、とでもいうように。


「自分の名前や、ご両親の名前を言えるかい?」

「シャルティーナ・グランツと申します。父はエイオス、母はシリーナ。曾祖父の代に爵位を賜り、以来下級男爵家としての責務を果たしてまいりました」

「いいね、口調もはっきりしている。具合が悪いところは?」

「いえ、ありません。先ほども申しましたが、とてもすっきりとした気分です」

「よろしい。ご両親、娘さんは治りましたよ」


 わたしの隣に座っていた両親に向かい、魔法士様が笑顔を浮かべた。

 お父様が嬉しそうに肩を抱き、お母様がわたしの手を取って薄っすら涙を浮かべ、歓喜の声を上げる。


「シャル! ああ、よかった!」

「心配したのよ、生きた心地がしなかったわ……!」

「お前が動かなくなってしまって、主治医の先生でもわからない症状だというから、魔法士様に見てもらうことにしたんだ。本当によかった……」

「ご心配おかけしました、お父様、お母様」

「いいのよ、貴女が無事ならそれでいいの。ウィルにも連絡したら、とても心配していたわ。次の休暇のときに、元気な姿を見せてやってちょうだい」

「お兄様にまで……。ごめんなさい」


 ハンカチで涙を拭ったお母様が優しく抱き締めてくれる。

 我が家は爵位を賜っているとはいえ、裕福とはいえない下級男爵家だ。それでも両親や年の離れた兄は、わたしを愛してくれている。

 シャルティーナとして生きてきた十五年。平凡だけど平和な日々。ずっと静かに、地道に生きていくのだと思っていた。

 だけど、その静穏が今、崩れ始めている。

 確証はないけれど、そう感じていた。


「さて、グランツ家の皆さん。娘さんは治ったが、根本的な問題は解決していない」


 魔法士様が、喜び合うわたしたちを戻すよう手を叩いた。慌てて居住まいを正す。


「シャルティーナ、君には今、僅かだが魔法の才があるようだ。研鑽を積めば、その才はもっと花開くだろう。そしてなにより、知識を吸い込む土壌が身の内にある」

「わたしに、ですか」

「図書館と例えただろう? 君の中の図書館は広大だ。たくさんの知識を収めてもまだ有り余るほどに。――君は、君自身の司書になる気はないかい?」


 魔法士様の突然の提案に、わたしは虚を突かれ、はしたなくぽかんと口を開けてしまった。


 面白そうに目を細めた魔法士様は、

「端的に言おう、このわたし、魔法士ルディの弟子になる気はないかな」

 そう言ってご自分の胸に手を当てた。


 あまりにも突飛な展開に、わたしも両親も、ただただ魔法士様を見つめることしかできない。


「元来わたしは指導することに向いていないのだけど、君のような面白い人間には興味がある。その素養を伸ばせるのならば、ここにある知識とその扱い方を授けよう」


 魔法士様が自らの頭を指先で突いた。

 ルディという名の魔法士が、王国専属筆頭魔法士の最上位を賜っていることは、この国の人間ならば誰もが知っている。

 わたしが、その方の弟子になるというの……?


「……わたしが、魔法士になるということでしょうか」

「一応登録はされるだろうね。だが、騎士団に入ったり独立して研究所を持つまでは難しい。むしろそれはもったいない。君は得た知識を有効に活用し、多くの人々に伝えるべきだ」

「どういうことなのか、少し、わかりかねます」

「そう、ちょっと難しいねぇ。――ああ、教師に向いているって言えばいいのか。己の魔法を研究し続けるよりも、得た知識で他人を教え導く方があっている」

「教師……」


 頭の中に『伯爵令嬢の家庭教師』という言葉が浮かぶ。まさか、本当に? 伯ネスの始まりはこんな感じだったかな?

 思い出したばかりの記憶を引っ張り出してみるけれど、こんなシーンはなかったと思う。


「魔法士様、娘にそんな素質があったのですか」


 困惑するわたしの肩を抱いたまま、お父様が怪訝そうに尋ねた。

 確かにそうだ。お父様が訝しむのもわかる。この十五年、そんな素振りはまったくなかったのに。


「ああ。今までは隠れて抑え込まれていたけれど、三日前に表へと出てきたんだろう。その衝撃で、一時的に意識が飛んでしまっていたとみているよ」

「爵位を賜った祖父は騎士団に勤め、多少ですが魔法も扱えたと聞き及んでおります。先代もわたしも、妻の家系も魔法士はおりませんが、息子は多少魔力がありました。娘にも受け継がれているということでしょうか」

「可能性は大いにある。魔法の資質というのは気まぐれでね。必ず受け継がれるものでもないし、ある日突然目覚めることもよくあることだ」


 魔法士様の言葉にどきりとした。

 突然思い出した前世の記憶。目覚めた魔法の素質。

 やっぱり前世がきっかけなんだろうか。

 伯ネスの主人公シャルティーナとしてスタートしたから?

 でもゲームは十八歳になってから開始するはずだ。だけど弟子入りするのはその三年前だからあっているのかな。そもそももう伯ネスの世界が始まっているの?

 なにもわからない。

 ただわかっているのは、伯ネスというゲームをやった記憶を持っていることと、今まさにそのゲームと同じようで違う展開が起ろうとしていること。

 ふと、魔法士様と目が合った。柔らかい微笑みを浮かべているのに、何故か心の中まで見透かされている気がする。不安からなのか、鼓動がどくりと大きく跳ねた


 もしかして、魔法士様は気が付いているんじゃないかな。

 わたしの中に、別の『わたし』の記憶があるということを。



 次の日からわたしはルディ様を『御師様』と呼び、月の半分は研究所に居候する形で、魔法と様々な学問を教えていただくこととなった。

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