漂流者
木材で出来た骨組みに土壁を薄く塗り固めた平家の建築物が軒を連ねる街、街を囲う防壁の周りには穏やかな川が流れ緑も多く、中央にある広場にはいつも行商人や露店が立ち並び、この街を活気付け繁栄させてきた
その広場から二つほど通りを外れた路地に、明らかにその国の軍事レベルを超えた火器を持った男を中心に五人の集団がいた。
その火器を持った男は身に付けた衣服から見て明らかに文明の発展度や文化が異なる、ソキウスを連れておらず魂玉も身に付けていない、十中八九多元世界から来た漂流者である。
「こいつらみたいになりたくなければ、俺に従え」
そう言った男の足元には二人、風穴の空いた男達が倒れていた。
「ひ、ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
一人がバタバタと逃げ出すが…
<タタンッ!>
冷静に男は逃亡者を射抜く、よしんば物陰に隠れられたとしても、十分な厚さの無い木材や土壁の建築物では恐らく貫通するであろう威力を持つアサルトライフルに似た火器である。
「いいか、逃げれると思うな? 俺は別にこの街の人間全て殺し尽くしてもいいんだからな?」
漂流者とは、誰かが明晰夢を見ている時に、たまたま多元世界とのチャンネルが噛み合ってしまいユニバースシフトしてしまった、不完全な幻顕者である。
不完全であるが故に、意識が完全にハッキリとはせず、また理性のタガも簡単に外れてしまう
そして、ソキウスによる幻顕力のコントロールもない為、幻顕も正確さに欠ける。
しかし、この男は今明らかに意識をはっきりと持ち、冷静に幻顕した火器を操ってみせた。
「へ、へい…わかりやした旦那…」
「そ、それで、あっしらは何をすれば…」
「よーしよし、言う事さえ聞いとけば悪い様にはしねぇよ」
そう言うと男は同タイプの銃を三丁幻顕し、男達に渡す。
「こ、これは…」
「これと同じもんだ、このレバーを上げて、この引き金を引く…」
<タタタタタンッ!>
「うわぁっ!」
「おーいおい、無駄弾撃つな…いや弾数とかあんのかこれ?まぁいいや」
男はその場の生き残り三人を従え広場へと歩き出す。
「さぁて、狩りの始まりだぜ…」
悪辣な笑みを浮かべた―――――
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同じ頃広場の近くで漂流者の捜索を行なっている少女、ハンナがいた。
歳の頃は十四歳、小柄だが育つ所は育っている正義の体格、紫紺色のショートヘアーに魂玉の付いた髪留めを左の前髪に付けている。
白を基調に青と紫のラインが入ったジャケットに黒のストール、リナリィのスカートとは違うスリットの入ったタイトなミニスカートに黒のスパッツといったデザインの制服に身を包んでいる。
「ハンナ、反応がおかしいよ、漂流者にしては魂命が安定し過ぎてる、これは…」
「クラッカー…もう来てたんですね…ニッカ、臭いは追えますか?」
ニッカと呼ばれたハンナのソキウスは魂玉からムササビに似た体長40センチ程の幻体になる。
「クンクン…うーん、オイラの鼻に届いたのは漂流者っぽい奴の臭いだけだね」
「そうですか…もしクラッカーにオペレートされていたら何をさせられるかわかりませんね…向かいましょう」
「わかった!」
ニッカは再度魂玉へと変化する。
「能力幻顕、【影隠れ】」
ハンナは自らの影に沈み込む、そして、ハンナの影だけが残り、周囲の影と同化する様に移動していく
「ソウマさんが来る前にクラッカーの位置を見つけておきたいのですが…」
「クラッカーを追っていれば漂流者の目もこっちに向くだろうしね」
<タタタタタンッ!>
「銃声!」
「この世界の人達は銃火器にはほぼ無防備だ!」
ハンナは銃声のした方へ向けて速度を増す。
「見つけました!」
ハンナは影から飛び出して漂流者達の前に着地する。
「あぁ…なんだぁ?ぁ…あら?ぁ……」
漂流者がハンナの姿を確認すると、急に漂流者の眼球が上下左右に激しく動き始める。
「おやぁ?これはこれは…C級幻顕者の小娘が何の用だ?」
すると、漂流者自身の意識は途切れ、その奥で思考を操っていた楽園が、完全に漂流者の意識を乗っ取った。
「クラッカー…完全にオペレートに入りましたね…」
「え…?え…?」
仲間を殺されて恐怖から従っていた現界の男達は何が起きているかわからずに困惑する。
「おい、この餓鬼撃て」
「へ?」
「こ、この娘をですかい?」
「早く撃てやぁ!!」
<タタタタタンッ!>
「「「ひぃぃぃぃぃぃ!!!」」」
漂流者を乗っ取ったクラッカーは男達の足元に銃弾をバラ撒く
「よしなさい!」
「うるせぇんだよ餓鬼ィ!オラ撃てぇ!!」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
<<タタタタタタタタタタ>>
脅され男達はハンナに向けて引き金を引く
「くっ!」
ハンナは影隠れで影の中に潜む
「おーいおい、勇ましく出てきたクセにもう逃げんのかぁ?」
「き、消えた?」
「おい、C級の雑魚なんざほっといて行くぞ、小娘、広場で大虐殺ショーが行われるのを震えて見てな!ギャハハハハ!!」
「だ、大虐殺…?」
「だ、旦那一体何を…」
先程よりも尚粗暴になった漂流者の口から大虐殺という言葉が出てきた事でまたしても困惑する男達
「あぁ?ったくめんどくせぇなぁ!」
「ひぃぃ!!」
クラッカーは銃口を男達に向ける。
「っ!いけないっ!!」
その様子を見たハンナが影から飛び出す
「まぁそう来るわなぁ!!」
すると、漂流者だけではなく、銃口を向けられていた男達も示し合わせた様にハンナへと銃口を構えた
「なっ!?」
「喰らえやぁ!!」
「【影法師】!」
ハンナは咄嗟に能力【影法師】を使用し、影から等身大の分身を三体幻顕する。
<<タタタタタタタタタタッ!!>>
影法師の耐久力や身体能力はハンナの幻体と同じであり、幻顕者の幻体は基本的に現界でのそれよりも強化されている。
これは、固有の能力ではなく、幻顕者の特性である。
幻顕者になる以前から日常的に明晰夢を見続けている幻顕者にとって、幻体はそもそも現界での己を超越出来る器である事を理解しているからだ。
「くぅっ!!」
しかし、そんなハンナの影法師三体を貫通し銃弾は幻体をも貫く
これはハンナ自身が戦闘に長けていないという理由もあるが、漂流者の意識をクラッカーが乗っ取り、その能力を過剰幻顕させており、幻顕されている銃火器の威力が
強化されている事が大きい
「まさか現界人までオペレート出来るとは思いませんでした…ニッカ、復元お願いします」
「わかった!」
ニッカはハンナの貫かれた右太腿と右手を幻顕力を使い痛みを緩和し、幻体を復元させ、【影隠れ】の能力を幻顕する。
本来痛覚など存在しない幻体だが、幻顕者の幻体は魂命を核にしている、それは魂そのものに傷を受けるという事である。
本来であれば魂命に傷を受けようものなら即実体に引き戻され、のたうち回るほどの痛みを受ける。
だが、そうならない為にソキウスが幻顕力を使用して痛みを緩和、そして損傷した部位からの幻顕力の流出を抑え、幻体の維持や復元を行う
「まぁたかくれんぼか…コソコソとめんどくせぇ餓鬼だぜ」
「自分も本体は隠れてるのに…ニッカ、まだ臭いは見つかりませんか?」
「ゴメンよ…オイラの感知力ではまだ見つけられない」
ハンナは影の中を移動しながらクラッカーの本体を探すが、ニッカの感知距離よりも、クラッカーのオペレート距離の方が広く、漂流者を野放しに出来ないハンナでは見つけようが無かった。
「てめぇが隠れてるならそれでいいや、こっちは最初から街の奴らの皆殺しが目的だからなぁ」
漂流者はハンナを探そうとせず、現界人を引き連れて広場へ向かう
「っ!どうすれば…!」
本来であればクラッカーの本体を捕捉し、漂流者を本体の護衛の為に足止めする予定が、本体を見つける事はおろか、自分が漂流者の存在に足止めされてしまっている。
「お、獲物はっけぇん」
広場に着く前に、漂流者は母親と五〜六歳くらいの少女の姿を発見する。
「【影法師】!!」
「2ポイントゲット〜」
「影法師ではダメだハンナ!!」
<<<タタタタタタタタタタッ!!>>>
ハンナは影法師を親子の盾にする為幻顕するが三つの銃火器から発せられた銃弾は影法師に多少は威力は低下するものの、先程と同じく貫通されていく
「ダメぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
親子に銃弾がまさに襲い掛かろうとしていた―――――
<ギュギィィィィィィィィィンッ!!!>
「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」
聞き慣れない凄まじい音に母親は我が子を掻き抱いてしゃがみ込む
「なんだぁ!!?」
「あぁ…!!」
しかして銃弾は親子には一つも届かず忽然と消えていた。
その光景に漂流者は驚愕したが、ハンナは安堵の涙をながす。
パラパラパラパラ…と狼の口から銃弾が吐き出される。
いや、狼の口では無い、狼の口を模したナックルガードを着けた手の中から銃弾が出てきているのだ。
その手の持ち主は黒を基調に青と紫のラインが入ったマスクとスーツ、胸部、左肩、そして両腕と両足にも同じ配色のプロテクター
右手は狼、左手は牙のナックルガード、首には銀色のスカーフを着けた人物が親子の前に立っていた。