魂の鼓動
「つまり私がその…卵を持っているから狙われたと言う事ですか?」
「そうね、奴等楽園は、卵を連れ去って、自分たちと同じく楽園に引き入れるのが目的の一つね」
幻装機と同化しているメリルは中に保護しているリナリィに事の経緯を話していた。
「私自身を狙っていたわけでは無いんですか?」
「いいえ、卵と言うのはそもそも人の魂に内包されたもう一つの魂、運命共同体と言うべき存在よ、卵を狙っているという事は、その宿主であるリナリィさん自身を狙っているという事なの」
「そう…なんですか、卵というのはその…メリルさんの…元?になった存在ですよね?」
「そうね、私はソウマの卵が、私達のリーダーの能力【魂産】によって魂の形を得た存在よ」
「私もソウマさんの様に、幻顕者…?に、なるんですか?」
「それは、私にはわからないわ、全てはリナリィさんの魂次第、リナリィさんの魂の意志に委ねる。それが私達のリーダーの方針よ」
「私の…魂の意志…」
「ええ、ただ卵をそのままにしておく事は出来ないの、一度世界を捉えられてしまった卵はもういつでもゲートを開けられてしまうから…」
「また…狙われる…って事ですか?」
リナリィは先程まではゾンビ映画さながらのクリーガーに追い回され、挙げ句捕まり四階から放り投げられるという体験をしたのだ、それを思い出して身震いをする。
「そうね、そのままでは私達が戻ったらすぐにでも次が来るわ、まだ繋がっていない世界の卵は私達のリーダー…そしておそらく楽園のボスしかそもそも感知も出来ないけど、一度世界が繋がってしまった卵は自らの魂を守る方法を知らないからね」
「魂を守る方法…」
「そう、私達ソキウスは一度繋がった卵やユニバースシフトしている幻顕者がいる世界をある程度感知出来るのだけど、その宿主の魂が実体にある間は、その魂を保護して感知されないようにしているの」
「魂が実体にある間は…?」
リナリィは気になる言い回しに首を傾げる。
「そう、例えばソウマの実体は、今この瞬間もソウマの元の世界にあるわ」
「実体が…元の世界に…」
リナリィは先程自分を落下中に受け止めて助けてくれた人物の実体がここでは無い世界にあるという事にいまいち理解が追いつかない
「幻顕者リアライザーはユニバースシフトをする時、まず実体から魂…私達は魂命と呼んでいるけど、そしてそれを取り巻くアストラル体とエーテル体を量子エネルギーに変換して、私達ソキウスの魂玉に入る。」
「魂命…アストラル体とエーテル体…」
「少しわかりづらかったわね、そうね…アストラル体は精神体、エーテル体は生命力みたいな感じで考えてもらうといいかな」
「あ、なるほど…わかりました。」
「そして、その量子エネルギーを保護した私達ソキウスが、世界の境界を超えて、特異領域…ええと、この世の理から隔絶された場所であり、数多ある世界の中継地点みたいな場所と思ってもらっていいわ」
「あ、はい、特異領域…」
リナリィは自分の頭からプスプスと煙が上がってないか少し心配になる。
「そう、特異領域に移行したら、私達の魂玉に記憶されている宿主の実体情報を、宿主の魂命、アストラル体、エーテル体を使って幻体を幻顕するの、それが今のソウマよ」
「幻顕された身体…ですか」
話だけではいまいち実感は湧かないが、説明を受けて少し理解する。
「でもこれは、私達も絶対にそうだとは言えないの、私達のリーダーが幻顕者になった時は全く何もわかってなかったし、その後仲間が考察してそうなんだろうと結論付けただけだから」
「メリルさん達のリーダーも元々は幻顕者では無かったんですね」
となると、幻顕者の始まりとはどこなのかと疑問も出てくるが…
「そうね、ただ、明晰夢はよく見る体質だったみたいね、そしてそれはソウマもそうだし…リナリィさんもでしょ?」
「あ…」
リナリィはメリルの言葉に覚えがあった。
確かに自分は明晰夢をよく見る、ほとんどだと言って良いくらいだ。
「明晰夢をよく見る事、そしてその中で自分の思い通りに身体を動かせる事、これが恐らく卵の資質ね」
「確かに…私もそうかも知れません…」
身に覚えがありすぎて納得する。
「あと、これは推測ではあるのだけど」
と、前置きしてメリルは話し出す。
「卵の資質を持つ者であれ、そうでない者であれ、明晰夢は見るわ、そして明晰夢を見ている間、その人はアストラル体だけユニバースシフトをしているのわ」
「えっ!?」
メリルの意外な言葉にリナリィは驚く
「私達はそういう人達を漂流者と呼んでいるの、その人達がその世界でただ常識の範疇で過ごしているのなら構わないのだけど、中には明晰夢であるが故に暴走してしまう人がいて…」
「なるほど…なんでも思い通りになると思ってしまうから…」
「そう、その世界に害を為す漂流者も、やっぱりいるの、そういう人を元の世界に還すのも私達の仕事」
「漂流者の人達は夢だとしか思ってないんですもんね…」
「そうね、あと漂流者は楽園が好んで狩るわ、良い経験になるみたいでね…」
「狩る…もしかして…」
リナリィは自身にも覚えがあるのか、推測を立てる。
「明晰夢を見ている時に、怖い夢を見て身体が思う様に動かなくなったりした事があるでしょ?あれは楽園に幻顕力を狩り取られて、幻体…まぁドリフターは仮の幻体だけど、それを動かせるだけの幻顕力が無くなってるの」
「だから…そういう事だったんですね…」
明晰夢の説明に納得したリナリィはふと幻体について疑問に思う事があった。
「そういえば、今私の世界にいるソウマさんの身体が幻体なら、元の世界にあるソウマさんの身体は…寝ているんですか?」
「漂流者や卵の場合はそうね、でも、私達ソキウスを持つ幻顕者がユニバースシフトをする時は、その瞬間から宿主の世界は、宿主を基点としたアストラルタイムに入るから、ほぼ止まってるような状態になるのよ、でないと抜け殻の実体は当然死んじゃうからね」
と、言ってメリルはコロコロと笑う、いまだにメリルの姿を見ていないリナリィは明朗活発な女性が笑っていると考えているのであろう
「話が逸れたけど、まぁそんなこんなで、とりあえず卵をそのままにって選択肢は無いのよ、間違ってもリナリィさんを楽園になんかしたくないし」
「楽園…には、連れて行かれるとなってしまうんですか?」
「それは私達にも詳しい事はわからないけど、奴等は卵を絶望させて意識を刈り取り、その上で魂命を強奪していく様な輩よ、なりたくないなんて言葉が通じるとは私は思えない」
苦々しくメリルは吐き捨てる。
「確かに…そうですね…」
「あと、さっき私が言ったリナリィさんの魂の意志と言ったけど、それは簡単に言ってリナリィさんが本当にどうしたいと思っているのかというだけの事なんだけど」
「私が本当に…どうしたいか」
「そう、幻顕者となって、同じ境遇の人を救ったり、奴等は経験を得るために卵がいない世界にも踏み入って力を振るうわ、だからそれを防ぐのも私達よ、ただ、ソウマの様に戦うのが怖いなら、情報を集めたりしてサポートをしてくれる人もいるのよ」
「サポート…ですか」
「そうね、能力にもよるけど、なんでもかんでも戦えとは言わないわ、あともう一つ、卵を封印してあげる事もできるわ、ソキウスである私からすると…封印は心が痛むのが本音だけどね」
少し、寂しそうにメリルが言うと、リナリィはその理由に気付く
「魂…ですもんね…」
「うん、確かに私達は幻顕された存在だけど、卵だった時の記憶は無いけれど、それでも、ソキウスとして産まれた時の喜びは…言葉では言い表せない程だったなぁ…」
しみじみと語るそのメリルの言葉に、<トクンッ>っとリナリィは自分の胸が高鳴るのを感じた。
「メリルさん…私、早く自分のソキウスに会いたいって、そう思うわ!」
リナリィは破顔してそう言った。
「!…うん、うん!そうだね!ソウマにネクロなんてサッサと追い払ってもらって、リナリィさんのソキウスに会いに行こう!」
魂玉となっているメリルに今涙は流れないが、メリルの魂は涙を流しながらそう言った。
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「ラディウスシューター!」
ソウマは腰部のホルダーに装着されている銃身部は赤と黄色、グリップは白の二丁の光線銃を使いモルタの膝関節部を撃ち抜いていく
「オ゛ォぉ…あ゛ァァ…」
流石のモルタも膝関節が無くなると立てなくなる。
「ブレードモード!」
二丁を合わせ、光線銃を直線型に変形させると、トリガー部は銃身に収納され、それと同時に銃身の外装が持ち上がり鍔となる。
そして銃口部から<フォンッ!>という音と共に長さ九十センチ程の光の刀身が現れた。
「すまない…すぐ、終わらせるからな」
<ブォン!ブォン!ブォン!>
ソウマはモルタの首と肘から先を斬り落としていく。
もはや魂の無い操り人形のモルタである以上、移動手段と攻撃手段を封じておかなければならない
「全く悪趣味な能力だぜ…!」
元々リナリィの校舎にいたモルタは一通り無力化し終えた。
「メリル、聞こえるか?臭いは追えてるか?」
「あ…この声は…ソウマ…さん?」
幻装機内部にソウマの声が届き、それに気付いたリナリィが反応する。
メリルに名前を聞いたのだろうが…
「うむむむっ!リナリィさん!イカン!イカンよ〜!今の俺は光の力で悪を倒す…」
「それはもういいから…カラスの臭いは未だに南の森の中ね、ネクロの足では移動に時間がかかるからイェーガーが出てくるかも…だけど、この森って学校の敷地内よね?」
上空から見ているメリル達の下には広大な森が広がっている。
「はい、そうですね…こうやって見ると広いですね…」
「広さはさして問題無いけど、それなら猛獣とかはいないよね」
広い分にはメリルがこまめに臭いを確認しつつ追いかければ、機動力は圧倒的に分がある。
「猛獣…、猛獣では無いですけど、ロトモアならいます」
「ロトモア?聞き覚えが無い…って事は、この世界特有の生物か、どんな奴だ?」
「力持ちだけど、とっても大人しい子ですよ、角がチャームポイントで…」
「あー…もう大丈夫だわ」
「え?」
「「「グォるる…ぐォォォ…」」」
木の陰から様子を伺うソウマの視界に、鹿の角が生えた斑模様のあるライオンの様な三体のイェーガーが見えた。
「これはこれは…随分とチャーミングだねぇロトモアちゃん…」
未知の生物とは厄介な物だ、それが別世界の生物なれば尚の事だ、自分の世界ですら電気発するウナギ、プラズマ衝撃波を撃つエビ、身近な所では人を簡単に殺してしまう程の毒を持ったスズメバチいるくらいだ。
その前情報すら無い動物が、不死の身体を持っているのだ。
「イェーガータイプ柔軟な思考は持ってない、長引かせず行動不能にするのは変わらない」
ソウマの言った通り、ザグラスの操るモルタは人型のクリーガー、獣型のイェーガーを問わず、基本的には与えられた指示に対して自動で遂行しようとする。
それは、その指示を邪魔しようとする者がいたとしても、全く無視してしまうような単純な思考ルーチンしか持ち得ない、ソウマは長年の経験でそれを知っているのだ。
「イェーガーなら俺を指定は出来ないはず…動く存在に反応か…?」
ラディウスシューターを近くの木の枝に向けて撃つ
「「「グォォるル!!!」」」
予想通り落ちる木の枝に襲いかかるイェーガー、素早くラディウスブレードで四肢を落としにかかる。
近付き様に横薙ぎで一番手前にいたイェーガーを一閃、そのままの勢いで前転し即座に飛び上がる。
木を蹴り上空へと出るソウマを追いかけて残る二体のイェーガーも同じ様に飛び出す。
「メリル!!」
「ドンピシャ!」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!」
ソウマの飛び出したその足元に合わせて猛スピードで幻装機が入り込む、リナリィはそのGに耐えている。
イェーガー達がその顎を閉じた時には既にソウマは幻装機の上部に立ちラディウスシューターを合わせて構えていた。
「まとめて撃ち抜く!」
二つに合わせたラディウスシューターは一丁ずつの時よりも連射力は低いが高威力で貫通力もある。
ドウッ!ドウッ!と、一射目で手前側にいたイェーガーの右前脚と左後脚、そしてその奥にいたイェーガーの右後脚を射抜く、そしてニ射目で手前の左前脚と、奥の右前脚と左後脚を射抜く
「とりあえず周りに人がいなければこれで大丈夫か」
「あとはネクロ本人ね、このまま突っ込む?」
「いや、リナリィさんが乗ってるからな、角度だけ合わせてくれたら飛ぶ」
「了解、こっちよ!」
そう言ってメリルは幻装機の上部をヤッツムの臭いがする方向へ向ける。
「リナリィさんもう少し待っててくれな!」
ソウマは幻装機を蹴り、その方向へと飛んでいく
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
水平に戻った幻装機の中でリナリィはそれまでかかっていたGから解放されて深呼吸をする。
「ごめんなさいね、急に」
「あ、いえ、ちょっと楽しかったです」
『ちょっと飛ばすわ』と言われた後の機内は、まさしく絶叫マシーンのそれと同じであった、この世界にそう言った類の物があるかどうかは定かではないが…
「今ソウマが今回の騒動の元に向かったから、たぶんもうすぐ終わると思うわ」
「わかりました!」
リナリィは意志を固めた様子の眼差しでソウマの飛んだ先を見つめながら、まだ見ぬソキウスへの想いを馳せていた。