卵の立場
「ーーーーその話を信じる……には、もう少し考える時間が欲しい所だが……」
どこからともなく、いや、目の前に突然現れた謎の青年であるソウマの説明は、柔軟な思考を持つアシマにも俄には信じ難い話であった。
「さっき俺がこの場所に突然出現した事、少なくともそれが俺達幻顕者の存在の証明にはなるだろう?」
「ふむ……別の世界からの来訪者……か。あの男も同じ存在という事か……」
「存在は……ね。目的は正反対だよ」
「目的、そう……目的だ。あいつは目的はまだ無いって言ったんだ!」
隣にいたサモアが思い出したように言った。
「目的がまだ無い……楽園もまだ卵を見つけてないって事か」
「私の鼻でも卵の存在を掴みきれてないわ」
「!?」
「動物……?」
メリルが魂玉からフェレット形態に変化して喋り出した事に周囲は驚くが、アシマは冷静に事実を受け止める。
「なるほど、確かにこの世界ではあり得ない事象を起こせるようだ」
「アシマさん……だったかな。立ち振る舞いから感じる通り、その落ち着きっぷり、やっぱり只者じゃ無いな」
「ソウマ君もね、見た目の若さに反して受ける印象は青年のそれでは無い」
アシマの言葉に、ソウマは苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「うっ……! やっぱ俺、幻顕者生活が長くてオッサン臭くなってんのかな?」
『何言ってるのよ。現界じゃまだピチピチの17歳でしょ!』
すかさずメリルがツッコミを入れる。
「そうなんだけどさぁ……精神年齢だけ無駄に年取ってる気がして」
『中身は3年経っても、まだただのヒーローオタクの少年よ! 安心しなさい』
「それ褒めてねえだろ!」
アシマの前で繰り広げられる漫才のようなやり取りに、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
「済まない、話を戻そう。……それで、あの男はどうやって私に成り代わったんだ?」
「それに関しては俺達も完全に把握してるわけでは無いんだが……恐らくあいつ……コマンダーと俺達は呼んでいるが、軍隊……に限らず何らかの組織に入り込む時、精神干渉波を放出して、自らをその組織の長そのものであると強く認識させる事が出来るようだ」
「ちょっと良いですか? それが本当なら、私に効果が無かった理由は……」
ソウマの説明にサモアが疑問を投げかける。
「えーと君は……」
「私の三男、サモアだ」
「三男………そうか、なるほど……」
ソウマはそれを聞いて、ナウラの能力をより深く理解する。
「ソウマ、何かわかったの?」
「ああ、簡単な事さ。サモアさんは、軍である前にワグサム家だったって事だよ」
「軍である前にワグサム家……確かに……」
「防衛軍としてのアシマ総司令というよりも、父親として認識していたから、コマンダーの能力で認識阻害がされなかったんだと思う」
「ふむ……父親としては嬉しい気持ちもあるが、総司令としては複雑だな」
「そのおかげで今無事だったんだからいいじゃない」
苦笑いするアシマにニムスが言う。
「話が逸れたが、俺の、そして奴の目的は、俺達が卵と呼ぶ、俺達と同じく幻顕者の資質を持つ者だ」
「君達と同じ……その人物がデバンドに……いやこの世界にもいると言う事か……」
アシマは自分の存在する世界にもそんな非現実的な力を持つ者がいる事にも懐疑的にならず、目の前で見たソウマの出現、己にいとも簡単に成り代わったナウラの存在から、その事が真実であると受け入れる。
「ああ、まだ本人すらその事に気付いていないが、その人物を絶望させる……それが奴の目的だ」
「絶望させる……だから宣戦布告なのか」
「そうだな、コマンダーのいつものやり方らしいが、平和な国であるほど効果は覿面だろう」
いつものやり方らしい、ソウマはそう言った。ソウマはミッションでコマンダーと相対するのは今回が初めてなのだ。
ソウマの能力『幻装』は、同じく能力により幻顕する『幻装機』もあって、対象のみを守る事、そして一対一やせめて対複数人程度の戦闘は得意であるが、コマンダーの様な場合によっては何万人単位で現界人を動かしてくる相手は不得意……というよりも、力技でコマンダー本人の元まで辿り着く以外の方法が無い。
力技でコマンダーの元に辿り着くという事は、現界人の犠牲を一切考慮しないという事だ。
「まいったな、ソシアが来るまでにせめて卵だけ保護できればいいと思って来たんだが……こうなっちまうと……」
「これだけの人と関わっちゃったからね……」
関わらなければまだ良かったが、ソウマはアシマ達とガッツリ関わってしまった。いくら自分の記憶が消えるとはいえ、ここまで関わった人物がこのままコマンダーの能力によって引き起こされた戦争で犠牲になってしまうなんて事は流石に許容出来ない。
「それで、どうやってその卵を探す?」
「え? ああ、済まない。卵を探すのは本来ならメリルの感知能力で行うんだが、反応が微弱過ぎて絞りきれないんだ」
「だから目的はまだ無い、か」
「ああ、それで卵の魂に揺さぶりをかける為に砲撃を行ったって所だろうが……コマンダーのソキウスの感知能力がどれほどなのか……」
「私の鼻にはまだ微弱な臭いしか……方角も定まらないわ」
宿主である幻顕者の資質によるものなのか、詳しい事はわかっていないが、ソキウスによって卵や幻顕者の魂命を感知する能力には差があり、メリルはV.C.Tヴィクトの中では感知範囲が一番広く、魂の臭いを感知する。
「せめて方角さえわかれば探索エリアも限定出来るんだが……」
卵の反応を思う様に捉えられず手をこまねくソウマとメリルに研究員から質問が飛ぶ。
「それで……我々はその卵?とかいう人物を探して差し出せば戦争は終わるという事ですか?」
「え?」
「そうか、あの男はその人物を探して宣戦布告したんだもんな」
突然わけもわからず自分達の防衛軍から宣戦布告をされた人達。その人達からすれば、卵を狙って戦争が起こったなら、その人物を見つけて差し出せば戦争が終わると考えるのは何もおかしな事では無かった。
むしろ卵を特別視するのはV.C.Tヴィクトであれ楽園であれ、幻顕者だけなのだ。
「いやいや違う! そうじゃない! 差し出すんじゃなくて保護を……!」
「保護……? 保護すれば戦争は収まるのか?」
ソウマは自分と現界人の意識のズレをキチンと理解出来ていなかった。
ソウマに取って卵は保護対象であっても、現界人にとってはそうではない。その人物のせいで今まさに自分達は突如宣戦布告され、戦時中に陥ってしまったのだ。
そもそも卵は幻顕者にとってはV.C.Tヴィクトであれ楽園であれ目的の人物であるが、現界人にとっては特別でもなんでもないただの一人の人間なのである。
そしてもう一つの懸念がある。それは卵を巡ってこの戦争が引き起こされたという認識を現界人が持ってしまうと、ソウマやコマンダーがこの世界から去った後、幻顕者の記憶が無くなった人々に残った記憶と現実に起こった事象の辻褄合わせの為に、下手をすれば卵が引き起こした戦争となってしまう可能性すらあるかもしれない。
「マズった……やっぱ現界人と必要以上に接触するべきじゃなかったか……」
ソウマは自分の認識の甘さを痛感する。
「待つんだ皆。話を聞く限りその人物が何かをしたわけでは無い。その者も自らが狙われている事にすら気付いていないんだ。そんな人物を吊し上げ、軍を乗っ取ったあの男に差し出すなど、星の眼差しに晒していいとは思えない」
「アシマ様……」
「我々が軍を乗っ取り私欲を満たさんとする者の望みを叶える為に奔走する、それこそあの男の企み通りでは無いのか」
卵を見つけ出し、コマンダーに引き渡そうと考えた研究員達をアシマは制止する。
「それに、あの男はその人物を欲するが故に無差別攻撃に出れないんだ。差し出せばその後どうなるかわからない」
「そ、そうか……確かに……」
研究員達はアシマの言葉に納得し、冷静さを取り戻していく。
「アシマさん……ありがとう」
ソウマは自分の見通しの甘さ故に卵まで危険に晒しそうだった所をアシマの言葉に救われた。
「礼には及ばんさ。ソウマ君が我々を救いに来たわけでは無くとも、理解不能であった事態を多少なり知る事が出来た……それに、君の眼だ」
「俺の……眼?」
「君は我々を救いに来たわけでは無い……が、我々を見捨てる眼をしていない。己が目的の為だけに動く者の眼をしていないからな」
ソウマはアシマのその見抜く力、そして、何よりも人を惹きつける力に感服すると同時に、想像出来てしまった事態に悪寒が走る。
「アシマさん……貴方は偉大過ぎるようだ……。貴方に成り代わったコマンダーが恐ろしくなって来たよ……貴方ほどの人物に成り代わった奴がどんな命令を下しても、軍は喜んで命令を遂行するだろう」
「確かに……父上の指令に従わない者など防衛軍にいるとは思えないですね……」
「なら、その前に事態を収める為に動こう」
アシマは真剣な眼差しでそう答えた時。
「ーーーー!! ソウマ!! 捉えた!!」
「!!」
メリルが卵、ハンナの魂命の反応を捉えた。
私生活が忙しくなり更新が不定期になります。




