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異世界恋愛短編集

チート能力を持つ彼がその力を隠す理由は彼女との幸せの為~彼は彼女の為に力を使う~

作者: 来留美

 「ねぇ、もう一度聴かせて」


 お花畑を眺めながら座っている女の子は隣に座っている男の子にお願いをするように言っています。


「また? 見つかったら大変なんだよ?」

「もう一度だけでいいの」

「仕方ないな」


 男の子は仕方ないなと言いながらも楽しそうに歌います。

 男の子の唄は音符の形となって、彼女の周りをぐるぐると楽しそうに回っています。

 男の子の唄は音符になって目に見えるのです。

 そして男の子の声は透き通っており、人の心を和ませる声なのです。



「ねぇ、もう一度聴かせて」


 あの日の女の子は大きくなりもうすぐ大人と呼ばれる年齢になります。

 そしてあの日の男の子も同じです。


「また? 見つかったら僕は君と離れてしまうんだよ?」

「でも聴きたいの」

「仕方ないな」


 そして青年となった男の子は歌います。

 青年の声は変わらず透き通っており、人の心を和ませる声でした。


 青年の唄は音符になって彼女の周りを回ります。

 彼女はその音符を人差し指でツンツンと触ります。

 音符は少しバランスを崩しながらも彼女の周りを回り続けます。


 青年が歌い終わると音符はすぐに消えます。

 音符は青年の声によって命を吹き込まれるのです。

 青年が唄を届けたい相手へと音符は飛んでいくのですが、少しの衝撃で音符は消えてしまいます。


「どうして触るの? 音符が消えちゃうよ?」

「だって、音符達が可愛いのが悪いのよ。どうしてあなただけなの? 私もあなたのような力があれば良かったのに」

「君には僕のようにはなってほしくないんだ」

「隠れて歌うこと?」

「そう。僕達が親と一緒に過ごせないのはこの力のせいなんだよ? それでもこの力がほしいの?」

「でも、私もあなたと同じ立ち場になればあなたと分けあえるわ」

「何を分けあうの?」

「あなたの抱えている恐怖よ」


 彼女は青年の手を握ります。


「君ならこの力が何を意味するのか分かるよね?」

「分かるわ。お金になるの」

「僕は歌執(かしつ)になって、国の所有物になる。人ではなく、物として扱われ、生涯をお金持ちの為に尽くすんだ」

「歌う執事だから歌執(かしつ)。そんな名前をつけて、国は歌執(かしつ)は幸せを手にできるというけれど、本当は奴隷なのよね」

「国民はそんな国の言葉を疑うことはしない。だって歌執(かしつ)になった人達がどうなったのか本当のことを知らないから」

「私は目の前で見たの。体調が悪いお母さんをむりやり歌わせて、お母さんの命を奪ったの」

「僕も目の前で見たよ。年の離れた兄さんが風邪で声が変わるとゴミのように捨てたと思ったら、他のお金持ちの家に売っていたんだ」


 彼女と青年はそんな経験をしたから逃げ出したのです。

 もし、一人になったらその場所へ行きなさいと言われていた場所へ。


 それが彼女と青年が育ったこの場所です。

 山奥にある大きな家。

 木々に隠されて誰も知らない。


 その場所は歌執(かしつ)になった人だけが知っています。

 唄に乗せて歌執(かしつ)だけに音符が飛んできて、場所を知ることができるのです。


◇◇


 しかし、その幸せの場所に終わりが来ました。

 彼女と青年がいる大きな家に国の役人が来たのです。

 国の役人はこの場所にいる歌執(かしつ)の血縁者を全て連れていこうとしました。


 このままでは彼女や青年だけではなく、まだ幼い子供まで連れていかれます。

 彼は考えます。

 どうすればここから助かるのかを。


 そして青年は歌います。

 青年の唄に誰もが動きを止めて聴いています。

 青年の声で音符が生まれ、ほとんどの音符は役人の周りを回っています。


 少しだけ残った音符は彼女の元へ行き、に・げ・ろと奏でました。

 彼女が青年を見ると青年は彼女に微笑みながら歌っています。


 彼女はうんと頷き、育ててくれたおばさんやおじさん。

 そして幼い子供達を連れて青年の唄を聴くために訪れるお花畑が目の前にある秘密の場所へ走ります。


 青年の声がどんどん遠くなり小さくなります。

 それでも彼女の腕の中には青年の音符があるので、青年が歌っているのは彼女には分かります。


 しかし、秘密の場所へ着くと、青年の音符は一瞬で消えました。

 彼女は心配になり戻ろうとしますがおじさんやおばさんに子供達の為に今は我慢してと言われ、彼の所へ戻りませんでした。


 

 大きな家には役人が立っており、帰ることもできず、おじさんやおばさんは知り合いの人を頼り、また大きな家をあの場所とは違う所で建てました。


 そこで彼女はまた静かに暮らします。

 青年のことを想いながら。

 自分自身を責めながら。


◇◇◇


 歌執(かしつ)とは国が決めた特殊な能力を持つ人間に与えられた称号で、歌う執事のことです。

 ただ歌うのであれば誰でもできますが、その特殊な能力は青年のように唄が音符として目に見え、人の心を惑わすこともできるのです。


 国はそんな特殊能力がある人を集め、執事としてお金持ちの家へと派遣するのです。

 そしてその特殊能力を持つ人達は、その家で歌って人々の心を和ませ執事として働くのです。


 そんな歌執(かしつ)となる人達を国民は羨ましがるのです。

 それは何故か。

 それはこの国では働く場所がなく、ほとんどの国民が貧乏だからです。


 歌執(かしつ)の人達はお金持ちの家に住み、豪華なご飯を食べ、高い給料を貰い貧乏とはかけ離れた生活をしています。

 そのままお金持ちのお嬢様と結婚するという話も噂で聞きます。


 人生で初めて歌った時に幸せが確定する。

 誰もが羨ましいと言う。

 それが歌執(かしつ)なのです。


◇◇◇◇


 青年は彼女を逃がす為にずっと歌い続けました。

 そんな青年に役人は、青年が歌執(かしつ)になれば今回は他の逃げた者は見逃すと言いました。


 彼はその言葉を信じ、歌執(かしつ)となることを決めました。

 それから彼はお金持ちの家へと派遣されました。


 彼はお嬢様にすぐに気に入られました。

 彼の声と整った顔立ちにお嬢様が恋をしたのです。

 お嬢様の為に歌う彼。

 お嬢様は嬉しそうに聴いています。


 彼がお嬢様の元へ来て少し経った頃でした。


「ねえ、最近のあなたの歌は聴いていてあんまり和まないのは何故なのかしら?」

「えっそれは申し訳ございません。お嬢様の為に歌うのが自分の仕事だというのに」

「いいの。ただ気になったのよ。もしかして夜遅くまで歌っているからじゃないの?」

「何故それを知っているのですか?」

「だってあなたの音符が遠くに飛んでいってるのを見たことがあるの」

「それはその日だけですよ。練習の為に歌ったんです」

「でも音符は聞いて欲しい人の元へ行くのよね?」

「そうです。亡くなった兄に聞いて欲しくて歌いました」

「そうなのね。届くといいわね」


 お嬢様は納得した顔はしていませんでしたが、彼には気付かれないように笑顔を作って隠しました。

 それからも彼の歌は良くなりませんでした。


 お嬢様もそれが気になり、一日だけ彼を見張って欲しいと使用人に言いました。

 使用人は彼をずっと見ていてその結果をお嬢様に報告し、お嬢様はその結果を彼に言うことにしました。


「あなたはいつも夜中にどうして歌っているの?」

「お嬢様? 何故それを?」

「答えてくれる?」

「もしかして全て分かっているのですか?」

「うん。だからあなたの口から聞きたいの」

「分かりました。自分は大切な人の為に唄を歌っています。その人に届くように音符を遠くまで飛ばせるように自分の使える時間の夜中に歌っているのです」

「その大切な人には届いているの?」

「分かりません。でも歌うことをやめたくないのです。必ず彼女に届くと信じて毎日、歌っています」

「そう。だからあなたの歌は最近、元気がないのね」

「それは申し訳ございません」

「悪いと思っているのなら、大切な人の為に歌うのはやめてもらえるかしら」

「それは、、、」

「あら? あなたは私の言葉に反論するの?」

「いいえ。そんなことはありません」

「それならもう、夜中に歌うのはやめてくれるわね?」

「はい。分かりました」


 彼がお嬢様に反論できない理由は歌執(かしつ)だからというだけではなく、彼が言うことを聞かなければ、あの日に見逃した人達を見つけ、歌執(かしつ)になれない人は殺すと言われたからです。


 そして彼は彼女へ歌うことをやめました。

 でも彼女への想いは残ったままです。


◇◇◇◇◇


 彼の姿を毎日みていたお嬢様は気付いていました。

 彼はまだ大切な人を忘れていないと。

 お嬢様は彼を独り占めにしたくなりました。


「あなたに一つだけ教えてあげる」

「自分にですか?」

「あなたの大切な女性はこの前、婚約したわよ」

「えっどうしてそれを知っているのですか?」

「あなたの音符を使用人が追いかけたのよ」

「音符は彼女の所へ届いていたのですね?」

「そうよ。あなたの音符は彼女に届いていたのよ。でもその時には遅かったの。彼女には婚約者がいたの」

「そうですか」

「彼女はあなたのことなんて忘れてしまっているのよ? 彼女はあなたがいなくても幸せなのよ」

「彼女が幸せなら良かったです」


 彼はお嬢様に、彼女のことを教えてくれたお礼を言って自室へ戻りました。

 彼がどんな想いなのか誰にも分からないほど、彼は無表情でした。


「彼女は結婚するのか。それならお祝いの唄を歌おう」


 そして彼は歌い出しました。

 彼の声は透き通っており、人の心を和ませる声でした。

 彼の音符は彼女の元へと飛んでいきます。

 彼はそんな音符を見ながら歌い続けます。

 彼の歌声は朝になっても止まりません。


 彼は歌いながら執事の仕事をします。

 彼は歌執(かしつ)なのだから、彼が歌っていることを不思議に思う人はいませんでした。

 彼はどんな時も歌うことをやめませんでした。


 次の日も彼は歌い続けていました。


「あなたが色んなところで歌うから、音符達が迷子になっているわよ」


 お嬢様はそう言って音符に触れると音符は消えていきました。

 そんなお嬢様の前でも彼は歌い続けています。


「ねえ、もう歌うのはやめてよ」


 お嬢様の言葉に彼は歌いながら首を横にふります。

 音符もフラフラとしながら窓の外へと出ていきます。


「ねえ、どうして音符は外へと行くの? もしかして彼女の元へ行ってるの?」


 お嬢様の言葉に彼は答えず、歌い続けます。

 透き通った声はお嬢様の心を和ませることはありません。

 何故なら彼の歌は、お嬢様の為に歌っているのではないからです。


「やめて。歌わないで。彼女の為に歌わないでよ」


 お嬢様は彼に叫びます。

 お嬢様も分かっています。

 誰の為に歌っているのかを。


 それでも彼は歌い続けます。

 そんなお嬢様の様子を見ていたお嬢様の父親が彼を牢屋に入れました。

 お嬢様の言うことを訊かない罰です。


 お嬢様の父親は音符が外へと行かないように見張りをつけました。

 音符はそれでも彼女の元へと行こうと飛んでいきます。


 彼は音符が途切れないように歌い続けます。

 休まず、毎日歌い続けた彼の声はいつしか小さくなり、そして出なくなりました。

 そして彼は倒れてしまいました。


◇◇◇◇◇◇


 その頃、彼女の元に音符は届いていました。

 音符は一つ一つ彼女の元に届き、音を奏でます。

 彼女の周りを嬉しそうに回っています。


 彼女は嬉しくて涙が出ました。

 彼女は一人で家に住んでいます。

 そう、お嬢様は彼女に婚約者がいると彼に嘘を言ったのです。


 彼から届く音符は終わることはなく、ずっと彼女に届きました。

 そして彼女は疑問を持ちます。

 彼はいつ、食事をして寝ているのか。


 絶えず音符が届くということは、彼はずっと歌い続けていることを彼女は知っています。

 彼女は一つ一つ音符を抱き締め音符は消えていきます。

 どれだけ繰り返しても音符はなくなりません。

 それほど彼女の元に音符は届き続けています。


 そんな日が続いたある日、音符は一瞬で全て消えてなくなりました。

 彼女は最悪なことを考えてしまいます。

 彼の元へ行きたいのに、彼がどこにいるのかさえ分からないのです。


 彼女は彼の無事を祈ることしかできませんでした。

 毎日、毎日。

 彼の為に祈りました。

 そして彼女は祈りを終わらせ外へと出て、音符が来ていないのか空を見上げます。


 すると、後ろに人の気配を感じ振り向くとそこには、彼女が会いたかった人が笑顔で立っていました。

 少し疲れた顔だけれど彼女はすぐに誰だか分かりました。


 彼女は彼に抱き付きます。

 彼は彼女を抱き締めます。

 この時、二人は気付きました。

 二人でいるこの瞬間が一番幸せだと。



 彼女は彼を見上げます。

 彼と彼女は見つめ合います。


「ねえ、もう一度聴かせて」

「……」


 彼は彼女の言葉にいつものように仕方ないなとは返さず、ただ悔しい顔を見せています。


「どうしたの?」

「……」


 彼女が話しかけても彼は一言も喋りません。

 そして彼は自分の喉を指差した後、首を横にふりました。


 それで彼女は気付きました。

 彼が歌い続けて喉がダメになったということを。

 それでも彼女は悲しい顔をせず笑顔を彼に見せます。


「大丈夫だよ。あなたの唄は聴けなくてもあなたが私の傍にいてくれるでしょう?」

「……」


 彼は彼女の言葉に大きく頷きました。


「……」


 そして彼は彼女を見つめ口パクで何かを言いました。


「おかえり」


 彼女は彼が口パクでただいまと言ったことに気付いて答えました。

 彼と彼女は見つめ合って笑いました。



 二人には唄も声も音符も必要なかったのです。

 二人は心が通い合っていた。

 それだけで充分だったのです。


◇◇◇◇◇◇◇


 それから二人は毎日、幸せに暮らしていました。

 彼は歌うことができなくなり、お嬢様からいらないと言われ今までの給料を貰い、故郷へと帰ってきたのです。


 彼のように歌えなくなった歌執(かしつ)は、奴隷になることがほとんどでした。

 大金を払って買った人間を命が尽きるまで自分の為に使いたいからです。


 しかし彼を可哀想に思ったお嬢様は彼を故郷へと帰らせたのです。

 彼はお嬢様の行動に感謝をし、いつか声が戻ったらまた歌う約束をしました。


 そして二人は歌執(かしつ)になった人間が、幸せなことばかりではないと国民に訴え続けました。

 彼の声は徐々に戻り、昔のようには透き通った声で、人の心を和ませられるようになりました。


 彼はその声で唄を歌い国に訴えました。

 歌執(かしつ)という称号を撤廃してほしいと。

 するとその彼の唄が国民の心に響き、国民が国に彼と同じように訴えました。


 そして国は国民の声を聞き入れ、歌執(かしつ)という称号はなくなり、その名前さえも消えていきました。


 彼と彼女は特殊な能力を持つ人達が、その力をちゃんと発揮できるようにその人達専用の職種を作りました。

 それは心を相手へ伝える為に歌でお手伝いをする仕事です。


「あっ歌手さん。今日、彼女にプロポーズをしようと思うんだ。手伝ってくれるかい?」

「はい。承りました」


 そして歌手さんは唄を歌い、色んな色の音符を出し、音符は幸せそうな二人の周りで、ぶつかっては消えての繰り返しをしています。

 プロポーズは大成功でした。

 音符はハートの形に並び二人を祝福しています。


 歌手さんは全ての人達に好かれました。

 綺麗な声。

 可愛い音符。

 そして心を和ませる力。

 そんな特殊な能力を持つ人。


 それが歌手さんです。

読んで頂きありがとうございます。

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