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6.二尾、島へ

 

 ふたつ尾を持つ二尾は出来物だ。

 伝説の妖狐八尾が長となる一族に連なる者である。八尾の下、勝手気ままに見え気配りが出来る七尾、力を持て余している六尾と五尾、三尾にべったりな四尾といった自由奔放な兄姉たちだ。末弟は自分が面倒を見なければという意識が根底にある。一族は末弟を可愛がっているものの、忙しかったり自分勝手なところがあるので、自然とそうなった。

『二尾ならば問題なかろう』

 今や最も細心の注意を払う必要ありとみなされる翼の冒険者、その拠点である幻花島へ一尾はなんどか遊びに行っていた。そして、なんと、弟がよく二尾の名前を出すので、一緒に遊びにおいでと誘われた。

 存在すらあやふやだった精霊の王たる者、主要属性むっつもの加護を持つ翼の冒険者から、招待を受けた。九尾曰く、魔神がこぞって望んでも叶わぬ入島の権利を得たという。

 八尾もいちもにもなく許可を出す。

 八尾は翼の冒険者の心遣いに気づいていた。

 先日、遊びに行った際、遅い時分となったことから宿泊を勧められるも、住処へ帰りたいと泣いたと聞いている。仕事へ出た二尾が帰っていないことを知りつつも、馴染みのある場所が良いと主張したのだ。

 一尾は二尾が夜に戻ってこない時には四尾と三尾と一緒に眠った。四尾もいない時は、八尾の寝床へもぐりこんだ。およそ、子供に忌避されそうな威厳溢れる八尾であるが、六尾と五尾はいびきと歯ぎしりがうるさいからという理由で候補に挙げられず、繰り上がる。九尾や七尾は大抵不在だ。

 夜半に室に入って来て、机に向かう自分の背後で丸まる一尾に、八尾は早々に仕事を切り上げ、なにもいわずに一緒に眠ってやることもある。

 そんな一尾は翼の冒険者の唯一の人間を落ち着いていて穏やかで優しいと話した。

『シアンはね、にいちゃんとちょっと似ているの』

 物慣れない風情なのが、兄とは違うところだ。二尾はしたことがないことや知らないことがあっても、泰然としている。シアンは色んなことにやや遠慮気味で、自分が出来ないことを出来る者を評価する傾向にある。一尾も最近、そんな考え方に感化されつつある。

『謙虚になったんですよ』

 九尾が両前脚を胸の前で組みながら深く頷く。

 妖狐でも最も力ある九尾がそうは言うも、力ある者が自信ありげに振る舞うのは当然のことだ。また、だからこそ、不用意に軽んじられることはない。

『まあ、シアンちゃんは遠慮がちというわけでもないんですがね』

 九尾曰く、意思疎通を取れるのなら、姿かたちに捉われることがなく接する。その者の考え方を尊重しようとするからだと言っていた。

『一尾は好奇心旺盛なところがリムと似ているよ。リムよりも無鉄砲で加減が分からないかな。リムは自然と身に着けているから』

 二尾は九尾からそう聞いて、リムを始めとする幻花島の幻獣たちと会ってみたいと思った。

「世界」を精密に感知できていると話す幻獣は世界最強のドラゴンなのだそうだ。

 普段は一尾よりも小さく、人の肩に乗ることが出来るほどの大きさの白い幻獣の姿をしている。

 巨大な蛇の長大な身体を滑り落ちたとか、一角獣の背に乗せて貰ったとか話す弟は実に楽し気な表情をしていたので、二尾は仕事中も不安を感じることはなかった。

 そんな弟の新しい友が、自分をも招いてくれた。



 一尾が島へやって来ると、幻獣たちと様々な遊戯に興じた。ボール探しもした。

 一尾はこの遊びを気に入ったようだ。茂みに突っ込んで行って、緑の欠片を身体中に付けて咥えてくる。

 シアンに渡すとすぐさま踵を返して駆けて行き、ふたつめ、みっつめを咥えてくる。

 前足で掴んで持ってこないことにシアンは愕然とした。前足で掴むことはできるものの、四肢を用いて駆けることを考えれば咥えるのは当然だ。島の幻獣たちのように後ろ足立ちして走るというのはあまりないことなのだと、思い知らされる。

 そして、一尾は文字を読めなかった。取って来たボールになにかが書かれているとは分かるものの、意味があるものだとは思わなかったらしい。

『ハズレボールもあるのだよ』

『そら、見せてごらん』

『もしなんだったら、交換してやろう』

 初めはわんわん三兄弟を怖がった一尾も今ではすっかり懐き、子犬の方でもなにかと気遣っている。

『アインスたちはレンツに取り換えっこはルール違反だって言ったのに』

 一角獣が小首を傾げる。鋭くも美しく陽光を弾く角が角度を変える。

『いや、その』

『わ、我らは一尾にルールを破らせようとしたのではなく』

『一尾がおやつ抜きボールを取ってしまったりしてはと』

 わんわん三兄弟はしどろもどろになるのに、一尾が不思議そうな表情をする。頑是ない子狐に良からぬことを教えてしまってはと慌てる。

『あは。ウノたちはルール違反はいけないって言ったけれど、その後に我が取ったボールを見てすぐに一緒に破ろうって言ってくれたよ』

 当の本人である麒麟が優しさゆえの忖度だと笑う。まだ麒麟が物を食べることが出来なかったころのことだ。

『一尾も一緒に文字を勉強するかにゃ』

『うーん、でも、僕、ずっとじっとしているの、嫌だ』

 可愛い研究会でも、九尾の尾を抱き枕にして堂々と眠っていた。

『二尾と一緒なら平気じゃない?』

『二尾?』

 九尾の言に他の幻獣たちが首を傾げる。が、すぐに得心が行く。

『ああ、一尾がよく話す兄ちゃんのこと?』

『二尾にいちゃん! にいちゃんも一緒に遊べるの?』

 一尾が期待に目を輝かせる。

 そこで、一尾の兄も招待しようということになった。



『二尾にいちゃんだよ!』

 一尾が「お座り」し、隣の一回り大きい狐を紹介する。胸を張り、顎を上げ、嬉しそうでもあり得意げでもある。

『妖狐一族、八尾の一族の二尾です』

 島の幻獣を見渡し、威風堂々たる姿に気圧されつつも、しっかりと話す。

 品行方正で弟思いの兄を、幻獣たちはいっぺんに気に入った。

『八尾様と相談して、珍しい薬草が良いんじゃないかと考えました』

 なんと、二尾はいつも土産を貰っている礼だと言って、住処周辺で採れる薬草を携えていた。

『おお、これは!』

『あは、良かったね、シェンシ』

 珍しい薬草を目にして鸞が喜び、麒麟もまた覗き込む。

『僕、今までお土産持って来たことない!』

「良いんだよ。遊びに来てくれるだけで嬉しいから。二尾も今度来るときからは気を使ってくれなくても良いからね」

 顔に冷水を浴びたような表情をする一尾に、シアンが傍らにしゃがみ込む。

『うん。でも、たまに良さそうな薬草を見つけたら、採っておくね』

『それはありがたい』

『妖狐一族の住処は秘境だからにゃ』

 シアンの言を受け入れながらも、負担ない範囲にすると言う二尾に鸞が喜び、カランがその気持ちを汲む。

 一尾や二尾の住処や縄張りのことについて質問が出て問われるままに子狐たちが答える。

『……』

『そうだね、一尾に渡す今度のお土産は海産物にすると良いかもね』

 峻厳な岩山が連なるのだと聞き、ネーソスがならばと提案し、ユルクが自分たちの得意分野だと頷く。

 二尾は非常に恐縮し、一尾はどんなのだろうねと興味を持ち、リムにあれこれと教わってくるくると表情を変える。

『九尾は二尾の爪の垢を煎じて飲むべきだ』

 妖狐の複数尾を持つ者ならば、グリフォンと言えど、引けを取らない。しかし、眼前にいるグリフォンは八尾をも凌ぐ。

 九尾はそんなグリフォンの鋭い眼光に、さっとシアンの陰に隠れて難を逃れていた。

 一尾は張り切って幻獣たちを紹介し、館の中を案内する。他者の住処なのに良いのかなと思うも、シアンたちは得意げな子狐に始終にこやかだ。

 セバスチャンに腰が引けつつもきちんと挨拶をする。この者は八尾よりも恐ろしいなにかを感じる。七尾よりも怒らせてはいけない存在だ。

『九尾一族じゃないの?』

『力はきゅうちゃんの方があるけれど、長は八尾です』

『ほう、なるほどな。八尾は伝説とも称される妖狐だ』

『それより力があるきゅうちゃんって』

『……』

『確かに、きゅうちゃんはきゅうちゃんだからね』

『九尾殿は妖狐一族でも変わらない様子ですか?』

『はい。きゅうちゃんはいつでもあんな感じです。きゅうちゃんと一尾がいつもお世話になっています』

『あは。二尾はしっかりしているねえ』

 一尾と言えば、兄の真似をして、お世話になっています!と満面の笑みを浮かべる。

『なんのなんの』

『一尾はとても良い子だ。世話などかけておらぬ』

『九尾様も我らに存分に尽力して下さっておる』

 子犬が三匹わんわんわわわんわんわわん、と鳴くのに、二尾が少し驚きつつも顔をほころばせる。普段から一尾に十全に島の様子を聞いている。

『二尾もかしこまらずに遊んで行くと良いよ』

 一角獣を見て目を丸くする。それまで、最も力がある存在は八尾であり、そして、九尾はそれ以上だった。同じ一族としてでもそうだし、他のどの幻獣も魔獣ですらも、彼らほど力を持っている者と出会ったことはない。けれど、ここはどうだ。気遣ってくれた一角獣や、静かに佇むグリフォンなど、とんでもない力を感じる。

『二尾は一尾のお兄ちゃんなんだよね?』

『そうだよ! にいちゃん、リムだよ!』

 自分よりも先に応え、一尾が紹介した弟よりも小さい幻獣は彼らよりももっと力を有するという。

『ぼくもね、お兄さん、って呼ばれているんだよ! 仔ドラゴンたちから!』

 そう、小さくても、ドラゴンなのだ。

 二尾にとっての力ある者である象徴、八尾とて、普通のドラゴンならいざ知らず、エンシェントドラゴンには手を焼くと聞く。

 つまりは、八尾は生態系の頂点と渡り合う実力の持ち主だし、九尾はその上を行く。更に上を行く存在であろう者が、この島に住まうグリフォンと一角獣だ。二尾は一角獣は初めて見るが、グリフォンは遠目に見たことがある。八尾の足元にも及ばない存在だった。けれど、この島のグリフォンは違う。全く別の生き物だ。

『ティオさんだよ! リムのにいちゃん!』

 種族が違うが、自分たち一族と同じく同じ住処に住まう者を兄弟姉妹になぞらえるのかと得心する。

『ぼくのことも呼び捨てで良いよ。一尾から聞いている。仲の良い兄弟らしいね。歓迎するよ』

『ありがとうございます。その、ティオ、さん』

 呼び捨てるには気力が要するのでさん付けをしてみたが、重ねて要求はされなかったので許容範囲なのだということだろう。

 一尾といえば、リムに飛びついて庭の芝生の上でひと塊になって転げまわっている。二匹とも歓声を上げて実に楽し気だ。

 一尾がリムに飛びついた瞬間、ぎょっとして、止めた方が良いのかと逡巡するも、ティオがいつものじゃれあいだから気にすることはないと教えてくれた。

「いち度はああやって二匹で転げまわるから、気に入ったのかなあ」

『いつもお土産をありがとうございます』

 頭を下げた二尾にシアンが微笑む。

「本当に礼儀正しいね。楽にしてね」

『にいちゃーん』

 はいと言う間もなく、一尾が飛びついて来る。いつものことで、受け入れ態勢は万全だ。しかし、今回はいつもと少々違った。リムとひとつの毛玉になったままだった。

 勢いもついており、流石によろけた二尾を、そっと支える手があった。

『あ、ありがとうございま……』

 言いさして固まった。見上げる人型の者は怜悧な相貌をしている。セバスチャンだ。この人型には決して逆らってはいけない。理性も本能もそう告げていた。

「リム、一尾、ふたりで急に飛びついたら、二尾が支えきれないよ」

『ごめんね、二尾』

『僕も大きくなったから? 急じゃなかったら大丈夫?』

 慌てて、二匹は二尾から離れて地面に降り立つ。二尾はそろそろと家令だと紹介された人型の手から身を起こし、改めて礼を言った。そそくさと一尾に向き直る。

『うん、今のはちょっとびっくりしたから。でも、多分、すぐに慣れるよ』

『大丈夫だって!』

 一尾がリムに向かって満面の笑みを向ける。

『一尾はおにいちゃん、大好きだものね!』

『うん!』

『でも、一尾、そろそろ飛びつくの、やめない? きゅうちゃん、いきなりお腹に飛びつかれたら、中身が出ちゃいそう』

『きゅうちゃん、いつ見てもお腹がぽんぽんだね!』

 言いながら、九尾の腹をぽふぽふと片前足で叩く。リムも真似する。

『いや~ン』

 九尾が身をよじる。

『一尾、シアンにはしないように』

『はいっ!』

 ティオが静かに言うと、一尾はさっとその場でお座りし、真剣な表情で返事をする。こんな姿は初めて見た。敬意を表する八尾にさえ、ここまで慌てない。九尾には力を感じつつも、親しみの方が強い様子だ。無論、冗談でも牙を剥かないのは妖狐一族なら当然のことだ。

 それがどうだ。

 つい先ほど、九尾の言には腹を撫でて終いにしたが、ティオに言われた途端、真剣なふるまいをする。

 しかし、自分にその炯々とした目を向けられれば身に染みて分かろうものだ。

『二尾もいいね?』

 注意するまでもないかもしれないけれど、とは初見で中々の買い被りにも思えるも、しっかりと是と答えておいた。

 二尾は一尾と共に島で存分に遊んだ。

 弟に聞いていた通り、豊かで美しい島だ。

 幻獣たちは器用で人間のように料理をし、音楽を楽しんだ。

 話を聞いた時、夢のような島だなと思ったが、真実、目を見張る光景があった。

 そうして、九尾や八尾の思惑通り、妖狐一族の末弟に加えてそのすぐ上の兄も、翼の冒険者に温かく迎えられ、友として接することとなる。


二尾ももちろん、行きます。

島の幻獣たちもよく出てきます。

……固有名詞紹介、いりますかね。

せっかくわかりやすい名前にしたのだから、大丈夫かな。


あと、ちょっぴり本編のフライングがありました。

本編もお楽しみに!

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