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4.島再訪

 

 力いっぱい四肢を動かす。地面がどんどん後ろへ流れて行き、砂の川のように見える。柔らかい草はたまに露で濡れていることがあって滑るから注意が必要だ。変な風に前足が流れて行ってもすぐに逆側の前足、後ろ足で支え、体勢を整える。

『リムー!』

『一尾!』

 少し離れた所にいたリムが一尾の呼び掛けに応えて駆けて来て、並走する。はっはと己が呼吸と地を蹴る音、風が流れゆき、弾かれた小石が跳ぶ音が混じる。

 全速力で駆けると気持ち良い。

 リムは疲れを見せずに横を走る。一尾よりも小柄なのに、速度はそん色ない。多分、一尾よりももっと先に行けるのだろう。

 わんわん三兄弟も加わる。

『あは、元気だねえ』

「アインスたちとも仲良くなれて良かった」

『一尾は元気いっぱいだから鍛えられているやもしれぬな』

 一尾は島を再訪していた。

 気持ちよく晴れ、空気は高く清らに澄んだ。

 かけっこ日和とばかりに小柄な幻獣たちは転げまわる。

『仲の良い兄さんが仕事で出かけているらしいから、島でいっぱい遊ぶと良いの!』

『我が背に乗せて一尾も山や洞窟に連れて行こうか?』

『もう少し島に慣れてからの方が良いのではありませんか?』

 九尾に伴われた一尾は闇の神殿で転移陣登録を行い、初めて転移したと興奮しきりであった。

 様々な初体験を一挙にすれば目まぐるしく心身ともに追いつかないだろうというリリピピの言に、一角獣は頷いた。

『……』

『そうだね湖や浜辺で遊ぶのも良いね』

『食べるものも俺たちと変わらないみたいにゃね』

『カラムの野菜もあるし、界が植生を豊かにしてくれているから』

「ふふ、そうだね。みんなのお陰で島の食事は美味しいね。あ、そうだ。今度、一尾が来ている時に浜辺でバーベキューをするのも良いね」

 元気いっぱいで可愛い子狐は大いに歓迎された。



『にらめっこしましょう、笑うと負けよ。きゅっきゅっきゅ』

 向けられた方へ目が追いかけてしまうので、一尾はにらめっこが弱い。ユルクよりも弱かった。勝ち負けにこだわらないのか、よく分かっていないのか、負けても気にせず遊ぶ。新しく覚えた遊戯を大人数でするのが楽しくて仕方がないという風情だ。幻獣たちは個性豊かなので、相手が変わるだけで同じ遊びも雰囲気を変え、なんどでも楽しめる。

 ネーソスからユルクが人間の子供たちともこの遊びをすると聞き目を丸くする。

『ユルクは優しいものね!』

『……』

 とぐろを巻いたユルクの胴に両前足を揃えて置いたリムが見上げ、ネーソスも同意する。

『ユルク、わざと負けてあげるの?』

『一尾、ユルクは優しいから負けてあげているわけじゃないんだよ』

 小首を傾げる一尾に九尾が否定する。

『じゃあ、どういうこと?』

『あのね、ユルクは優しいから、人間の子供も怖い蛇とは違うって分かるんだよ。だから、一緒に遊ぼうって気になるし、ズルいことをして勝とうとしないから遊んでいて楽しいんだよ。意地悪なことを言わないし、しないしね!』

『そうなんだ!』

 リムの言葉に一尾が得心する。

『え、あ、そう?』

 存外な賞賛にユルクがうねうねと長い身をくねらせる。

『……』

 それをネーソスが突いてからかう。

『紐っ子? ネーソス、ユルクは紐みたいに細くないよ?』

 それどころかとんでもなく大きくなると一尾が首を傾げる。一尾はすぐにネーソスとも意思疎通を取れるようになった。

『おじいちゃんから紐っ子って言われていたんだ』

『ユルク殿の祖父は海の王レヴィアタンなのです』

『海の王? 海ってしょっぱい水がいっぱいあるところでしょう? この湖よりも大きいんだよね!』

 ユルクよりも大きい水蛇だと聞き、一尾は仰天したものである。



『シ~アンちゃんが転~んだ』

 今やアイランドキーパーの一端を担っている巨木へ赴き、幻獣たちは銘々妙な体勢で静止る。

「それ、そろそろ違う名前にしない?」

『わあ、カランもユエも変な格好!』

『あは。でも、小揺るぎもしないね』

 シアンの呟きは感心する一尾と同意する麒麟の言葉にかき消された。

『シアン、止めようか?』

 ティオが小首を傾げて尋ねる。

 シアンにとっては可愛らしい仕草だ。

 しかし、他者からしてみれば、この世界の頂点に近い位置に座す力の持ち主だ。今では幻獣たちの考えを尊重するも、シアンやリムが絡むと比重が後者に傾く。

 それを知っているだけに、シアンは苦笑して、まあ良いよと言うに留めた。

『一尾、しっかり』

『初めのうちは難易度の高いポーズをするでないぞ』

『徐々に難しくして行けば良い』

 わんわん三兄弟が励ます一尾はよろよろしてうまく静止できないでいる。

 子犬三匹と子狐一匹がふらふらするのに、巨大な幹の前に佇む「鬼」役の一角獣は「捕虜」にせず、なんなら、待ってやっているほどだ。ルールを呑みこむ間くらい、目こぼしがあっても良かろうというところだ。

『ふむ、思いつけば即実行であるとともに、気が長いという二律背反を抱えるベヘルツトらしいな』

『その矛盾もベヘルツト殿の寛容さゆえのものですね』

 鸞が感心し、リリピピが微笑む。力を持たない賢者も臆病な小鳥も、一角獣が自分を含めた島の幻獣たちの守護を自認していることを嬉しく思っている。



『可愛い勉強会?』

『そうにゃよ。可愛いは一日にしてならず!にゃよ』

『可愛くなるために日々努力が必要なの』

 カランやユエにそう誘われてみて一尾も参加した。初めのうちはなにが始まるのかとわくわくした。木の広く薄い板に紙が貼り付けられ、その横に幻獣が立つ。対面するように他の幻獣たちが広がって銘々寛ぐ。そして、前に立つ幻獣の話に耳を傾ける。

「シアンが転んだ」みたいなものかな、と思いきや、これも中々難しかった。「シアンが転んだ」とは違って少しも動いてはいけないというわけではないが、ひと所にじっとしてただ話を聞く、というのが難しい。

 わんわん三兄弟の一匹がふぅうっ、ふぅうっ、と頭を上下させ始めた。その姿を見るともなしに見ていると、いつの間にか一尾の頭もこっくりこっくり揺れている。

「きゅぅん」

 一尾はくっつきそうになる目をこすり、立ち上がると九尾に近づく。席を立った一尾に自然と注目が集まるも、特に他の幻獣たちから咎める声は上がらない。一尾はいつもは二尾にそうしているように、九尾の尾のひとつを両前足で抱え、他の尾を枕に、本格的に寝入り始めた。

『こ、こんなに堂々と勉強会中に寝るやつは初めて見たのにゃ』

『いっそ当たり前のようだね』

『一尾は良く寝て良く食べて良く動くように八尾に言われているんですよ』

「まだ小さいから、それが最優先だものね」

 ふいごのように腹が上下する一尾の安らかな寝顔に、シアンが顔を綻ばせる。



 ふいに漂ってきた良い匂いに鼻が自然と蠢く。

 くぅ、と腹が鳴る。

 一尾はぱちんとスイッチが入ったように突然覚醒した。

『目が覚めた?』

 くあ、と大口を開けて欠伸をする一尾に九尾が尋ねる。

『うん。おはよう、きゅうちゃん』

『今、みんなでおやつを作っているところだよ』

『おやつ!』

 魅惑的な響きの言葉に、もうひとつ大あくびをしていた一尾は、ぱくんと口を閉じる。

 沢山遊んで休息を取った身体は栄養を欲している。

『一尾の分も作ってくれるそうだから、手伝いに行こうか』

『うん! でも、僕、料理したことないよ?』

 途端に、眦を下げる。

『大丈夫。ユエはね、道具作りが得意と言っていただろう? そう器用ではない幻獣たちも料理の手伝いをできるように、色んな物を作っているんだよ』

 九尾の言う通り、一瞬で遠くまで行き、その勢いのままに強力な魔獣も貫く一角獣は、その分器用ではない。しかし、踏み台を踏むことによって野菜や果物の皮を剥くことができるのだという。

『皮も食べないの?』

 九尾と話しながら厨房の前にやって来ると、幻獣たちが楽しそうになにやらやっている。

 一尾の疑問に、九尾に代わって一角獣が答える。

『人間は皮を食べられるほどの鋭い刃や頑丈な顎を持っていないからね。それに、皮を剥いた方が調味料が良く染みたり口当たりがまろやかになるんだって』

『へえ!』

 一尾が目を丸くして初めて聞く事柄に感心すると、一角獣は得意げに鼻息を漏らして地面を蹄で掻く。

『シアンが説明してくれたんだよ。他にシェンシ、カランや九尾に色々教わっているんだ』

 そう言いながら、一尾に踏み台を譲ってくれた。しかし、子狐には硬かった。

『ふぎゅぎゅぎゅぅ』

 両前足に渾身の力を籠めてもぴくりとも動かない。一尾はとうとう、四本足を乗せ、体重全てをかけた。微動だにしない。

『代わってくれたけれど、僕には使えないみたい』

 しょんぼり項垂れながら一尾は踏み台から下りた。

『……!』

『ネーソス?』

 諦めるにはまだ早い!というネーソスに一尾が小首を傾げる。

『……』

 一尾の目の前で、ネーソスは普段ののったりした動きはどこへやら、さっと機敏にユルクの頭の上に陣取った。

 ぱかんと一尾が口を開ける。なにが始まるというのか。

『ネーソスは大きくなれるし、力もあるんだけれど、たまに私と一緒に道具を扱うんだよ』

 ユルクは気にした風ではなく、尾の先を把手に巻き付かせ、くるくると器用に回し始める。ちなみに、後で一尾も把手を回そうとしてみたが、こちらも超重量級で、改めて島の幻獣たちの力を思い知らされた。

 それは共同作業なのか、という光景に、しかし、一尾はなるほど!と目を輝かせる。そして、そのきらきらした瞳を一角獣の方へスライドさせる。

『一尾、我の背中に乗る?』

『うん!』

 一角獣の背に乗せてもらい、踏み台を踏む。無論、一角獣が。しかし、一尾はそれで共同作業、踏み台を踏んで皮むきが出来たと喜んだ。

『ユエはね、我にも料理の手伝いができるような道具を作ってくれるんだ』

 鸞やカランはその知識で様々に教えてくれる。島の幻獣たちはそうやって力だけでなく、技術や知識で自分たちができることをしているのだと一角獣は誇らしげに胸を張る。そうすると、美しい角が跳ね上がり、きらきらと陽光を弾く。

『すごいね!』

 美しくも勇ましく、一見近寄りがたい一角獣と、一尾は微笑み合った。

 幻獣たちは遊びや料理だけではなく、音楽をするのだという。

 軽やかに弾む音や腹に響く音、素早い小刻みな音、それらが美しく調和して、身体の底から楽しい気持ちになる。

 特に、シアンが生み出す音は厚みとなって周囲を包み込む。柔らかにその場を支配する。優しいやさしい圧倒だった。

 一尾は茫然となった。

 初めての経験、感覚だった。

 幻獣たちはシアンを慕いなにかと手伝おうとするのは、料理を教えたからだと思っていた。でも、それだけではなかった。この身体の中から揺さぶる音楽を生み、幻獣たちにも教えたからでもあるのだ。

 一尾はシアンを尊敬し始めるようになった。

 音楽を楽しんだ後、シアンは眠った。昼寝かなと思いきや、シアンは別世界の住人で、定期的に戻らなければ支障をきたすというのだ。

 またね、と穏やかに微笑みシアンと別れた後も、一尾は島の幻獣たちと遊びに興じた。



 茜色に染まる空、暮れなずみ陰が背を伸ばす。どこかほの寂しさを感じさせるしっとりした空気を含んだ夕方だ。それは兄二尾と共に住処へ帰る頃合いを示していた。遊びを終わらせるのを惜しむ気持ちと、それ以上に、美味しい食事とぬくい寝床で二尾の呼吸と鼓動を感じながらまどろむ心地よさへの期待があった。

 一尾は思わず周囲を見渡した。

 温かさがない。

 いつも傍にいた。体温や柔らかな毛を感じるくらいすぐ近くに。

 ひんやりと清らかに澄んだ空気が、なぜかひどく冷たく感じられた。

『にいちゃん』

 呟きが漏れた。

 寂しさがあふれ出てくる。

 一尾はぎゅっと堪えた。

 二尾は仕事に出かける前に一尾のことをとても気にする。ここで弱音を吐けば二尾が今後仕事に行きにくくなる。

 面白い九尾、強くて厳しい八尾、他者の機微に敏い七尾、力が溢れんばかりの六尾と五尾、いつも仲良しふたり組の四尾と三尾、そして自分のすぐ上の兄二尾。いちばん歳が近いのに、聡明で思慮深く優しい。六尾や五尾などのように足手まといだとせずに、いつも一緒に遊びを楽しんでくれる。

 個性豊かな一族の中でも落ち着いて穏やかな性質をしている。

 風の性質そのものに奔放な一尾とは相反するが、気が合う。

 我慢しても、つらつらと兄のことを考えてしまう。

『にいちゃん、にいちゃん』

 途端に、それまで楽しく遊んでいた美しい風景が余所余所しく感じられた。陽が沈みかけ、気温が下がっただけなのだが、ひんやりした風が頬を撫で、眼の縁がじわじわと熱くなる。

『ああ、一尾、ここにいたの。もう日が暮れて今から帰ると遅くなるから、泊っていくと良いよ』

 転移陣登録は行ったものの、転移した先の闇の神殿から移動しなければならない。

 一尾がぼんやり夕空を眺めているのを眠いのだと思った幻獣たちが気遣ったのだ。

 しかし、一尾は頑迷に首を横に振った。

『やだ。帰る』

 九尾のふっくらした腹に抱き着いた子狐は、ある種拗ねているようにも見えた。

 重ねて誘う幻獣たちに、一尾は半泣きになった。

『やだっ! 帰るもん! 二尾にいちゃん! にいちゃんのとこに帰る!』

『そうか、二尾の傍が良いものね』

 よしよしと頭を撫でながら九尾が言う。二尾が不在の時、ちゃんと留守番をすることができた一尾だが、それは住処でのことだ。そこには一族の者たちが揃っていた。なにより、二尾と共に過ごす場所だ。そこで待っていれば、兄は必ず帰って来る。

『二尾にいちゃん……』

 ぐすぐすと鼻を鳴らしつつも、情けない表情を見せられないとばかりに九尾の腹に顔を埋める。

 それを見ていた幻獣たちはほんわかと笑い合った。しかし、リムだけは違った。

 ホームシックにかかった一尾を見て、自分もまたシアンがいない心もとなさを思い出したのだ。シアンは少し前に眠り、別世界に戻っている。

『シアン』

 ティオの背に腹ばいになって顔をつけながら、そっと呟く。ティオが気遣わし気に長い首を曲げて見てくるのに気付くも、しばらくそうやってびったりとくっついていた。

 またおいで、と口々に言う幻獣たちに見送られて、一尾は九尾に負ぶわれて帰っていった。住処に着くころにはとっぷり日が暮れ、一尾は帰路の途中でぐっすり眠ってしまった。

 翌朝、目を覚ますと二尾がおはようと笑い、一尾も挨拶を返しながら飛び付いた。一日ぶりの兄の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

 一尾はたびたび島に訪れ、幻獣たちと遊んだ。その際、二尾も同行することもあった。羽子板やボールなど、様々に遊具を貰い受け、住処でも使った。




茜空をぽつんと見上げる子狐。

その情景が浮かんでくれば良いな、と思います。

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