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16.別の妖狐一族

 

 妖狐は魔獣とも幻獣とも称される。

『これをある地方では野狐、善狐という』

 一尾はへえ、という態であったが、兄二尾は鸞の説明を興味深く傾聴している。だから、じっとしているのが苦手な一尾もひとまず耳を傾けることにした。

『妖狐は狐仙こせん、狐魅(こみ、こび)、阿紫あしと称されることもある。鶏卵が好物とされる地域もある』

『けいらん?』

 耳慣れない言葉に一尾は復唱した。

『鶏の卵だよ』

『卵だけ? 鶏も食べるよ?』

 答えてくれたのは二尾で、にいちゃんは物知りだなあと思いつつ、更に疑問を呈する。

『ふむ。そうだな。これはその土地土地で違いがあるということや、言い伝えは実情に即していないという面もある』

 つまりは妖狐といっても、地方によっては様々に違ってくるのだという鸞に二尾がなるほどと頷いたので、一尾も首肯しておいた。

 鸞は説明の途中で口を挟んでも今のように嫌な顔をせずに解説を重ねてくれる。六尾や五尾とは違う。難しい言葉を使うも、分からないと示せば補足を加えてくれる。

 物知りの兄はこの鸞に様々に教わって、さらに賢くなっている。

『そうだな。一尾もきゅうちゃんも芋栗なんきんが好きだろう?』

『うん!』

 その味を思い出したのか、ぺろりと口回りを舐める。一尾は幻花島に訪島する前から九尾がよく携えて来た手土産の菓子を好んでいた。

 それを指摘され、ああ、同じ妖狐でも好みの違いがあるのだなと納得する。

『さて、では、苦手なものはなにかな?』

『狐はねえ、犬が苦手! でも、妖狐は平気だよ!』

『それは一尾が力があるからだな。気狐きこ以上でない妖狐の中でも力がそうない者はやはり犬を恐れるよ』

『そうなの?』

 きょとんとした目を兄に向ける。

 気狐よりも力ある者を空狐くうこ、それよりも力を有する者を天狐という。

『この天狐というのは氏族の名でも用いられる』

『天狐、金狐、銀狐、白狐、黒狐、だね』

『そうだ』

『俺たちはどれになるか分かるか?』

 徐々に話がつまらなく感じてくる一尾の心の推移を察してか、二尾が質問を投げかける。

『白狐?』

『その通り。つまり、天狐以外は毛並みで一目瞭然だ。たまに色が混じることがある。異なる氏族間に生まれた子だな』

 是と答えたのは鸞だ。二尾は代わりに頭を撫でてくれる。

『話には聞くけれど、見たことがないな』

『にいちゃんも?』

『うん』

『異氏族間の婚姻自体が珍しいのだろうな』

『そうなの? にいちゃんは金狐にも銀狐にも子供を作りましょうって言われるよ!』

『えぇーっ⁉』

 一尾、と止める間もなく二尾の背後から幻獣たちの声が聞こえてくる。

『い、いつの間に?』

『二尾、そんなに人気があるんだね』

『それも分かるな』

『……』

『きゅうちゃんも二尾は出来る子だからって言っていたものね!』

『心根優しくよく気が付きまする』

『弟の面倒をよく見ておりまする』

『狩りでも勇敢でする』

『み、みんないる。聞いていたの?』

 口々に言う幻獣たちは勢ぞろいしており、二尾は目を白黒させる。

『うん、おやつだよって言いに来たんだ』

『でも、シェンシの話に聞き入っているようだったからにゃ』

『一尾や二尾の一族の話だったから我たちも気になって』

『わたくしたちもついつい聞き入っていたのです』

『みんな、可愛い狐に興味津々なんですよね』

 九尾が両前脚を組み、二度三度頷く。

『九尾は規格外すぎて妖狐の実態はさっぱり分からないからにゃ』

『きゅうちゃんはおんりーわんな狐ですからなっ! 天上天下唯狐独尊(きゅうちゃんに限る)!』

 フォーエバーポーズを取る九尾を他所に、幻獣たちはおやつを食べようと子狐たちを誘う。

 おやつ!と目を輝かせる弟に、二尾は鸞に中断することを断った。

『きゅうちゃんを置いて行かないでェ』



 うららかな日差しの下、庭で銘々おやつを楽しんでいる際、ネーソスが先程の話の続きを強請った。

『……』

『え? 求婚の話? ええと……』

『にいちゃんはモテモテなんだよ!』

 口ごもる二尾の代わりに一尾が元気よく答える。

『一尾、モテモテって?』

 問いつつ、ティオの鋭い視線は九尾に向けられている。ティオの危惧通り、一尾の耳慣れない言葉にリムも首を傾げている。

 九尾は気づかない振りでおやつに夢中の態を装うも、滂沱の冷や汗で隠しきれていない。

『求愛されるということだな』

『ああ、番になってほしいって言い寄られるってことだね』

 鸞の説明に一同は先程の話のことかと得心が行く。

 八尾に言い寄るなど考えもつかぬ。六尾、五尾とて手に余る。二尾はちょうど良い高嶺の花とばかりに妖狐一族の雌から秋波を送られる。

『きれいな毛並み!』

『艶やかね』

『なんたって、あの魔力量よ!』

『いやあね、賢さよ』

『あら、優しくて誠実なところよ』

 そんな風に噂されているのだという。氏族によっては幻獣とも魔獣とも称される妖狐もまた、野生の習いの通り、力の有無に大きく左右される。

『我ら妖狐は長寿だからな。積極的に子を持とうとせぬ』

 秘蔵っ子が人気者だというのに、八尾もまんざらではない。

『じゃあ、どうしてみんなにいちゃんとの子供を欲しがるの?』

『そりゃあ、強いやつの子は欲しいさ』

『自分の子供にその力が受け継がれる可能性が高いからな』

 小首を傾げる末弟に、六尾と五尾が笑う。

『にいちゃんは強いだけじゃなくて、頭も良いし、優しいものね』

 一尾は得意げに顎を上げる。

『最近、八尾から仕事を任されてあちこち顔を出すようになったから、余計に目につくんだろうね』

『それだけ、一族の長に力量を認められているということだからね』

 四尾と三尾も頷き合う。

『同じ住処に住まう者とはいえ、血が近しいわけでもない。なのに、見事に同性同士でつるんでいるんですからねえ。これはもう八尾と七尾で子をなすしかないでしょう』

 六尾と五尾、四尾と三尾を見やって九尾が嘆息する。

『えェ、八尾となんて、苦労するってわかり切っているじゃないのォ』

 七尾が九尾に文句を言うも、八尾は賢明にも口を緘していた。

 一族をからかった九尾は幻獣たちの前でもいらぬことを言う。

『一尾は傍杖を食ったり、邪険にされたりするんだよね』

『ああ、二尾がいちばん大切にしているからにゃあ』

 九尾の言に、カランがさもありなんと口角を下げる。

『やきもちでするな』

『しかし、そんな料簡では二尾の関心は得られませんでしょう』

『一尾、苦労しているのだな』

 わんわん三兄弟が一尾を労わる。

『ううん! にいちゃんは格好良いんだもん。みんな、にいちゃんと仲良くしたいと思うのは当然だよ』

『でもな。だからって、一尾が意地悪されるのは違うとにいちゃんは思うぞ』

 弟にあっけらかんと賞賛されて面はゆげであるものの、とばっちりを食うことに対してはへにょりとふたつ尾が力なく垂れさがる。

『えっ! 一尾、意地悪されたの⁈』

 リムがどんぐり眼になる。

『うん。みんなで仲良くするんじゃなくて、自分だけが仲良くして欲しいって言うんだ』

 みんなそう言うんだよと一尾は言う。

『にいちゃんがじゃあ、僕とだけ仲良くするって返事をしたら、僕の尾を引っ張ろうとしたり、石を投げられたり、穴に落とされそうになったり、崖の近くで体当たりされたりとかした』

 一尾はその時のことを思い出したのか、尾の毛が抜けたのだと頬を膨らませる。

 しかし、聞き手の幻獣たちはそれどころではない。二尾も沈痛な面持ちになる。

『ちょっ⁈ それ、危ないじゃないか!』

 カランが思わず語尾を忘れる。

『『『なんて恐ろしい』』』

 麒麟とユエ、リリピピが震えあがる。

『我が敵を取る!』

『待て、早まるな』

 今にも飛び出していきそうな一角獣を鸞が押しとどめる。

『なんともなかったの?』

『……』

 ユルクが心配し、ネーソスが自分がその場にいたらやり返してやるのにと淡々と怒る。

『うん、全部避けられたよ!』

『おお、一尾は中々の運動能力の持ち主だな』

『感知能力も高かろう』

『流石だ!』

 わんわん三兄弟に褒めそやされて、一尾は自慢げに胸を張る。そして、でも、と頭を下げた。上目遣いで続ける。

『それを知った八尾様が怒ったんだ』

 意地悪してきた妖狐たちの系譜にきつく言い渡し、次はないと警告したのだという。

『僕もね、縄張りから出ないようにって言われているんだよ』

 だから、常に誰かに連れ添ってもらわねばならない。それでも、この島へ訪れることができるようになって嬉しいと笑う。ここでは嫉妬の矢は飛んでこない。

『あ、だから、住処にはあまり妖狐は住んでいないの? 今は九匹しかいないんだよね?』

『ううん、元々、白狐一族は大きな群れで生活しないんだ』

 一尾の代わりに二尾が答える。

『やきもちとはいえ、度を過ぎていましたからねえ。いやはや、妬心というのは自分ではままならぬものなのでしょうかね。あの八尾のいとし子にちょっかいをかけようなんて』

『六尾といっちゃん(五尾)みたいだよね!』

 半ばからしみじみと述懐する九尾に、一尾が飛んでもないことを言い出す。

『あれ、じゃあ、六尾といっちゃんはおばかさんってこと?』

 自らの言葉に小首を傾げる。九尾が噴き出す。

『きゅうちゃん、一尾』

 面白がる九尾と、悪びれない一尾を二尾が制止する。

『二尾の兄弟は色々なんだね』

『面白いね』

『まあ、九尾でその片鱗は分かるからにゃ』

『でも、二尾はとても良い子だよ』

『一尾もでする』

『一尾もお忘れなきよう!』

『可愛い狐の子でする』

『ちょっとォ、きゅうちゃんのことも忘れないでよォ』

『むしろ、お主が元凶だ』



『それでね、僕たちの縄張りにもみだりに近寄るな!って八尾様が言ったの』

『それまでは入り込んでアピール合戦していたんだろうなあ』

『ああ、あり得る』

 一尾の言葉に幻獣が言及し、二尾は黙り込んだ。的を射ていたからである。

『でもね、そんな時にね、僕、にいちゃんと迷子の妖狐を見つけたんだ』

『迷子?』

『迷子の振りをしていたのではなくて?』

『うん、小さい子供だった』

 小さい子狐の一尾が幼い妖狐だと言うのに、幻獣たちは微笑まし気に笑い合う。

 その場に一緒にいた二尾は住処に戻って八尾に報告するかどうか逡巡した。一尾は小首を傾げて声を掛けた。

『あれ、お前、妖狐?』

 べそをかいていたのが、一尾の顔を見てひっと悲鳴を上げ、大声で泣き始めた。

『僕、食べないよ?』

 鼻先を向けて臭いを嗅ぎつつ、そんな風に宥めてみるも、慌てている様子だ。

『姉ちゃん! 姉ちゃーん!』

 子狐は泣き叫んでその場を飛び跳ね始めた。

『お、落ち着いてよ』

 一尾はおろおろしながら、なんとかして宥めようとした。だが、二尾がそれを止める。

『一尾、とにかく、気が済むまでやらせておこう』

 そう言いつつ、一尾が怪我をしないように下がらせる。

 散々暴れまわって疲れたのか、徐々に勢いがなくなっていく。

『姉ちゃん。姉ちゃん……』

 ぐすぐすと鼻をすする子狐に、二尾が不意に顔を上げる。

『ああ、迎えが来た』

『迎え? あ、こいつの?』

『うん、そう』

『姉ちゃんが?』

 一尾と二尾の会話に、子狐がぱっと顔を明るくする。

『いや、俺には分からないけれど。確かに雌かな』

『ふたつ尾?』

 そんなことまで分かるのかと思いつつ、一尾は聞いてみる。

『違うよ! 姉ちゃんはひとつ尾だよ!』

 間違えるなとばかりに勢いよく言う子狐に、一尾は鼻に皺を寄せた。自分は兄に尋ねたのだ。第一、つい先ほどまで慌てて泣きわめいていたのに、偉そうにするなと思うも、口を噤む。

 二尾が拾い上げた子狐の姉らしき気配を、一尾も察知したからだ。じきにいなくなるのだから、好きに言わせておこうと考えた。

『こんなところにいた!』

『姉ちゃん!』

 ざっと飛び出してきた白い毛並みの狐に、子狐が飛びついた。

『もう、勝手にあちこち行って! 前から言っているでしょう。本当に、仕方のない子ね!次からは気を付けるのよ。あら、泣いていたの? え? あんたたち、誰? あっ、もしかして、あんたたちがこの子を泣かしたの?』

 小言が多いなあ、と眺めていたら、矛先が自分たちに向いた。

 と、二尾がすいと前へ出る。

『ここは八尾一族の縄張りだ。疾く去ね』

 静かに短く告げる。その様子に気圧され四肢を踏ん張って今にも牙を剥こうとしていた子狐の姉が途端にしおたれる。

 八尾一族の縄張りに迷い込んで騒いでいたというとんでもない事態にようやく思い至ったのだ。

『も、申し訳ございません。……ふたつ尾? も、もしかして、貴方が二尾?』

『……』

『そうだよ!』

 返事をせずに睥睨する兄に変わって一尾が胸を張る。八尾一族の二尾は出来物だと評判なのだ。一尾の自慢の兄である。

『そう、貴方が、二尾……』

 兄に向ける視線に熱が帯びる。

 一尾は今までなんどとなく視て来たものだった。自分で肯定したものの、この次には自分に向けて、兄の邪魔をするなとかお荷物だとか言われるのかな、と経験則からうんざりした。

『ふんふん』

 子狐の方は姉の登場で安心したのか、好き勝手に振る舞っている。いつの間にか一尾の近くに来て鼻を蠢かせている。

『なんで臭いを嗅ぐの?』

『良い匂いだから!』

『そうなの?』

『うん。自分ではわからない?』

『全然わからない』

『ふうん』

『聞こえなかったのか。去ね』

 二尾は重ねて告げる。一尾には感じられないものの、威圧したのか、ひっと子狐から短い悲鳴が上がる。

『ね、姉ちゃん、もう行こうよ』

『でも、こんな機会……せっかく出会えたのに……』

 名残惜しそうに振り向く姉の尾を口に咥え引っ張って、子狐が連れて行く。

 二尾は無言で彼らが縄張りを出るまで見張っていた。



『……』

『ああ、それは子狐の姉さんは二尾に惚れたねえ』

『うん、僕もそう思う』

 ネーソスや麒麟が口々に言うのに、一尾も大いに頷く。

『それよりも、一尾、お主、その、』

『そのようなことを言われているのか』

『そのようなこと?』

『邪魔をするなとかお荷物だとか』

 言いにくそうにするわんわん三兄弟に代わってティオが静かに言う。九尾が震えあがる。それだけ苛立ちを含んだ迫力があった。

 他の幻獣たちはどうしたことかと顔を見合わせる。

『一尾、よしよし』

 リムが飛んで行き、一尾の頭を撫でる。

『うん、でも、僕、大丈夫だよ! にいちゃんのいちばんの仲良しの座は僕のだもん!』

 なんとしてでも、その座は譲らないとばかりに鼻息を漏らす。

『あれ、これ、どこかで聞いたことがある』

『……?』

『確かに、なんとなく、既視感がありますね』

『あれにゃよ。ほら、肩縄張り』

 カランの言葉にリムがはっと息を呑む。

『一尾、絶対に守るんだよ! 一尾の縄張りだもの!』

『うん! がんばる!』

 こうして種族を越えた幻獣二匹、自分の慕う居場所を守るために、気合を入れ頷き合った。

 その意気や善しとばかりに、ティオが重々しく頷いた。




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