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15.四尾、出張る

 

 住処に住まう者たちが揃うのは珍しい。

 だから、一尾が彼らの言を聞いたのは違う日のことだ。

 彼らはそれぞれ以下の通り話した。そう話すに至る脈略も異なったように思う。

『一尾、可愛いわよネ。二尾もネ』

 七尾がそう言ったのは九尾が八尾をからかった時のことだったか。

『下手を打って一尾を泣かせでもしたら八尾が怖い』

『だな』

 六尾の言葉に五尾が頷いたのは、さんざん一尾を突きまわした後のことだ。ほんのちょっとばかり涙目になっただけなのに、むつ尾といつつ尾は浜の波のようにするすると下がった。

『一尾のいちばんは二尾だからね。私がいちばんになれないんなら、どうでも良いわ』

 そんな風に言ったのは四尾だ。意外な内容で随分驚いた。

『一尾は甘えん坊ねえ』

 そう言う三尾とて、同じではないか。四尾にくっついて回ってなにかと甘えている。一尾を見ては、既視感が強いと嘆息する。

 白狐一族の中で同じ住処に住まう者たちはとても個性豊かだ。珍しく尾の数はいちから九まで揃っている。

 妖狐で有名なのは天狐、金狐、銀狐、黒狐、そして白狐の氏族だ。

 天狐は代表者がいるものの、明確な長がおらず、金狐と銀狐には長がいる。黒狐は滅多に縄張りから出てくることはなく、その実態はあまり知られていない。

 一尾ら白狐はいくつかの一族から成り立ち、そのうちのひとつが八尾率いる一族だ。しかし、あまりにも八尾の力が突出しすぎているので、白狐一族の中でも八尾の意見は通りやすい。そして、八尾もまた白狐が他の氏族に害されれば黙ってはいない。

 八尾率いる一族の中の一部が同じ住処に住んでいる。

 彼らはみな口をそろえて八尾は一尾を可愛がっていると言う。自分もそう思う。

 伝説とも噂される大妖八尾の後ろ盾を持つ一尾は妖狐として安泰の生を送れるだろうというのが大方の見解だ。



 その日、二尾が仕事で不在だったので、住処の近くで遊んでいた。折悪く九尾もおらず、幻花島へ行くことも叶わなかった。

 八尾以下兄姉たちから独りで住処の縄張りから出ないように言い含められている。

 けれど、それは向こうからやって来た。

 まず、一尾が感知したのは臭いだった。

 そこにあるはずのないものだ。

 四肢を踏ん張り、顔をあげ、しきりに鼻を蠢かせる。

 人間だ。

 一尾は更に情報を得ようと感知能力を高める。

 高い体温、未成熟で苦い感じが混じらない、多分、子供、それも小さい子だ。

 徐々に近づいて来る。

 一尾の三角の耳がぴくりと動く。けれど、身体は静止する。まるで、動けば相手に感づかれるとでもいうかのように。

 さて、どうしようと考える。

 一族の者たちに人間とは関わるなと言われてきた。

 けれど、幻花島の人間シアンは一尾の友だちだ。優しく接してくれる闇の神殿の聖教司たちも人間だ。

 彼らは一尾を妖狐として正しく接してくれた。無暗に怖がることなく、しかし、意思疎通をする知性と個性のある存在として扱ってくれた。

 では、他の人間はどうだろう?

 それが子供だったら?

 一尾は接触しない方が良いと判断して、音を立てぬように茂みの中に姿を隠した。

 縄張りは広い。岩山が高く連なる場所が多いが、そんなところへは人間はおいそれと来ることが出来ない。ここは比較的登りやすい低い岩場で、二尾とよく来る場所ではなかったから、少し緊張した。

 子供は弱々しい雰囲気で、今にも泣きそうだった。

 これはあれかなと察する。

 ごくたまにあるのだ。「生贄」とか「人身御供」とかいうので送り込んでくる。それは妖狐一族を畏れ、暴れられないようにというものらしい。よくわからない。だって、誰もそんなものを要求していないし、八尾様だって理由がなければ暴れない。

 人間の子は怖くてしゃがみ込んで泣き出した。あちこちすりむいて怪我をしていることも手伝って、心もとなさが頂点に達したのだろう。

「かあちゃん、かあちゃん」

 悲痛な声に憐憫の情が沸く。

 もう帰っていいよ、と言うべきかどうか迷った。しかし、人間の泣き声、怪我による血の臭いを聞きつけたのは一尾だけではなかった。

 一尾の鼻は急速に近づいて来る大型の存在に気づく。

 耳も音を拾う。

 まずいと思った。

 魔獣だ。

 縄張りの中にも魔獣はいる。しかし、妖狐一族に牙を向ける愚は犯さない。妖狐一族も自分たちに敵対しないのなら、狩りを容認している。生きるためなのだから当たり前のことだ。

 一尾には無害だが、子供は獲物とみなすだろう。魔獣も生物だ。糧を得なければならない。弱肉強食の世界で、容喙すべきではない領域だ。

 でも、母を想って泣く子供がどうしてだか自分と重なった。二尾がいないと不安がって泣いたことがある。

 逡巡する間は長く与えられなかった。

 魔獣が姿を現し、子供が短く悲鳴を上げて息を呑む。

 一尾は咄嗟に飛び出た。魔獣に向け、必死に鼻に皺を寄せ、牙をむき出しにして低く唸る。

 魔獣は一瞬怯み、しかし、一尾の外見に侮蔑じみた嘲笑を漏らし、考えを巡らせる素振りの余裕を見せた。

 かっとなった。

 自分とて妖狐一族だ。

 まだ尾は一本しかないけれど、良いのだ。だって、妖狐一族はあまり群れて暮らさない。今の住処で異数の尾を持つ者らで共に暮らしているのが珍しい事態なのだ。今の家族たちと一緒に暮らすためなら、そのままでいい。

 それまではそう思って来た。

 しかし、その時は力を欲した。

 自分を馬鹿にして子供と合わせて食い殺してやろうという不埒ものを倒す力、複数の尾が欲しかった。なにかと褒めてくれる二尾やさり気ない言葉をかけてくれる八尾、冗談口に紛れてすとんと心に落ちてくる言葉をくれる九尾、その他の兄姉たち。一尾を好きでいてくれる彼らを馬鹿にされたような気がした。

 絶対に負けられない。

 一尾は懸命に戦った。身軽さを生かして翻弄し、隙を衝いて牙で食い破り、爪で引き裂こうとした。魔獣は頑強だった。

 一尾の激しい攻撃にやや怯んだものの、所詮子狐よと馬鹿にしたまま圧倒してやろうと向かって来た。小さき妖狐の縦横無尽に飛び跳ねる勢いに慌てるも、当たりを付けて牙を剥き、前脚をふるう。

 一尾はなん箇所かに傷を負った。血が流れて白毛を汚した。力が入らない四肢でふんばった。

 子供は泣くのも忘れて激しい攻防を見守る。目を見開いている様子から、息をするのも忘れなければいいけれど、と思う。

 と、そこへ一頭の妖狐が駆け付けた。

 力の象徴、白い尾は四本もある。

 四尾である。

 ふだん、仲が悪いわけではないけれど、三尾にべったりで、翻って自分は二尾にべったりだから、そう交流はない。

 けれど、一族が他者に害される時は別だ。

 四尾は強かった。

 瞬時に魔獣を圧倒する。

 内包する魔力の大きさにわずかに怯んだ隙を見逃さず、なにをどうやったものか、いつの間にか勝敗が決している。大の字に倒れ伏す魔獣の頭を片前足で踏んづけ、鼻息を漏らす。

『きゅふふん』

 勝どきの鳴き声を上げるまでもないといわんばかりだ。

 その様子を見て、助かった安どのあまり、一尾はその場でへたり込んだ。

 だが、悠長に休んでいられなかった。

 四尾はあろうことに、人間の子供にまで牙をむいて威嚇し始めた。

『しーちゃん、やめて! せっかく助けたのに!』

『あら、やだ、一尾、もしかして一目ぼれ? この子のために命を懸けて戦ったの?』

 どう猛さはどこへやら、旺盛な好奇心に目を輝かせる。

 女子は恋バナが好きだという九尾の言が思い出される。九尾はまさに賢者である。

 事情を話すと、四尾はまずは一尾の怪我の治療をしようとした。先に子供を人里近くに連れて行ってくれと言うも、却下された。

 子供を眠らせ、目くらましの魔法をかけた後はその場に置き去りにして、住処まで連行された。なぜか、八尾の前まで連れていかれ、項垂れつつ、もう一度事の成り行きを語る羽目になった。八尾は話を聞きながら、鸞謹製の薬を塗ってくれた。

 背後で見守る四尾の噴き出しそうな雰囲気が伝わって来る。

 そこでようやく四尾はこれを見たかったのでついてきたのだと知る。

 普段、伝説の妖狐八尾は隙がなく、巨大すぎる魔力ゆえか、相対することすら憚られる。しかし、一尾の前に出ればその威圧はどこへやら、割り合い観察しやすくなるというのは九尾の言だ。なお、二尾を前にした際にはまだその威厳が保たれるのだという。

 自分のせいで八尾のおどろおどろしいまでの魔力が親しみやすくなると言われているのだが、一尾にはぴんとこない。八尾は威厳たっぷりだが、いつでも一尾には優しいことが根底にあるからだ。

 八尾はよくやったとも馬鹿なことをしでかしたとも言わなかった。けれど、お小言をいわれなかったから、無罪放免ということだろう。多分。

 八尾は四尾に子供を人里近くに連れて行け、念のために食料を持っていけと指示した。

 その後、帰って来た二尾に顛末を話すと仰天され、傷の具合を確かめられた後、頭を撫でられた。

『よく頑張ったな、一尾。強くなったなあ』

 顎を上げてえっへんと胸を張り、ようやく満足した。こういう時にはえっへんと言うのだとリムが教えてくれた。リムは九尾から教わったのだという。

 今度、幻花島の幻獣たちにも一尾の活躍話を聞いてもらおうと思った。みな目を丸くして労い、おやつをくれるだろう。きっと勝利の祝いのおやつは格別な味がするだろう。

 兄の柔らかな腹の毛を背で感じながら、一尾は丸まってそんな夢想をした。

 それはきっと、約束された未来。




一尾も二尾もブラコンですが、

八尾も相当なものです。

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