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10.治療

 

 妖狐一族の住処とその周辺は切り立った岩山が連なる。

 移動するには跳躍力や距離感、力加減が必要となって来る。瞬時の判断が不可欠だ。

『一尾、にいちゃんがするように跳ぶんだ』

 今日は少しばかり遠征をし、一尾にとって初めての岩場へやって来た。

『うん!』

 前足を揃えて力強く蹴り、後ろ脚で身体を前へ押しやる。するりと前方の岩棚に身を移す。一尾も跳ぶ。二尾はそれを見届けると、次々と岩棚を跳び移って移動する。置いて行かれまいと一尾も追いかける。時に力加減を誤り足下の岩が崩れ、破片が谷底へ真っ逆さまに落ちて行ったり、時に目測を誤って腹を打ち付けたり、時に力み過ぎて岩棚の奥の垂直の壁に激突しそうになりながらも、一尾はふたつ尾を追いかけた。

 力ある妖狐である証である複数の尾だ。

 二尾の年齢でふたつ尾を持つのは珍しいと言われている、一尾の自慢だ。

 兄の尾に注意がいったせいか、一尾はうっかり脆い岩を踏み、呆気なく崩れ、慌てて逆側の足と後ろ足で踏ん張った。慌てたせいで角度が少々悪かった。

「ききゅっ!」

『一尾!』

 痛みのあまり悲鳴を上げると、二尾が身を翻して戻って来る。

『捻ったのか? 見せてみな』

 岩棚の奥の方に一尾を移動させ、脆い縁から遠ざけた後、両前足にそっと自分の前足を添えて眺める。少し血がにじみ出て、白い毛を汚している。

『動かしても平気?』

『うん、痛くない』

『じゃあ、捻ったんじゃなくて、切っただけかな。シェンシさんに貰った軟膏を塗っておこう』

 一尾の首に巻いたマジックバッグから鸞が作った薬を取り出す。鸞から傷薬や腹痛薬、頭痛薬といった様々な薬を貰っている。他の一族たちもなにかとお世話になっている貴重な代物だ。とても良く効く。

 容器の蓋を開けると、軟膏の量が少なくなっているので、今度島に行った際、また貰おうと一尾に言いながら、指で掬い取る。

『でも、もう少なくなってきているし、僕は大丈夫だよ?』

 痛みも引いいる。さっき悲鳴を上げたのは驚いたことも手伝っていた。

『うん、じゃあ、ちょっとだけつけておこうか』

『うん!』

『ほら、前足を両方出して』

 お座りポーズで向かい合う小さな子狐二匹が互いの両前足をこすり合わせる。

『くあ』

 好奇心に負けた一尾が鼻をうごめかして近づけ、その薬草特有の香りに顔を顰める。

『ちゃんと塗れたかな。一尾、痛くない?』

 くすりと笑った二尾が一尾の小さな両前足を覗き込む。ちゃんと臭いを吸い込まないように気をつけながら。

『大丈夫!』

 住処へはゆっくりと帰路を辿った。

 珍しく、九尾が戻っており、一尾が早速飛びついてあれこれ話す。つい今しがたあった怪我の話をすると、九尾が丁度島へ帰るところだから、一緒に行こうと言う。

 九尾は住処へも戻って来ると言うし、島へも帰ると言う。どちらも、九尾の住まう場所なのだ。

 三匹は闇の神殿の転移陣を経由して島へ行き、早速鸞に軟膏を作ってくれるように頼む。

『ふむ。その前に、二尾、治療をしておこうか』

『えっ、二尾にいちゃん、どこか怪我をしていたの?』

『両前足だね』

『きゅうちゃん、気づいていたの』

 九尾にばつの悪そうな顔をしつつ、驚く一尾を見て、二尾は大丈夫だよと笑う。しかし、その両前足は赤く腫れていた。

『一尾に薬をつけた時に、俺の足にもついたからさ』

『まあ、応急処置というところでしょう』

『シェンシ! にいちゃんの怪我を診て!』

 二尾の両前足の傷具合を診て、鸞が戸棚から取り出した軟膏をふたつ混ぜ合わせる。

「ききゅう」

 一尾はぎゅっと尾を握り締めながら見守った。いかにも痛そうな二尾の傷の痛みに身を縮め、それが頼りだとばかりに、九尾のここのつある尾のひとつを両前足でぎゅっと。

「ききゅっ!」

 九尾が身体を固くしながら、早く終われと念じる。

『らんらん! 早くゥ! きゅうちゃんの尾が! 潰れちゃうワ!』

『そう急かすな。きちんと処置しておかねば。化膿してもいかぬ。お主の尾は九本もあるのだ。いっぽんくらい』

 二尾の手当てに気を取られ、鸞はいつもより途切れ途切れに話す。

『きゅっ! いっぽんくらいとはどういうことですか! 大切な尾ですよ!』

『にいちゃん……』

『か、一尾、もうちょっと力を抜いて。ネ?』

 九尾が宥めるも、一尾は二尾の方に注視して他のことには気が回らない。

『一尾、そら、にいちゃんの尾を握ってな』

『駄目だよ、そんなの!』

『一尾まで! きゅうちゃんのなら良いって言うのォ⁈』

『やれ、うるさいな。九尾はもっと静かにせよ』

『どうしてきゅうちゃんだけ!』

 文句を垂れる九尾に取り合わず、鸞はピンセットで二尾の肉球と毛の狭間に入った石の欠片を取り除く。

「ききゅっ」

 痛みに二尾が思わず呻く。

「ききゅっ」

 兄の痛みを慮って一尾が一層強く九尾の尾にしがみつく。

「ききゅっ」

 九尾の肩が跳ねる。

 構わず、鸞は二尾の前足に薬を塗布する。翼の冒険者として処置することに慣れていた。

 きゅっきゅきゅっきゅと騒々しいのに誘われてシアンが鸞の研究室に顔を覗かせると、そこには尾を胸の前に持って来て涙目で吹く九尾、お座りして両前足を差し出す二尾、それを真剣な表情で覗き込む一尾、三匹の白狐をやれやれと言わんばかりに眺める鸞がいた。

「一尾と二尾、来ていたんだね。いらっしゃい」

 事の顛末を聞いたシアンはよく我慢した二尾と一尾を褒めた。

「でもね、二尾。一尾のことを大切にするのはもちろんだけれど、自分のことも大切にして、我慢しないでね」

 自分の身もよくよく気をつけろというのに、二匹は神妙な顔つきで頷いた。

『きゅうちゃんもよく我慢しました! きゅうちゃんの尾も大切にして!』

「ふふ、そうだね。一尾、なにかにしがみつきたくなったら、きゅうちゃんの尾じゃなくて、別のものにしようか」

『うーん、でも、きゅうちゃんの尾がいちばん頼もしいんだよ!』

『きゅっ! ま、まあ、そこまで言うなら仕方がありませんね』

 あどけなく慕う末弟が可愛くて仕方がないのは九尾も同じだ。

 シアンは鸞と顔を見合わせて笑い合う。

 なお、一尾と二尾は一層鸞に感謝を抱き、薬草採取に励んだという。二尾は麒麟と並んで良く鸞の薬作成を眺めるようになった。

『二尾もらんらんの弟子入りしてみる?』

『も、ってことはシェンシさんはもう弟子を取っているの?』

 九尾の言にまんざらでもなさそうな二尾が首を傾げる。

『あは。人間の弟子がふたりもいるんだよねえ』

『そうなんだ。ユエも弟弟子がいるものね』

 二尾は麒麟とも相性が良い。

『にいちゃんは粘り強いって八尾様が言っていたから、薬づくり、ちょうど良いかも!』

 一尾が我が事のように顎を上げる。

『ふむ。二尾が興味があるなら、教えるのにやぶさかではないが、少しずつやっていけば良い。先は長いのだからな』

 一尾が鸞の弟子ということで興味を持ち、片方に会いに行くのはもう少し後のことである。

 一尾が拠り所にした九尾の尾。一尾にとって自分のふたつ尾は安らかな気持ちになるもので、九尾の尾は力強いものなのだろう。そして、島に連れてこられたことによって、一尾や、なんなら自分もしがみつく尾は増えた。一族の尾だけでなく、島の幻獣やシアンたちが心強い拠り所となった。そんな風に色んな交わりを持たせようとしてくれたのだと思う。

 九尾は明確に伝えてくる時とそうでない時がある。鸞やカランが賢者と言われるのと同じく九尾もまたそうなのだろう。

 そう仕向けてくれた九尾や自分たちを受け入れ手を貸そうとしてくれる者たちに感謝する。自分もなにかしら役に立ちたいという気持ちを強くした。



 治療が終わった後、おやつを食べようとなった。

『頑張った狐たちにご褒美を!』

 治療の痛みに耐えた二尾、兄を慮って堪えた一尾、その一尾にしがみつかれた痛みに苦しんだ九尾、である。

「二尾は前足を使えないよね。食べるのを手伝おうか?」

『僕がやる!』

 一尾がやる気に満ちた顔つきで宣言する。

『ぼくが教えてあげる! こうやってね、口元に持って行ってあげるんだよ』

 リムはプリンを匙に掬い、シアンに差し出した。

「キュアー」

 あーんと言いながら口を開ける。シアンは目をしばたいて、くすりと笑みを漏らして口を開けた。その中へするりと匙が入る。

『ね?』

『分かった!』

 一尾は慎重にプリンの器を肩前足で支え、もう片方の前足で匙を握って掬い取る。

 ちょっと多く載せ過ぎではないか、と一部幻獣は思うも、水を差すこともあるまいと口を噤む。九尾は自分のプリンに夢中で今ばかりは茶々を入れない。

『ゆっくり』

『そっとな』

『そら、二尾、もそっと顔を寄せてやれ』

 わんわん三兄弟が応援する。

『あーん』

 ふるふると小刻みに震える弟の片前足を至近距離で見ながら、二尾は付き合って口を開ける。

 匙にこんもりと盛られたプリンが無事に二尾の口の中に入り、わっと幻獣たちから歓声が上がる。

『良くやったな、一尾!』

『上手に食べさせられたぞ』

『おや、二尾、口元にプリンがついているぞ』

 褒め上手なわんわん三兄弟に、一尾は満足げな息をつく。エークが布で二尾の口元を拭ってやろうとするのに、自分が、と挙手する。

 ぐいぐい拭かれ、二尾の頭ががくがくと揺れる。布をさっと避け、鼻先がくっつくほど近寄って汚れが残っていないか確かめる。

 それを見ていたリムがシアンに顔を向ける。

『シアン、ぼくも! ぼくも拭いて!』

 リムの顔は汚れていない。けれどシアンは口を緘してそっと拭ってやった。

『ありがとう』

 うふふと笑い合うと満足したのか、再びプリンを食べる。丸い顔、頬を膨らませる様子に、シアンは唇を綻ばせる。

 おやつの後は絵本を読んで貰ったり、ブラシを掛け合ったりした。二尾の両前足を使わなくても良い遊戯だ。

 絵本の読み手はシアンだったり、鸞であったり、麒麟、セバスチャンが行うこともあった。

「これ、一尾のブラシと二尾のブラシね」

『わあ、ブラシ!』

『お揃いだね』

『みんなとお揃い!』

 リムと一尾が顔を見合わせて笑い合い、それをティオが穏やかな表情で見守っている。ティオは二尾の治療の様子を聞き、一本と言わず二本でも三本でも尾を握りつぶしてやったら良いのに、と述べた。九尾が震え上がったのは言うまでもない。ともあれ、ティオは一尾と二尾兄弟を気に入っていた。

『ありがとう、シアン。あの、』

「二尾、どうかした?」

『個別にブラシを貰っても良かったの?』

「ふふ。うん。二尾専用のブラシだよ」

『にいちゃん、ブラシ、してあげる!』

 一尾がここへ座って!と床を片前足でぽふぽふと叩きながら呼ぶ。もう片方の前足にはブラシが握り締められており、きりっとした表情をしている。

 シアンに断って一尾に近寄ると、座らされて二尾のブラシを預ける。リムとわんわん三兄弟が取り囲み、あれこれアドバイスするのに真剣に頷きながら、そっとブラシをかける。くすぐったくてふふっと笑うと、さっとブラシを引き揚げる。

『痛かった?』

『ううん、気持ち良いよ』

 二尾の言葉に一尾は得意げに面々の顔を見渡して、再びブラシを掛け始めた。

「仲が良いなあ」

『あは。和むねえ』

 シアンが思わずつぶやくと麒麟が同意する。

『……』

『え、滑り台? それは良いけれど、前足を怪我しているのに、大丈夫かな』

『それより、ネーソスが乗せて周遊してやったらどうにゃ』

『一尾も一緒に乗れると喜ぶかもしれないね』

 ネーソスがユルクに滑り台になってやってはどうかと提案し、カランとユエが別案を出す。

『シェンシ殿、二尾の傷の治り具合はどのくらいかかるでしょうか』

『うむ。安静にしておけば二、三日で通常の生活に戻れよう。妖狐一族ゆえに自然治癒力は相当高い』

『二尾は強いんだね』

 リリピピが気遣わし気に鸞に尋ね、その答えに一角獣が感心する。

『狐も一尾と二尾を見倣うと良い』

 ティオの言葉に反論するか惚けるか、聞き流すか、生死を駆けた選択とばかりに頭を悩ませる九尾であった。





鳴き声は「きゅ」ベースにしています。

実際の狐は犬っぽいらしいですね。

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