1.妖狐(あやかしきつね)の一族
※ネームセンスはございません。
あらかじめ、ご了承ください。
暗雲たちこめ、空気は大量の湿気を含んだかのように重苦しくなった。普段はのどかな草原は灰色に塗りつぶされる。
つい今しがたまでは甲冑の音を鳴らして意気揚々と凱旋行進をしていた軍兵どもは息をしづらいほどの重圧が身体全体にのしかかって来るのを感じる。
生ぬるい怪しい風が吹き、ざざ、と草木が揺れる。顔に首筋に当たる風によって気力体力を奪われていくようだった。
と、腹の奥に響く重々しい音が響いた。
次の瞬間、鉛色に満ちた中空に白い毛並みの巨大な四つ足の獣が降臨していた。
白の中に、炯々と赤く光る釣り目が遠目にも分かる。
獣が宙に浮いていることから、力ある魔獣か幻獣の類だと知れる。けれど、それは異様だった。
ちりちりと微かな音がする。
白い毛が逆立っているのだと知る。そこから魔力が発せられている。
尾が打ち振るわれるのが見えた。正面を向いているのに、尻の向こうにあってさえ分かる。八本もの尾の先はうっすらと青白く輝いていた。そこから強烈な違和感を覚えた。鳥肌が立つ。
膨大な魔力が膨れ上がり、尾から発射された。
それは青い半透明の炎となってあちこちに飛来し、燃やし尽くした。どれほどの高熱を持つのか、鉄も銅も赤く柔くとろけさせる。炎で焼かれ、身に着けた甲冑で熱せられた。
阿鼻叫喚の様相を呈した。
濁った悲鳴が辺りを震わせる。
不思議と草木は焼けず、しかし、軍の武器防具食料といった兵站はのきなみ焼かれた。鉄をも溶かす高温度は人の身も食らった。水がなんにでも入り込むように、炎は嘗め尽くした。
悲鳴を上げ逃げ惑う者たちは焼死だけでなく、衝突や転倒、圧死も誘発し、混乱の極みに陥った。
ようやく正気を取り戻した者たちは生存者が数名しかおらず、いつの間にか巨大な狐と炎が消えていることに気づいた。
彼らが戦利品として持ち帰った、妖狐の美しく手触りの良い毛皮を大量に積んだ荷車は消し炭となっていた。
強国の精鋭がなす術もなくただ泣き叫び逃げ惑うしかなかった。
立ち向かうなど考えも及ばぬ。あの異様とも思える魔力に晒され、ただただ呆然とするしかなかった。
曇天から青い炎の雨が降り地上のものを焼き尽くした
これ即ち伝説の妖狐の仕業なり
人みな膝をつき、ただ空を仰ぐ
そは災厄、惨禍の権化
一軍一国を塵芥にせしめる
やつ尾の妖狐は伝説の大妖と称されるようになる。
切り立った崖の岩肌が風によって丸みを帯び、曲線と鋭利な線が織りなす岩の塔が連なる山だった。
緑が濃く頂上を覆い、その下に続く岩棚に点在する。
見上げるばかりの垂直の岩の中頃にぽっかり口を開けた妖狐一族の住まいの出入り口に、ふわりと白い毛並みの狐が舞い降りた。
念入りに施された高度な目くらましも、九つもの尾を持つ幻獣の前には児戯に等しい。
『きゅうちゃんだ!』
中から転がるようにして白い毛玉が駆けてくる。手加減も容赦もなく、勢いを殺さぬまま九尾の腹に激突する。そのまま四肢できゅっと抱き着く。
『ぎゅふっ。か、一尾、少し見ないうちに大きくなりましたね』
『二尾にいちゃん、僕、大きくなったって!』
『うん、良かったな。ほら、きゅうちゃんが苦しそうだから離れような』
振り返って赤い目を輝かせて満面の笑顔を浮かべる弟を、九尾の腹から引き剥がす。こちらも九尾や一尾と同じく白い毛並みの狐の姿をしている。
『ふう。きゅうちゃん、お腹の中身が出ちゃいそうだったワ』
『きゅうちゃん、お腹になにを入れているの?』
大仰にため息をついて見せる九尾に、兄に後ろから両前足で抱えられたまま、九尾一族の末っ子は片前足を伸ばして腹を遠慮会釈なく叩く。
『わあ、ぽんぽん!』
『きゅっ、子供の無邪気さが突き刺さるゥ』
久しぶりに姿を見せた兄に、末弟が興奮して纏わりつく。九つの尾が花弁のように円を描く印がついたマジックバッグから取り出したもので意識を逸らさせることにした。
『ほら、お土産だよ。みんなの分があるから、配っておいで』
『わーい』
『ありがとう、きゅうちゃん』
九尾一族は複数尾を持つ、力ある狐の姿をした幻獣である。
最も数が多い九つの尾を持つ九尾は、力あるものが必ずしも長になる必要はあるまい、と外へ出て好き勝手している。
それで八尾が一族を取りまとめているが、時折、七尾が経営するこぢんまりした酒場に行って愚痴っている。内容は大抵、一族のことだ。力を使ってみたくて仕方がない六尾と五尾に手を焼いている。無論、最たる問題児は九尾である。各方面から苦情が入るため、八尾の胃はいつまでもつことやら。いつしか九尾が携える土産に健胃剤が含まれるようになり、辣腕を振るう弟を脱力させた。
『きゅうちゃんは脱力系可愛い狐ですからなっ』
『諸悪の根源が!』
四尾はすぐ下の三尾を可愛がっている。そして、先ほどの二尾は一番下の兄弟一尾の面倒をよく見ている。まだ小さい二匹の狐は愛らしくどこでも人気者である。
いお、しお、みおは音が似ていて紛らわしいので、いっちゃん、しーちゃん、みっちゃん、などと「お」の前にちゃんづけして呼び合っている。そのため、九尾もきゅうちゃんなのである。九尾は紛らわしくない読みなのだが。
九尾だけが「お」ではなく「び」なのは一族で最も力ある存在だから、区別するためにそう呼ばれていると言われているが、定かではない。
九尾は弟たちと別れ、住処の奥に進む。横穴が幾つも走り、そこから兄弟の声が漏れ聞こえてくる。みな息災の様子だ。最奥の一室を覗き込めば、振り向かずに尋ねられる。
『九尾か。天帝宮はどうだったのだ』
八尾の部屋で、岩を平らかに削り、滑らかに磨いた机には大量の書類や本が積みあがっている。鸞の研究室のようで、性質も似ていた。ただし、八尾は生物の傷や病を治すよりも、破壊することを得意としている。
『定型文じゃあるまいし。毎回聞かなくても良いでしょうよ』
『貴様はほんに戯言ばかりを言う』
『第一、きゅうちゃんに聞かなくても、宮のことならば七尾が詳しいでしょう』
すぐ下の弟、一族の長である八尾とは大体いつもこんな調子だ。
『七尾には漏らさぬこともあろう』
『七尾姐さんは天帝宮の古狐! 宮の側近でさえも敬意を払ういわば隠しボス的存在ですよ! きゅうちゃんも「あらァ、九尾さん、掃除がなっていないわネ~」って随分いじめられたんだからっ』
もはやどこからどう突っ込めば良いのか、という態で八尾が額を片前足で抑える。長い爪に隠れているものの、恐らく、沈痛な面持ちになっていることであろう。
七尾は天帝宮に務める傍ら人間の住む街で酒場の経営をする手腕の持ち主で、酸いも甘いも嚙み分ける。九尾などは敬意を抱くがあまり、その言葉遣いが移ることもままある。酒場でなにかと客の相談に乗る賢者である。
なお、九尾一族は尾の多さで力の大きさが決まるが、生まれ順は名前と合致していない。七尾がもっとも早く誕生した。
『女性に年齢を聞くものではないワ~』
姉であり、酒場の賢者でもある七尾を九尾は姐さんと呼ぶ。気紛れに天帝宮に出仕した時期、その奔放さに手を焼いた宮の補佐が七尾の下に置き、舵取りをしようとしたほどだ。
ふざけた言動の九尾ではあるが、八尾は内心、兄には敵わないと思う。
自分をも含めて事態を突き放して見ることが出来る。俯瞰が出来る。私情を挟まず物事を認識することが出来る。
九尾もまた翼の冒険者として人の世で活動し始めてから、変わった。それまでは人の世の治世の是非を問う神の使いとして憂い憤ることがままあったが、今ではそれを大様に受け止めるようになった。寛容とはまた違う、余裕が見て取れるようになった。
九尾から頼まれていた情報収集についてまとめた報告書を渡す。
『ふむ。短期間で良く調べてある』
報告書を捲り、感心する。
九尾は情報収集の際、六尾以下の者を積極的に使うように指示した。
『きゅうちゃんはシアンちゃんから適材適所ということを学びました。兄弟たちも上手く使ってやれば、驚くほどの力を発揮しますよ』
半信半疑で従ってみると、嘘のように素早く情報が集まった。無論、兄弟の特性を熟知し、上手く配した自負はある。けれど、いつまでも困った狐ばかりだと思うのではなく、適した仕事を与え、褒めてやることも重要かもしれない。成功体験を覚えさせるのだ。
『八尾、全てを支配しようと考えてはいけませんよ』
『私はなにも』
『適材適所は重要なこととは言え、本人たちになにが向いているのか実感させる必要があります。それに、不得意だからと避けるようではいけません。得手不得手もある程度は克服しなければ』
『ふん。ならば、まずは九尾から真面目にならねばな』
『なにを言う! きゅうちゃんはいつもこんなに全力で取り組んでいるのに! シリアスもコミカルも可愛いも渋味も兼ね備えた完全狐体!』
『そのおふざけを止めろ』
九尾はつい今しがたまで天帝宮にいたはずだ。
天帝宮でも九尾の扱いにはほとほと困り果てていること、想像に難くない。なにしろ、聖獣で凶獣、人の世の治世に是非を問うことができる存在だ。神の使いともされ、人の世にも詳しい。
これほど翼の冒険者の一員として相応しい者もいない。
そんな考えを九尾は覆した。九尾は神に仕える獣から跪かれる存在へと変じた。
意味が分からない。
『風の上位神はきゅうちゃんのマブダチだぜ!』
物言いはふざけているが、非常に親しくしているというのは本当なのだ。頭が痛いことに。
普段の冗談口に紛れてしまいそうだが、その実、九尾は他に、魔神にも敬われているという。
力ある妖狐一族の長たる自分から見ても異様だ。
九尾は過去の出来事から聖獣でありながら、凶獣でもあるとされた。
それがいつの間にか、人間の召喚獣となり下がったかと思いきや、人と親交を持ち、あれよあれよという間に複数属性の上位神に、仕えるのではなく跪かれるようになった。
これは一体全体どういったことか。
しかし、信じがたいことに、その事実がすんなり周囲に受け入れられるほど、破天荒な狐だった。
例えば、八尾ら妖狐一族と天狐一族はさほど仲が良くなかった。天狐どもは天帝宮に仕え重用されることを誉れとし、九尾を筆頭に一族は妖狐らの中でも特に力があり、神狐をしのぐとまで称されることを誇ったからだ。
七尾が天帝宮に入ることで緩衝材となり維持し続けた微妙な関係性を、九尾が天狐となることで破った。良い方向へ転がった。
翼の冒険者からの差し入れだと携える料理に舌鼓を打った天狐たちは九尾に唆され、礼として酒を造った。一部天狐たちは酒の原材料の改良を重ね守り、終いには稲作の守護者とまで称され人々に崇められるようになった。
そこまでする天狐の気持ちも分かる。あろうことか、天狐の酒を精霊王が喫したというのだから。
九尾は不可抗力だと言うも、存在さえあやふやな精霊王に献上する栄誉に浴し、更には天狐たちが行う酒造りで扱う水は美味しいものとなり、彼らが育てる植物は十分な降雨に恵まれた。精霊王の礼だと九尾から教えられ、天狐たちはより一層酒造りに励んだ。
つらつらと考えていた八尾ははたとなる。
九尾の言動に逐一取り合っていたら惑わされる。そういう狐なのだ。
八尾は疾く去ねとばかりに室から押し出した。
『きゅうちゃん、お話、終わった?』
蹲るようにして顎を地面に着けていた末弟が、ぴくりと三角の耳を動かす。大きな耳は成長の証だ。一尾もその後ろに控えていた二尾もまだ小ぶりの耳をしている。
二尾はどうやら、九尾を待つ弟に付き添っているらしい。もの言いたげではあるが口は開かなかった。
『うん、終わったよ。焼き菓子は美味しかった?』
『うん! 芋栗なんきんがいっぱい入っていた!』
聞かれてその味を思い出したのか、ぺろりと口周りを舐める。
『あのね、きゅうちゃん、なにかお仕事ちょうだい!』
『お仕事?』
二尾が後ろであちゃあという顔をする。そんなに分かりやすくにやにやしているのだろうか。しかし、可愛い末弟が面白いことを言いだしたのだ。可愛い子には旅をさせよ。これはきっと八尾の胃の丈夫さが試されているのであろう。
『そう。六尾もいっちゃんも八尾様からお仕事もらって頑張って褒められたんだよ! しーちゃんもみっちゃんまでも!』
『ほう。八尾は上手く采配したようですなあ』
『したのですなあ』
九尾の口ぶりを真似る。
妖狐には力がある。しかし、さすがに天の狐である天狐には及ばない。それが群れ同士拮抗するのは複数尾を持つ妖狐がいるためだ。複数の尾を持つ妖狐の力はすさまじい。
複数尾を持つ者は大体、二本か三本、多くて四本有していれば相当な力量があった。四本の尾を持つ者は二、三しか確認されていない。
そんな六尾以下の者たちを、八尾は上手く使いこなしているようだ。
『一尾はどんなお仕事がしたいの?』
『ううん。僕じゃなくて二尾にいちゃんにちょうだい!』
『えっ、俺?』
二尾も初耳らしく、目を丸くする。九尾は興味津々で末弟の次の言葉を待つ。
『二尾にいちゃんは僕のお世話ばっかりしているから。僕、ちゃんと独りで待っているからね、二尾にいちゃんにもお仕事ちょうだい!』
お座りしてさっと片前足を九尾に向けて突き出す。二尾は噴き出した。
『一尾、ありがとうな。でも、お菓子やおかずをねだるみたいになっているぞ』
『むう』
『そうだよ、一尾。遊びじゃないんだ。ちゃんと見合う役割を担うんだよ』
不満げな末弟に九尾も言うも、いや、ちょうど良い用事があったなと思い返す。
『ちょうだいと言って簡単にやれるものではないけれど。二尾』
頬を膨らませ無言の抗議をする末弟の頭を撫でてやっていた二尾は、不意に名を呼ばれて居住まいを正す。九尾の声音に真剣なものを読み取った。
『確かに、下の面倒を見るだけじゃなく、他の仕事もやってみなくては。どう? やる気はある?』
『はい!』
『はーい!』
二尾につられて、一尾も片前足を挙げて返事をする。ちなみに、この仕草を教えたのはもちろん、九尾だ。
二尾の様子に、一尾の観察眼に舌を巻く。末弟は自分の面倒を見るために、すぐ上の兄が他の兄たちと同じように仕事を与えられないでいることに気づいていたのだ。ほんの少し心の奥に沈殿する鬱屈に。
八尾は頑固な一面がある。できれば末弟とそのすぐ上の弟にはまだ庇護下で可愛がられるままでいてほしいと思うのだろう。人の世の不条理さを知るのはもう少し後でも良いと考える。一尾はその考えをなんとなく感じ取り、九尾ならばと思い定めて直談判したのだ。
『一尾は賢いね。それに二尾のことが好きなんだね』
『うん!』
満面の笑みでとても良いことだと表す一尾に、二尾が面映ゆげになる。
『二尾、姐さんのところに遣いを頼めるかな』
『七尾姐さんのところに?』
『人間の街に!』
七尾は何故酒場を経営しているのか。
賢者がいる酒場には情報が集うというのが九尾の言だ。他では漏らせない話も、酒の力を借り、非日常的な照明が落とされた空間で、つい口が軽くなって話してしまう。秘密は誰かに聞いてもらいたいものだ。しかし、そんじょそこらの者では聞き出せない。賢者でなければ。優れた者だからこそ、自分の秘密を打ち明けるに相応しいと思うものなのだ。
こうして二尾は腹から背に掛けて書簡を包んだ風呂敷を結び付けられた。
八尾に見つからぬうちにと慌てて出掛けた。
二尾とて魔力の高い妖狐一族であるから、幻想魔法を使える。しかし、未熟者の自覚はあるので、人の目がある時には白い毛並みの犬の振りをすることにした。
『いってらっしゃい!』
弟と兄に見送られ、片前脚を振り返して出かけた。しっかり者の二尾も末弟を通して九尾の影響を受けていた。八尾がやきもきするはずである。
しばらく後、二尾は立派な妖狐に成長した。
擬態を得意とするゆえか、一族や天狐との間を行き来する役割を担うことが多い。
その日も七尾に頼まれて天狐に届けものをした。帰りしな、住処の近くで相争う人間を見つけ、咎めた。
「ひっ、妖狐!」
「あ、ああ、この辺りに伝説の妖狐一族が見かけられるってのは本当だったのか!」
『分かっているのなら話は早い。疾くこの場から離れよ。ゆめ近づくでないぞ』
「はいいぃぃぃ」
「命ばかりはお助けを!」
美しい白い毛並みの巨大な狐の前で人間ふたりは平伏した。
強大な力を持つ八つ尾の妖狐が強国を滅ぼしたと伝承に歌われている。
お伽噺などではないことは眼前の妖狐から肌があわ立つ力を感じることからも明白だ。
『にいちゃーん』
「うん? 今、なにか聞こえたか?」
人間たちが周囲を見渡す。
『良いから、疾く行け!』
促すも、時遅かった。
『二尾にいちゃーん』
飛び出て来た白い毛玉が二尾にくっつく。
「ひぃっ」
今度はなんだとばかりに人間たちが震え上がる。
『一尾、にいちゃんは今、人間と話をしているから、ちょっと待っていて』
『うん。分かった!』
二尾の斜め後ろで一尾は上半身を両前脚を立てて支え、尻を地面につける「お座り」の格好で待つ。
人間たちからすればとても気になる。しかし、眼前の立派な体躯の狐に、ここは聖域であるので近づいてはならないとされていることを知らぬのかと睨まれ、平身低頭の態である。
蝶がひらひらと飛んでくる。その高低ゆるやかに弧を描く軌跡を視線で辿る。と、子狐が両前足を打ち付けた。間に挟まれた蝶が驚き逃げようと翅を必死に羽ばたかせている。
『一尾、逃がしてやりなさい』
『はーい』
動くから気になっただけで、執着なく両前足を開く。打ち付けられた驚きと恐怖とでふらふらになりながらも、蝶は懸命に飛んでいく。
『ばいばーい』
「お座り」をしたまま、片前脚を挙げて左右に振る。
人間はぽかんと二頭の狐を眺めていた。
彼らに頓着せず、『一尾、偉いぞ、ちゃんと手加減出来たな。蝶を潰さなかった』と小さい狐を褒める。小さい方は顎を上げ、尾を振り振り得意げになる。
狐はさっさと終わらせようとばかりに人間たちに向き直った。
『良いな、この辺りには近づくでない。命の保証はせぬぞ』
『せぬぞ!』
胸を張る小さい白い子狐を促し、踵を返した狐の尾は確かに二本あった。
人間たちは一連のできごとにただただ口を開けて固まるしかなかった。
活動報告にも書きましたが、この話は番外編の中の一部を抜粋し、単品で読めるようにしたものです。
番外編で違う兄弟が出てきます。
兄弟ばかり出てくるのはどうかと思うので、どちらかの性別を変えた方が良かったかな、と悩んでいるところです。
『二尾ねえちゃーん!』
『一尾、ねえちゃんの尾を握っていな』
……うん、二尾を女子にしても大丈夫そう。
もしかすると、二尾の性別が変わるかもしれません。
全文書き換えるのが面倒くさ……難しくてそのままにしているかもしれません。