ウェンディは大人になれない
ピーターパン。
永遠の少年、子供たちの憧れ。
弟たちは彼の物語が大好きで、よく私に話をねだってた。
ある日はピーターパンとかわいらしい妖精の話を。
ある日はフック船長との戦いの話を。
無限に尽きないおとぎ話をあの子たちは飽きもせず聞き続けていた。
そしてその日は突然やってきたの。
「さあウェンディ、僕と一緒に行こう」
私の物語の少年が、本物になって目の前に現れた。驚いて声の出ない私に微笑みながら、彼は魔法の粉を振りかける。
「君を大人になんかさせないよ」
そして私は弟たちとともにネバーランドへ旅立った。
ネバーランドは楽しいものであふれてる。
人魚にインディアン、冒険の島。フック船長たちと出会ってしまったときは焦ったけど、彼は私を一度横目で見ただけで襲ってはこなかった。
「ねえ、ウェンディ。ずっとここにいて」
ピーターパンがささやく。
「このネバーランドで、一緒に永遠を生きよう?」
夜になると、彼は眠れないといって私に物語を催促する。そして話が終わるころにいつも同じことを問うのだ。
そのたびに私は曖昧に微笑んで彼のシーツをかけなおしてあげる。
その日は珍しく一人だった。ここへ来てから毎日何かしらしていたので、久しぶりにゆっくりできる。
ロストボーイズたちがくれた本を読んでいると、一通の手紙が足物に落ちてきた。隠れ家の小さな隙間に誰かが滑り込ませたのだろう。
そこには太陽が真上に昇るころ、入江の入り口にて、とだけ書かれていた。
差出人がないから行こうか迷ったけど、なぜだか行かなければいけない気がしたので私は入江に向かう。
次の日、私は弟たちをつれてネバーランドから去った。
『ピーターパンは君をここから逃がすつもりはない。弟たちはいつか消されるだろう。かつての子供たちのように』
そういったのはフック船長だった。
『知っていたのだろう?おとぎ話に隠された、昏い真実を』
えぇ、知っていたわ。彼が何をしていたのか。あなたに何をしたのか。
でもね、私も子供だから。信じないようにしていたの。
『逃げるなら今しかない。俺は君を救いたい』
彼は鉤爪と化した手をなでる。
『明日の夜、ここへ来るといい。君たちを帰してあげよう』
ねぇ、ピーターパン。
私ね、本当は大人になるのは嫌じゃないの。
だって大人にならないとできないことがたくさんあるもの。
だから帰るわ。最後の物語をあなたに聞かせたら
「ウェンディ、ずっとここにいて」
最後の問いかけに私はなんて答えたのだろう。
フック船長は私たちを送りかえしてくれた。弟たちは残念がってたけど、両親を見つけた瞬間泣きながら飛びついていた。二人は不思議そうな顔をしていたけど、小さな弟たちを優しく抱きしめた。
それを見つめながら、私はふと窓から見える夜空を見上げる。
もう彼に会うことはないのだろう。だって、私は大人になることを選んだのだから。
「ねえお母さん、私早く大人になりたいな」
大人になって、自分の子供に物語を聞かせてあげたいの。
「ウェンディ、君は大人になんてなれないよ」
だって君はもう、ネバーランドの住人だから。