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虹霓の翼  作者: 花水木
序章
3/11

狭すぎた世界

 午後は、この国が置かれている状況についての講義だった。見知らぬ国で生きてゆくための情報ということもあり、普段は座学なんてロクに聞かない生徒も真剣な顔つきで聞き入っていた。


「魔力というのは、普段から様々な色のものが混ざり合って、大気中に存在している。だが、地形や気候などの要因で、特定の色の魔力だけが集まってしまうと、互いに引きつけ合って塊になってしまう」


 そう言ってフラーウスは、ガラスのような容器の中に入った真紅の石を掲げる。一見すると、赤色のコランダムと見分けがつかない。


「これをクリスタライン・エレメントとか、単に結晶クリスタルと呼んでいる。今はケースで遮っているから問題ないが、野外に放置された結晶は、魔力を放出してそこに居る動植物に影響を与えてしまうんだ」


 フラーウスが手元で何やら操作すると、前に大きな画面が映し出され、映像が流れ始める。サイのような体つきの動物が大きく口を開けると、火炎放射器のように炎を吐き出している。


「これは、赤結晶の影響を受けてしまった動物の例だ。こんなふうに変質してしまった動物のことを『魔獣』といい、結晶の影響が及ぶ領域のことを『魔境』という」


 次に映し出されたのは、大きな地図だ。全体が赤く塗りつぶされ、真ん中に1箇所と周囲を囲むように6箇所、塗りつぶされていない部分が円形に広がっている。面積にして、塗りつぶされていないのは全体の1割弱といったところだろうか。


「この地図で、塗りつぶされている部分が魔境だ。現在魔境化せずに残っている都市は7個。ここには結界が張ってあって、結晶の影響が抑制できるんだ。それでも、魔境化が完全に防ぎきれなくて、結界内でも年間で数百人は死者が出てる。もしエネルギーが切れて結界が張れなくなったら、1月もせずにこの世界の人間は全滅するとされている……なんだ?」


 挙手をしていた光田は、フラーウスに指名されて立ち上が立ち上がり、訊ねる。


「それが、我々の召喚された理由と言うことですか?」


「そうだ。あと1年もすれば尽きる見込みだったエネルギーが、今回の召喚で5年は保ちそうな見通しだ」


「ということは、5年後にはまたどこかの世界から無関係の人を召喚するということですか?」


 見るからに動揺していた昨日とは打って変わって、光田は冷静ながらも堂々と質問を重ねてゆく。答えるフラーウスも、ごまかしたりする様子もなく、簡潔に答えを返す。


「そうならないようにすることが、この学園の存在意義だ。現にこの学園から輩出された多くの冒険者たちが、日々魔境を探索して結晶を確保してくれている。結晶を取り除けば魔境は消えるし、結晶自体も結界のエネルギーの足しにしたり、日用品に利用したりできる」


「我々にもその役割を期待していると?」


「そうだ。とはいえ、昨日も言ったとおり、強制するつもりはない。ただ、国に貢献してくれるなら、それに見合うだけの報酬は出そう、ということだ……といっても、見ての通り余裕のある国じゃないから、限度はあるがな」


「危険と隣り合わせの仕事ですよね」


「魔境っつうのは、何の前触れもなく現れる。その意味じゃ、この世界では生きること自体危険と隣り合わせだ。魔獣に対処できる冒険者の方が、城壁の中で暮らす一般人より危険は低いと思うぞ」


「……だいたい分かりました、ありがとうございます」


 軽く頭を下げて、光田は席に着く。


「他にも、分からないことがあれば気軽に手を挙げて質問してくれて構わない。今質問したいやつはいるか?」


 視線を一巡させて、挙手が出ないことを確認してから再び口を開く。


「さっき話にも出したが、結晶を集めて魔境の力を削る仕事をしているのが、『冒険者』だ。冒険者名簿の管理や結界の査定・買取は冒険者ギルドが担っている。当然だが、結晶だと認識していながら、ギルドに持って行かずに所持していると即死刑になる。回収した結晶はすぐにギルドに持って行くように」


 その後も、この世界で生活する上で持っておくべき常識を、項目ごとに解説してもらう。通貨のこと、カレンダーや時間のこと、基本的な地理や政治のこと。


 どれも分かりやすくまとめられていて、かなり丁寧に準備されていることが感じ取れる。彼は俺たちを呼び出した張本人ではあるが、その人となりが分かってくるにつれて、あの瞬間の怒りを保つことを難しく感じ始めているのは否めなかった。





「東雲くん、ちょっと散歩付き合ってくれない?」


 講義後に伸びをしている俺に話しかけてきたのは、華田だった。特に夕食まですることもなかったので、二つ返事で応じる。


 建物を出ると、ちょうど夕日が真正面の地平線に沈もうとしていた。オレンジ色に染まった雲を見ていると、まるで自分が元の世界に戻ったかのような錯覚にとらわれる。


「異世界でも夕焼けの色は同じなんだね」


 後から出てきた華田が、しみじみとこぼす。


「そうだね。異世界ってもっと、太陽が2つあるとか、空が緑色とかなのかと思ってた」


「思ったほど違わないんだよね。人も、景色も」


 はぁ、と大きく一度息を吐き出して、華田は歩き始める。華奢な肩は普段より小さく見えて、どことなくアンニュイな印象を与えていた。


「なんかさぁ」


 暮れなずむ太陽から視線を動かさないまま、彼女は独り言のように呟く。


「話聞いてたら誰を恨めば良いのか分かんなくなっちゃったよ」


 少女の横顔に浮かんだ微笑に、オレンジ色の逆光が(かげ)を作っている。


 華田の言葉に同意するのも反駁するのも躊躇われて、俺は黙って肩を並べて歩いた。


「勝手に召喚されてさ、『お前ら帰れないから』って言われて。意味分かんないよね。男子は割と平気そうだけど、女子の方は一晩中泣いてた子とか普通にいてさ、『なんて自分勝手なんだろうね』とか『あいつら絶対許さない』とか、みんなで言い合ってた。あたしたち、なんて不幸なんだろって思ってた。だけどさ」


 そこで一旦言葉を切った華田は、一瞬だけ逡巡する素振りを見せ、言葉を続ける。


「だけどさ、話聞いてみたら、この世界の人って生きるだけですっごい大変なんだなって思って。たまたまあたしたちの生まれた世界が恵まれてて、幸せすぎたってだけでさ、あたしたちの不幸なんて、こんなのこっちの世界の人たちにとっては不幸のうちに入んないんだろうなって。何言ってるの、生きてるだけマシじゃん、みたいな」


「……たぶん、恵まれてたし、狭すぎたのかも。俺たちの世界は」


「狭すぎたかぁ。確かにそうかもしんないね」


 俺たちにとっての世界とは、平和で豊かな日本という国の中の一都市のことでしかなかった。紛争も飢餓もテレビの向こうの出来事で、自分とは関わりのないものだった。もしかしたら日本に生まれ落ちた幸運にあぐらをかいて、半径数キロの狭い世界で生きていた俺たちのアホさ加減に、とうとう神様が愛想をつかしたのかもしれない。


 そんな益体(やくたい)もないことを考えながら、華田と2人、敷地内のグラウンドを黙ってそぞろ歩く。彼女も同じようなことを考えているのだろうか、と思い隣に視線を向けると、目が合ってしまい、気まずくなってお互い目を逸らした。


「東雲くんはさ」


 ひとしきり歩いたところで、華田は立ち止まり、俺の顔を覗き込んできた。


「まだこの学校にいられるの?」


 俺がコランダムに着彩することができなかったので、心配してくれているようだ。


「コランダムに色が着いてなくても、身体強化や感覚強化はできるんだってさ。だから、しばらくはここで一緒に勉強させてもらえるみたい」


「良かった。東雲くんが転校しちゃったら寂しいなって思ってたから」


 華田の顔にぱっと咲いた満面の笑みは、夕日に照らされていっそう輝いて見えた。


「そうか。別に俺は全然寂しくないけどな」


「えー。ちょっとくらい寂しがってくれても良いじゃない」


 照れくささをごまかすように顔を背けて歩き出せば、彼女も口を尖らせてついてくる。それから校舎に帰るまで、2人の間に言葉はなかった。それでも、並べた肩が触れる度に、心に空いた隙間が少し埋められたような気がした。





 翌日には、俺たちは他の生徒たちと並んで入学式に出席していた。基本的な身体のつくりとしては俺たちに酷似している異世界人だが、こうしてみると髪の毛の色や肌の色が元の世界よりはるかに多彩で、異世界に来た実感が湧いてくる。現に、新入生代表として挨拶をした生徒など、燃えるような真紅の髪を(なび)かせていた。


「知っての通りこの学園は、魔獣の脅威にさらされる我が国を救える人材を育成することを本旨としている」


 壇上で厳かに話し始めたのはフラーウスだ。異世界でも入学式に校長先生の話は付きものらしい。


「従って、能力を示した者、成果を出した者には相応の待遇を与えるが、そうでないものは本学を去ってもらわなくてはならない。ここにいる生徒たちが、皆2年間の課程を終えることができるよう、真剣に学業に取り組んでくれることを切に願ってやまない」


 壇上で生徒たちに釘を刺す彼からは、昨日の弱々しげな雰囲気は感じられない。昨日見た表情は見間違いだったのだろうか。どちらにせよ、今は彼の顔を見ても、もう怒りは湧いてこなかった。


 正直、「帰れない」という現実は今でも辛いし、受け入れがたい。だが、いつまでも不幸を嘆いていたところで、きっと残りの人生をドブに捨てるだけだ。


 俺はまだ生きている。だから、せっかく残った人生を怒ったり嘆いたりして生きるより、この世界で幸せを探す方がずっと良い。今は素直に、そう思えた。

序章これでお終いです。

次回から学院編(仮題)ですが、これから書くので少しお待ちいただければ幸いです

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― 新着の感想 ―
[良い点] テレビの中の出来事という感覚……耳が痛い話です。 実際の世界では紛争や貧困、飢餓など、生きるのに大変な国や地域もあるわけで。宗教や民族紛争など、一つの正義では測れないものも多いですし。 …
[一言] なるほど、世界観がよくわかりました! これはこの先も楽しみですよ!!
[一言] わかりやすく纏まった序章だったからこそ、より次の章へのワクワク感が膨らんできました! 学院でのお話もどうなるのか楽しみです! 執筆、ご無理する事なく頑張ってください…!
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