函館 其の三 五稜郭を攻める③
「なるほどな。五芒星とは別にもう一つ、飛び地になった小島にも石垣があるのか。橋の正面に見えていたのはあれだな」
順路としては、水堀に架けられた橋を通って飛び地の小島にまず渡り、もう一度橋を通って本命の五芒星の城郭に至ることになる。敵に攻められた時のための備えの一つだろう。
“五稜郭”とは言うが、飛び地の石垣も含めると六芒星のようにも見える。
「さってと―――」
しばし城郭に見入っていると、相棒が声を弾ませながら軽やかにターンした。
「―――本命はこの五稜郭の全景だけど、他にもまだまだ見所がありそうね。行くわよ」
相棒が駆け出していく。渋々ながらに後に続いた。
「五稜郭の歴史を紹介するジオラマだって! これは築城の様子かぁ。へえ~、こうなってるんだ。―――あっ、ここからは函館戦争ねっ。土方さんだっ。似てるっ」
相棒がジオラマ一つ一つを四方からつぶさに見て回る。
全部で十六個もあるから―――手持無沙汰でつい数えてしまった―――、結構な時間が掛かった。その上いちいち声を出してはしゃぐものだから、周囲の観光客の視線が集まっている。例によって日本びいきのコスプレ外国人と思われているのだろう。
「ふうっ、堪能したわ」
二、三十分もジオロマ観察に時間を費やすと、ようやく相棒は目元を擦りながら近寄って来た。
ちょっと涙目なのは、“土方さん”とやらの最期の突撃シーンをかたどったジオラマのせいだ。
「しっかし、エルフのお前が異世界の歴史にこんなにはまるだなんてなぁ」
「だって、面白いじゃない。たった二、三千年の間に何人も英雄が現れては天下を取ったり取られたり。エルフの歴史なんて、数千年に一回王様が代替わりするだけで、特筆すべきことなんてなーんにもないのよ。五万年と公称される歴史が、A4の用紙一枚におさまっちゃうんだから。やっぱり歴史には英雄が出て来ないとね」
「―――で、あれがお前のお気に入りの英雄ってやつか?」
くいっと展望エリアの一角を指差す。
時代がかった洋装で着座する男の銅像だ。
歴史に詳しくない人間でも、恐らく一度は目にしたことのある有名な写真をかたどったものだろう。異世界から来たドワーフである自分にも何となく見覚えがあるほどだ。たぶん、いや間違いなく相棒から見せられたのだろうが。
「まあ、私は歴史に対しては公平な姿勢を保ちたいと思っているから、明治政府方のお歴々も素敵だと思うけどね。もちろん榎本さんや大鳥さんも」
相棒は冷静を装ってすまし顔で言うも、長い耳がぴくぴくと小刻みに震えている。
「……本音は?」
「きゃーっ、土方さんよっ、土方歳三がいるわっ!」
叫ぶと、相棒は銅像へ向けて駆け出して行った。
五稜郭を見晴らしたり、ジオロマを見つめていた時も、銅像が視界の端に入る度に気もそぞろになっていた。最後の楽しみとして取って置いたのだろう。
「これは等身大っぽいわね。立ちあがったら身長は私とだいたい同じくらいかしら」
相棒はうんうんと満足げに肯きながら、銅像の周りをぐるぐると回る。
「おい、せっかくだから写真撮ってやるよ。並べ」
「ええっ!? い、いいわよ、そんな」
「何だ、いいのか? それならそろそろ―――」
「ま、待ちなさいっ。誰もいらないなんて言ってないでしょうっ」
「いや、いいって言ったじゃんか」
「そ、それは、“いい”は“いい”でもグッドの意味の“良い”よっ」
「あー、はいはい。じゃあさっさと並べ」
適当言いやがって、と思いつつも相棒を促す。
いい加減周囲の視線がきつくなってきた。冷たい視線ではなく、生暖かいものなのが不幸中の幸いだが。
「じゃ、じゃあ……」
相棒はおずおずと銅像の鎮座する台座に腰を下ろした。
「そこに座るのかよっ。……まあ良いや。撮るぞー」
珍しく緊張で強張った相棒の顔は、パシャっとシャッターを切る瞬間だけは別人のように華やいだ。
「……ちょっと確認させて」
奪うようにカメラを取り上げられた。
「あっ、目が半開きじゃない。取り直し取り直し」
「はいはい」
その後十回近くもシャッターを切らされたあげく、タワー一階に立つ土方像―――こちらは立像だ―――でも同じことを繰り返すことになるのだった。