大阪 其の八 阿倍野神社を参る②
「何だってんだ?」
参道を挟むように立派な馬の銅像が二体。しかし相棒が指差しているのは神社の由緒を記した看板の方だ。
「ほらっ、これ見なさいよっ! 北畠親房、顕家親子ですって! 顕家よ、顕家っ!」
「えーと、……北畠顕家? 誰だ、それ?」
「はぁっ?」
相棒が肩を怒らせる。さっきからいちいちリアクションが大袈裟だ。
「北畠顕家を知らないの? 嘘でしょ? ほらっ、公家将軍で一度はあの足利尊氏を京都から追いやった」
「足利尊氏? 足利尊氏のライバルって言うと、確か楠木正成じゃなかったか? 前に皇居で像を見た時に、長々と語ってくれたじゃねえか」
「いや、そりゃあ尊氏のライバルは誰かって話だと、ドラマ的には楠木正成か新田義貞ってことになるけど。そうじゃないのよ。なんて言うの、―――そうっ、顕家は瞬間最大風速がすごいのよっ」
相棒は拳を握って力説し始めた。
「何と言っても、特筆すべきはその若さね。亡くなったのが確か二十一歳だから、まさに早熟の天才、悲劇の貴公子ね」
境内へ進みながら、相棒は熱弁をふるう。
鳥居に馬の銅像、看板と立派な構えながら、表口ではなかったらしい。脇道を通って正面を目指した。
「お公家さんの中でも名門でね。神童の誉れ高く、しかもお父さんの親房が後醍醐天皇の一の側近と言うこともあって、とんとん拍子で出世してくのよ。親王を補佐し、陸奥守として十代半ばにして東北地方を治めるの。まあ、ここまではただの御曹司って感じを拭えないんだけど」
道中にはそのお父さんの親房が書いたという詩がずらーっと掲示されている。
相棒は視線を向けわずかに歩調を緩めるも、口も足も止まらない。どうやら彼女の好む英雄像に当てはまるのは、父親ではなく息子らしい。
「陸奥の国だから、今の仙台の辺りね。そこから鎌倉までを十日余りで駆け抜けて、そのまま鎌倉を落としちゃうのよ。で、さらに京都まで進んで、正成や義貞と連携してやっぱりすぐに尊氏を追い払っちゃったのよ。まだ十代の若者が、戦上手の尊氏をよ」
最近分かって来たが、結構分かりやすい趣味をしている。信長と家康なら信長で、頼朝と義経なら義経だ。
いぶし銀よりもど真ん中のセンター。悪く言えば、割とミーハー。良く言えば、こじらせ過ぎてない。
何にせよ、付き合わされる身としてはそれくらいでまだ助かると言うところもある。
「とはいえ尊氏もさすがね。九州に落ち延びると兵力差十倍とも言われる戦を勝ち抜き、勢力を盛り返すのよ。そして再び上洛してあの有名な湊川の戦で楠木正成を自刃に追いやり、京を奪還して新たに天皇を建てるの。いわゆる南北朝時代の始まりね。そこで再び、顕家が奥州から遠征してくるわけ。鎌倉を落とし、京に迫るんだけど、もはや味方は少なくてね。奮戦するも足利屈指の武将高師直に討たれてしまうのよ」
相棒がぐすっと鼻をすする。
ミーハーに加えて、本人が“死のうと思わない限り死なない”と言われるエルフ故か、“志半ばで”とか“若くして”などにも弱い。
函館の土方歳三しかり、この北畠顕家しかり、だ。




