大阪 其の六 道頓堀で食い倒れる③
お好み焼き屋の店内はそれなりに込み合っていたが、ちょうど食事を終えた客が立ち、ほどなく席に案内された。
「定番のお好み焼き、定番の店と来たら、やっぱりメニューも定番を攻めるべきか。良しっ、決めた」
同士は店員を呼び止める。
「豚玉とイカ玉。あと生ビールに、えーと、あと何かつまみを―――」
注文を復唱し、店員が下がる。
「私は食べないわよ」
「知ってる。二枚ともあたしの分だ」
「まっ、だと思ったわ」
「おっ、来た来た。これくらいならお前も摘まめるんじゃないか」
「……それじゃあ、少しだけいただくわ」
生ビールと共にすぐに運ばれてきたのは、冷やしトマトと短冊状に刻んだ山芋だ。
同士の趣味とは思えないから、柄にもなく私に気を使ったのだろう。一切れ二切れ頂くことにした。
「うん、美味しいわね」
農家の方々のたゆまぬ努力の賜物か、ただ切っただけの野菜も元の世界よりも格段にみずみずしく味も濃い。
「すいませーん、生をもう一つ」
同士は肝心のお好み焼きが来るのも待たず生ビールを飲み干し、お代わりを注文する。
というかお好み焼きがなかなか来ない、と思っていると―――
「お待たせいたしました」
「あ、なるほど。焼き上がったものが来るのね」
目の前に立派な鉄板があるから調理は客がするのかと思えば、運ばれてきたのはすっかり完成したお好み焼きだった。
「関東だと客が焼くけど、関西だと焼かれたものが出てくるのが普通らしいな。今ではお好み焼きって言うと大阪が本場のイメージだけど、何でも客が“お好み”で焼く東京の鉄板料理が起源だとか」
言いながら、同士はソースとマヨネーズをかけ、鰹節をたっぷりとのせる。
「言うなれば関東が昔ながらのスタイルで、関西が発展型ってわけだな。で、関西では食うのも箸じゃなく、こいつで―――、あちち」
小型のヘラを使って、お好み焼きを切り取り口へと運んでいく。
「うんうん。何と言うか普通にうまい。“こういうのでいいんだよ”って感じの味だな」
豚玉とイカ玉を交互に食し、うんうんと同士は頷いた。
ソースの焦げるこうばしい香りに包まれながら、私はお冷に口を付ける。
「……しっかし、エルフってのは難儀なもんだよなぁ。せっかく旅行に来ても、ろくにその土地のもんも食えないなんてさ」
「半分精霊みたいなものだからね。あなた達ドワーフみたいに、そんなバカバカ食べるわけにはいかないのよ」
「エルフが走るのは風が吹くようなもん、だったか?」
「ええ」
風が吹くには、この世界で言うところの“エネルギー”が必要だ。
しかしいくら風が吹き荒れようと、地球上からエネルギーが枯渇するなんてことはない。別のどこかで帳尻が合わされているためだ。精霊と言うのは、まさにこの風のような存在であり、エルフもそれと似た要素を秘めている。
個として存在する以上、激しく動き回れば喉が渇いたり、お腹が減ったりはする。だがそれはあくまで“一時的”な現象であって、別に水を飲まなくても、ご飯を食べなくても、徐々に正常な状態に是正されていく。
局所的な暴風雨で一時環境が崩れたとしても、風は何時しか止み、水は低きに流れるのだ。
とはいえ如何にも美味しそうにほふほふとお好み焼きを食す同士を見ていると、少々羨ましくなるのも事実だった。
「あー、イカが良い仕事してるなぁ。決して主張し過ぎず、だけど噛んだ瞬間の確かな存在感。まったくイカしたやつだよ」
「…………」
同士は誤魔化すようにビールをあおった。