長沼 其の二 ジンギスカンを喰らう②
「もうっ、昼間っからのお酒は控えてっていつも言ってるでしょ。というか、まだ昼前だし」
「しっつけえなぁ。あたしが何飲もうがお前には関係ないだろうが」
先導する同士は、鼻を鳴らした。
「あっ、開き直ったわね。関係大有りよ。酒臭いのと一緒にいたら、私まで変な目で見られるんだからっ」
「いっつも変な目で見られてるのはお前のせいだろうが」
「そんなの仕方ないでしょう、私、エルフなんだから」
同士が“こいつマジか”と言う顔で見つめてくる。何のつもりか分からないが、気に障る。
そうこう言い合いながら、本来の目的であるジンギスカンのコーナーへ。
座敷とテーブルがあり、同士は座敷を選んで腰を下ろす。
まだ時間が早いこともあって、客は他に一組だけだ。すぐに店員が寄ってくる。
「食べ比べセットとライス大盛り、―――お前は何か食うか?」
「そうね。……ちょっとくらいなら食べられそうかしら?」
「じゃあ野菜とライスだけ一人前追加で。あと、……クラシックを一つ」
同士は何やらこちらの視線を気にしながら注文を終えた。
「……なんだか怪しいわね」
「何だよ、怪しいって。それよりも見ろ、この鍋を。―――って、あら、丸じゃなくて四角なのかぁ」
「鍋なの、これ?」
四角錐状で、つまりは底があるべき中心部が最も高くなっている。
「ジンギスカン鍋だ。普通は丸型してるのが多いけどな。眉唾だが、この鍋がモンゴル軍の兜に似ているから、料理の名前がジンギスカンになったって話もある」
「へえ、そういう話は好きよ」
「あと何だっけな、……源義経? に因んだなんて話もあるな」
「ああっ、義経っ。そういえば蝦夷地に逃げたとか、そこからさらに大陸に渡ってジンギスカンになったって説があったわね」
同士がいつになく、こちらの喜ぶ話を振ってくる。機嫌よく話していると―――
「クラシック、お待たせいたしました」
店員が卓上にそっと“それ”を置いた。
「……生ビールなんていつの間に頼んだのよ」
「店員さんも言ってただろ、クラシックって。北海道でクラシックって言ったらサッポロクラシック、つまりこのビールのことだぞ」
「あなたねぇ。そんなに飲んだら、この後どこにも行けないじゃない」
「はいはい、もう良いじゃねえか、今日はこの宿でゆっくりでよ。お前が温泉入ってる間に、宿も取っちまったし」
グビリと一口やってから同士は言う。
「なっ、そんな勝手にっ」
「温泉、良かっただろ?」
「……確かにあの温泉は魅力的ね。はぁ、仕方ないわね。折れてあげるわ」
「はいはい、ありがとうよ」
気のない返事を返す同士の視線が向かう先は、お盆を手にこちらへやってくる店員だ。
「お待たせしました」
「おおーっ!」
卓上に並べられた物を見ると、同士は目を輝かせ歓声を上げる。
「へえ、意外とお野菜が多いのね。これなら私も楽しめるかも」
「よしっ、さっそく始めるぞ」
同士は意外にも、まずはもやしやタマネギから鍋に入れていく。
「ちょっとちょっと、そんなに盛って大丈夫なの?」
見るからに不安定な形状の鍋の上に、同士はどんどん野菜を乗せていく。
「大丈夫大丈夫。よし、こいつをこうして、―――そんでもってこうだっ」
鍋の中央―――つまり三角錐の頂点―――から野菜を脇へ押しやると、出来たスペースに肉を投下していく。
肉は三つの山に分けて盛られていて、それぞれにお子様ランチの旗のようなものが立っている。書かれているのは精肉会社のブランド名だろう。
同士は三社の肉をまんべんなく鍋に置いていく。
やがてジュージューと肉の焼ける音と、香ばしくもほんのり甘い香りが漂い出した。
「ああ、なるほど。真ん中で焼かれたお肉の肉汁やタレが流れ出て、周りの野菜に味が染みるのね」
「そういうこと。よし、肉の方は頃合いだな。そんじゃあまずは、……よっし、“かねひろ”からいってみるか。―――んんーーっ!」
同士は目尻をだらーんと垂らし、頬をゆるっゆるに緩めた。
「じゃあ私もお野菜を。……うんっ、なかなかイケるわね」
タレを吸ったもやしやタマネギは噛みしめるほどに複雑な甘みを口内に広げる。フルーツ由来のものだろうか、わずかに酸味の効いた奥行きのある甘さだ。
「次は“佐藤”。―――今度は“長沼”。―――もっかい“かねひろ”。―――あっ、すいませ~ん、クラシックもう一つっ!」
同士は締まりのない顔で肉とビールを交互に口へ運んでいく。すぐにビールが足りなくなって、お代わりを注文した。
「……まあ、今日はもう構わないか。―――ちょっと、せっかくだからどぶろくもたのみなさいよ。私もほんのちょっとだけ舐めてみるから」
たまには史跡ではなく、お酒から歴史に思いを馳せるのも良いだろう。