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長沼 其の一 ジンギスカンを喰らう①

「ジンギスカンのお店なら函館にも札幌にもいくらだってあったじゃない。どうしてこんなところまで?」


 夜行バスで函館を発ち札幌駅に。札幌市内でしばし時間を潰し―――といってもお店の類はまだ開いていなかったが―――、再び電車とバスを乗り継いでさらに一時間以上。辿り着いたのは終点“ながぬま温泉”なるバス停だった。


「どうせなら、本場で食べたいじゃないか」


「ジンギスカンの本場なの? ここが? 温泉じゃなくて?」


「ああ、ここ長沼と滝川がジンギスカン界の二大聖地さ」


「羊の名産地ってこと? 見たところ牧場よりも畑や田んぼが多そうだけど」


「いやいや、そもそもジンギスカンの羊ってオーストラリアとかニュージーランド産だぜ。ここにあるのは、その輸入した羊肉を味付けしてジンギスカンとして販売する会社だな。ほらっ、仙台の牛タンなんかと一緒だ。あれも肉自体は外国産だろう?」


「だろうって言われても、知らないけど」


「……まあとにかくっ、長沼と滝川にはジンギスカンの精肉会社が集中してるってわけだ。まあ、どっちかと言うと滝川の方がメジャーなんだけどな」


「ん? だったらなんで長沼にしたの?」


「ああ、それはほらっ、温泉もあるしっ」


「……何か隠してない?」


「まあまあ、とりあえずはひとっ風呂浴びようぜ。一昨日の夜、フェリーでシャワーを借りたっきりだろう」


「……まっ、確かに温泉は有難いわね。昨日は一日中歩き回って汗もかいたし」


「お前のせいでな」


「だから今日はこんなところまで付き合ってあげてるんじゃない」


 ―――などと文句を言い合いながら、日帰り温泉へ。

 バス停の目の前にあるペンション風の大きな建物が、温泉旅館であり、同士お目当ての食事処でもあるらしい。

 源泉かけ流しの湯が、フェリーと散策と夜行バスで疲れ切っていた身体を癒してくれる。


「あー、いい湯だ」


 露天風呂で、同士がおっさん臭い声を出す。胸に張り付けたメロン大の肉塊二つを湯面にたゆたわせながら。

 まだ開店直後だが、浴場にはすでにいくつか人の姿がある。おそらく宿泊客だろう。そんな客達が一瞬ギョッとした顔で視線を止めるのが、同士のロリ巨乳とでも言うべき体型である。

 普段なら注目を集めるのはエルフである自分の方だ。しかし無駄なく引き締まったエルフの肉体は完璧であるがゆえに一点突破のパンチ力に欠けるのだった。


「……そういえば、ここって夕張郡長沼町なのね」


「ん? ああ、夕張市は隣の隣町らしいな。メロンってガラでもねえから、行き先の候補には入れなかったけど」


 唐突な話題に感じたのか、同士は一度小首を傾げてから言う。


「立派なの二つもぶら下げているくせに」


「んん?」


「何でもないわよ。夕張は市だから、夕張郡からは当然外れているのよね。ちょっと面白いわね」


 “郡”は町や村の上にくる区分であるから、夕張市は夕張郡には含まれない。町から市になった時点で抜けたのだろう。そして残った夕張以外の町が集まって今では夕張郡というわけだ。

 そんなことを考えていると、いつの間にか目障りな二つのメロンが視界から消えていた。長湯をするタイプではないから、先に上がったのだろう。

 気にせず露天風呂に続いてジャグジーにサウナにと十分に温泉を堪能した後、浴場を出た。


「ええと、どこに、―――あっ、ちょっとこんな時間から何を飲んでるのよ」


 同士の姿を見つけたのは、軽食コーナーと併設された休憩所だ。

 テーブルの上には、飲み口がすぼんだ特徴的な形状のガラスのコップが二つ並んでいる。いわゆるワンカップと言うやつだ。一つはすでに空になっていた。


「って、本当に何を飲んでるの? 甘酒、なんて飲むはずないから、にごり酒ってやつ?」


「惜しい。どぶろくだ」


「ああっ、どぶろくっ」


 我知らず声が弾んだのは、歴史物語では定番の酒だったからだ。


「へえっ、見た目は甘酒そっくりなのね」


「そりゃあそうだ。甘酒をアルコール発酵させたらどぶろくだからな。米のでんぷんから糖が作られて、それが甘酒。その糖からアルコールが作られたらどぶろくだ」


「ふ~ん、じゃあにごり酒って言うのは?」


「どぶろくを粗めにこしたのがにごり酒だ。完全にこしたら清酒になる」


「じゃあじゃあ、貴方は何でこんな時間からお酒なんて飲んでるのかしら?」


「そりゃあ長沼がどぶろく特区だからさ」


「どぶろく特区?」


「ああ、地元の農家さんなんかが作ったどぶろくを売ることが許可されている地域のことさ。普通だと密造酒になっちまうからな」


「へえ、だから滝川じゃなく長沼にしたんだ。昼間っから飲む前提の日程だったんだ」


「あっ」


 ばれた、という顔で同士は言葉を詰まらせた。


「……どぶろく、おいしい?」


「あ、ああ。原始的なお酒なわけだし、クセが強いかなって思ったけど、ちょっと酸味はあるけど飲みやすいぞ。…………お前も飲むか?」


「飲むわけないでしょう」


「うん、まあそうだよな」


 同士は肉付きだけは良い小さな体を、さらに小さくした。


挿絵(By みてみん)

風呂場内は当然写真撮影出来ないので、今回の画像はイメージです。

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