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 遠くで雷鳴のような音が聞こえた気がした。サイレンの音も近づいてくる。

 そのとき何かが空を切る音が聞こえて、杜夫の耳元で初の呻き声がした。


 砂利の上を黒い何かが転がっていく。

 初の拳銃だ。


 顔を天に向ける。

 そこにはトラがいた。

 トラが初の右手を蹴り飛ばし、拳銃が飛んでいったようだ。


 杜夫を抑えつけていた腕の力が弱まった。

 初は黒い拳銃の行方を呆然と目で追いかけている。


 杜夫はその隙をついて初の身体によじ登り、その肩から首にかけて腕をあてがい、全体重を預けて初を地面に押し付けた。


 初は「トラ!」と大きく吼えた。


「貴様。どういうつもりだ?」


 初は自分に起きた現実が理解できないように唇をわなわなと震わせた。

 この場を支配していたはずの俺がどうして地べたを舐めさせられているのか。

 形勢は一気に逆転しているが、初はその事実を受け容れることを拒否するように唾を飛ばして「トラ!じじいを殺せ、六郎を殺せ」とトラに命令を続ける。


 しかし、トラは初と杜夫の二人を無言で冷ややかに見下ろすばかりだ。

 周囲の初の部下たちも「トラさん、これは……」と呟いたきり、続く言葉がない。

 誰もが事態の展開についていけず、自分の身の処し方に答えを見出せないでいるようだった。


 雷鳴のような音も真っすぐにこちらに近づいてくる。

 どうやらそれはオートバイの排気音のようだ。

 暴走族が走り回っているのか。


 サイレンの音がどんどん大きくなり、赤色灯が近づいてくるのが見えた。

 救急車だ。

 ここの近くに病人がいるのだろう。

 まさかとは思うが、この神社の神主か近所の人がこの境内で繰り広げられている騒動に驚いて救急車を呼んだということはないだろうか。


 まさか。

 そのまさかだった。


 救急車は鳥居の前で停車した。

 どうやら本当にこの神社を目指していたようだ。


 これで謙さんをすぐに病院に運ぶことができるし、救急隊員の目の前では、これ以上初やその部下たちも手荒な真似はできないだろう。


 初を懸命に押さえつけながら杜夫は心の中で安堵の息をついた。


 暴走族らしい喧騒もどんどん近づいてきている。


 赤色灯が煌々と回転しているが救急隊員は社殿に近寄ってくる様子はない。

 何人もの人間が明らかに不穏な空気を醸し出して対峙している場所に足を踏み入れることができないのだろう。

 救急じゃなくて警察を呼ぶべきだろ。

 彼らはそう思っているのではないか。


 その救急車が何かに白く照らされたかと思うと、轟音と共に何台ものオートバイが現れた。

 動かない救急隊員を尻目に、ヘッドライト眩しく社殿に向かって突進してきた。

 二十台はあるだろう。


「何だ?」


 杜夫は目の前に繰り広げられる光景をただ呆然と見つめるだけだった。「何だ。何なんだ?」


 あれよあれよという間に暴走族に取り囲まれた。

 ここは暴走族のたまり場だったのだろうか。

 それとも向こう見ずな暴走族が興味本位で走り回っているのだろうか。

 もしかしたら、これも初の手下なのか。

 いや、それは違うようだ。

 トラが腰を落として身構え、険しい目で左右に注意を払っている。

 彼らが初の手下なら、トラが用心する必要がない。


 呆気にとられているその場の人間全員を取り囲んで、オートバイは境内をぐるぐると走り回る。

 その中の一台、緑色のオフロードタイプに見覚えがあった。

 鴻池のバイクだ。


 鴻池がサッと頭上で手を振るとバイクはスピードを落とし、エンジン音だけを重く響かせて動きを止めた。


「莉奈ちゃん、乗って。すぐに警察がやってくるから」


 どうやら鴻池は仲間を募ってバイクで暴走行為を行い、わざと警察に目をつけられて、この場に警察を導いてきたようだ。


「でも……」


 莉奈が謙さんを不安げに振り返る。

 

 謙さんはさっさと行けというように手をふらふら振っている。

 確かに骨が折れていると思われる謙さんをバイクで移動させるのは無茶だ。

 救急車はそこにいる。

 間もなく警察も来る。

 こうなると謙さんはここにいる方が安全だろう。


「莉奈ちゃん、早く!」


 その言葉に導かれ莉奈は鴻池に向かって走り出した。


 またサイレンが近づいてくる。

 今度はパトカーのようだ。

 それも一台ではない。

 きっと暴走族を取り締まるつもりでここへ乗り込んでくるのだ。


「ママ!パパも!」


 莉奈の言葉に従って、郁子も近くのバイクに駆け寄って後部に跨る。


「パパ!早く!」


 娘に急き立てられても、杜夫は謙さんを放っておけない気持ちで一杯だった。

 謙さんには助けられてばっかりだ。

 ここで置き去りにしたら、恩を仇で返すことになる。

 せめて救急車に運び込まなくては。

 初は気力を失ったかのように地面に突っ伏している。

 杜夫は謙さんの横に膝をつき、抱きかかえた。


「杜夫」


 謙さんが杜夫の耳元で名前を呼ぶ。


「ん?」


「役満に尻込みするような奴がわしを舐めるな。はよぉ、行け」


 驚くほどの膂力で謙さんに突き飛ばされ、杜夫は尻もちをついた。


「杜夫君。早く!」


 妻に怒鳴られ杜夫はサッと立ち上がり、トラに一瞥をくれてから近くに停まっていたバイクの後部に「よろしくお願いします」と言って跨った。


 神社の前の道に何台ものパトカーが並んだ。いくつもの赤色灯が禍々しく回転している。ヘッドライトの光に照らされて警察官が大勢、社殿に向かって押し寄せてきた。


 鴻池は再度頭上で手を振り、軽くアクセルを吹かした。


 それを合図に全てのバイクが再び社殿の前でトラと初、そしてその部下たちを囲んで円を描いて走り出した。

 徐々にスピードが上がり、砂利が弾き飛ばされ、辺りに白煙がたなびく。

 警察官を威嚇するようにヴォン、ヴォンとアクセル音が辺りに轟く。

 闇の中にこの円だけが異質に輝いて浮かび上がっている。


 続々と警察官が駆け寄ってきた。

 円を描くバイクのさらに外側を取り囲むように立ち並ぶ。


「君たち停まりなさい。速やかに停止してエンジンを切りなさい」


 拡声器を使って警察官がのんびりした声で取り締まろうとする。

 けたたましく笛が吹かれ静止を促す。


 警察官の指示に従うようにバイクの速度が徐々に緩んでいく。

 アクセルも吹かさなくなり、まるで椅子取りゲームをするようなスピードだ。

 円の中も明るく照らされている。

 バイクに取り囲まれた初たちが警察官の目に触れる状態になった。


「警察の皆さん、この人たち、拳銃持ってます。凶悪犯なんで一網打尽にしてください」


 よろしく、と叫んだかと思うと、鴻池は突然円から外れ、前輪を上げて警察官が作る人垣に向かって突進した。


 バイクのスピードが遅くなったので従順に従うと思っていたのか、鴻池の突然の抵抗になす術なく「うわっ」と警官が道を開けてしまう。


 鴻池が穿った人垣の穴に次から次へとバイクが入りこむ。

 あっという間に全台が警察の網を突破して石畳を走り抜け、闇を切り裂いて神社を後にした。


 ヒャッホー、と先頭の方から若い女の歓声が聞こえる。

 莉奈に違いなかった。


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