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「出会いっすね。いや、これやばいな」

 鴻池は先ほどからやたらこちらを持ち上げるような姿勢だ。

 彼女の父親に取り入りたい一心なのか、それとも単純なロマンチストなのか。


「だけど、オヤジが死んで、跡を継いだオヤジの実の息子と俺は反りが合わなかった。考え方が全然違うんだ。俺はオヤジの教えに忠実だった。盗人甚句を大切にしていた」


「盗人甚句って何っすか?」


「人に暴力を振るわないとか貧乏人から盗まないってことだな。俺たちの理想は煙だった。どこからともなく入りこんで、音も立てずに消えていく。それには準備にたっぷり時間を掛ける必要があるし、少しでも想定外の事態が起きた場合は即座に計画を中止する割り切りができなくちゃいけない。だからオヤジの仕事で完遂できたのは七割程度だった。三回に一回は失敗する。だけど、その七割っていう数字はオヤジの想定内だった。だから俺も失敗して悔しいとか、もったいないという気持ちにはならなかった」


「息子の方は違ったのね」


「そういうことだ。あいつはスピードと高い成功率を求めていた。多少強引でもさっさと入りこむ。少しぐらい痕跡を残しても捕まらなければそれで良い。誰かに見つかったら、その人を殺しても構わない。そういう考えだった。それはきっと根幹に楽して贅沢がしたいって想いがあるんだと思う。オヤジは贅沢を嫌ってたから、息子と事あるごとに対立していた。そして俺はその息子のことを心底嫌っていた」


 杜夫は「心底」を強調した。


「だからうちは贅沢しないのかぁ」


 莉奈が大げさに天井を見上げて嘆息する。


「オヤジの考え方が俺やママに染みついてるからな」


 そう言って杜夫は頬を緩めたが、笑っていられる場合ではないとすぐに引き締めた。「俺は盗人稼業が好きってわけじゃなかった。どこまでいっても人様の物を盗むっていうのは気持ちの良いことじゃないからな。それにリーダーが新しくなって案の定仕事の方針が捻じ曲げられちまったから、オヤジが死んですぐに俺は一味を脱け出した」


「そのときママはどうしたの?」


「一緒に逃げた」


 事実そのままなのだが、口にしてから火に炙られたように恥ずかしさが熱く全身を包んだ。

 まるで許されない恋の炎に身を焦がし、向こう見ずの無計画さで逃避行に走ったような響きに聞こえなかっただろうか。

 正面にいる実の娘の顔をまともに見られない。

 脇から汗が滴り落ちるのが分かる。


「駆落ちみたいっすね」


 ロマンチストが潤んだ瞳で吐息を漏らす。


 杜夫は急に落ち着かない気分になった。

 娘に駆落ちをしたと思われるのは照れくさいし、思春期の娘を持つ親としては「駆落ち」という言葉が不吉に聞こえる。


「逃げるって何で?辞めたいって言えば良いじゃん」

 莉奈の素朴な疑問が杜夫を戸惑わせた。

 「辞める」と言う。

 そんなことは思いもよらなかった。

 あのとき「辞めたい」と初に面と向かって言えば、どういう返事が返ってきただろうか。

 オヤジは去る者を追わずという態度だった。

 それは仲間を信頼していたからだ。

 脱退しても一味を警察に売るような真似はしない。

 そういう信頼関係が仲間全員と結べていたから脱退を認めていた。

 しかし、自己中心的な初には無理だったろう。

 そもそも自分から人が離れていくという現実を受け止められないに違いない。

 力を持って一味の統率を図ろうとしていた矢先だったから、良い見せしめだと血祭りにあげられていたに違いない。


「そういう世界じゃないんだよ、きっと」


 鴻池が分かったような口を利く。

 しかし実際その通りだ。


「窃盗の時効って何年だっけ?」


「七年だ」


「ふーん」


 莉奈は眉間に皺を寄せたまま腕組みをしてシートにもたれた。

 不機嫌そうではあるが、少し険が取れたような感じがした。

 親が逮捕されることはないということに安心したのだろうか。


「じゃあ、もうとっくの昔に成立してるんすね」


 莉奈とは対照的に、鴻池は無邪気に笑った。


「ああ。そうなる」


 微笑みを浮かべて頷きながら、杜夫は心の中で、先ほどから借りている軽自動車のことを頭に思い描いていた。

 実はさっき窃盗をしてしまった、とは今は言いづらくて、窓の外を見遣る。

 駐車場には人影はなかった。

 国道の路肩にも不審な車は停まっていない。「君のバイクはどこだ?」


 初にとって一番大きな手掛かりは、あのオフロードタイプのオートバイだろう。


「僕のマンションの駐輪場っす。こっから歩いて三分ほどのところっす」


「大丈夫。カバーが掛けてあるから、そうそう見つからないわ」


 莉奈が自信ありげに言うが杜夫は不安で仕方なかった。

 このファミレスの駐車場にオートバイが停まっていないことは確認している。

 人目につかないところに置いてあるのだろうと少し感心していたのだ。

 しかし、人数をかけてローラー的に調べていけば、カバーで覆われていることなどほとんど意味がない。

 初が今どれだけの人間に号令を掛けることができるのかは分からないが、万が一バイクが見つかったら鴻池がその近くにいることがばれてしまう。

 三分の距離でしかないと分かれば、やはりここに長居は無用だ。


「要点の三つ目だが」


 杜夫は莉奈と鴻池の顔を交互に見た。「俺を追っているのは、さっき言った新しいリーダーだ」


「オヤジの実の息子ってこと?」


「そういうことだ」


「何十年も前の脱退をまだ根に持ってるんすか」


 十六年前ね、と鴻池の言葉を訂正する。

 彼にとっては十六年も何十年も同じことなのだろうか。


「色々と悪いことが重なったんだ」


「どういうこと?」


「新しいリーダーが俺のことを恨む理由が三つ考えられる」


 杜夫はまた指を三本立てて見せた。


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