おためしメニュー
月に一回新人賞に応募するライトノベルや二次創作を執筆しながらの投稿になりますので、かなりスローペースな投稿になると思います。
ベースとなる文にかなりの手を加えておりますので、すごく時間が要ります。
丁寧に綴っていくつもりなので、よろしくお願いいたします。
少し古いエレベーターを降りて、ホールと直結しているドアを押し開くと、からんころんとベルが鳴る。それは、浮世に疲れたものを夢現の花園へと誘う鐘の音だった。
「あっ、いらっしゃいませ! 準メイド喫茶『ポイズナス』へようこそ!」
軽やかではなく、少しくすんだ音色に気がついた女の子が駆け寄ってきた。比較的露出が多く、黒がベースとなっている衣服と白いフリルのエプロンドレスが特徴的なメイド服を身にまとった少女が茶髪を揺らす。頭には、よく見るシンプルなカチューシャタイプのものではなく、黒い布地と白色フリルが髪色に映えるヘッドドレスが着けられていた。
腰元でふわりと舞うリボンが甘い香りのそよ風を起こす。現実的であるような、幻想的でもあるような店内の空気を鼻腔に届けてくれた。
虚を衝かれた思いのままで、メイド喫茶では必ずあると思っていた『出迎えの文言』がなかったことについて尋ねてみる。
「……ああ。よく聞かれることなのですが、ここはあくまで『準』メイド喫茶ですからね。『じゅん』というのは『純粋な』のほうではなくて、『近しいもの』のほうなので。もちろん、お茶やコーヒーはきちんとお出ししますけど。メイド要素は、この洋服とお客様へのおもてなしの精神……それに『お客様への呼称』ぐらいのもので」
半分だけ納得して、案内されたカウンター席に座る。カウンターの中へと入っていったメイドもどき少女が正面に回り、こちらの顔を覗き込む。
「さてさて。本日はどちらになさいますか?」
釣り目を挑発的に細めて、そう問う少女。誘惑するような笑みにドギマギして目を逸らし、テーブルの天板に置いてあったメニューを眺める。
数多くの紅茶の茶葉や、産地や銘柄が異なるコーヒー豆の名前が列挙されている。そのほとんどがどういうものかを理解できないが、とりあえず本格的なものであることは確からしい――そうわかるのは、そのどれもが四桁は下らない価格設定になっていたからだ。
巷の喫茶店などでよく見るダージリンは、安いアイスで一二〇〇円。ホットでは一四〇〇円。コーヒーは種類によってかなり値段が変わるが、オススメと記載されているブレンドは一八〇〇円もするのだ。
ソフトドリンクをはじめとしたノンアルコールカクテルなどのソフトドリンクなども揃っていたが、値段は軒並み高いものばかりだった。
「えっと、お飲み物を先に決めます?」
困惑を孕んだ少女の声に顔を上げて首を傾げる。
『何にするか』と聞いたのは、ほかでもない彼女だったはずだ。
「あっ、申し訳ありません! 初めてご来店なさった方だというのに、当店の説明をするのを忘れてしまっていました」
少女が頭をぺこりと下げる。セミロングの髪から漂ったシャンプーの甘い香りと、店内に充満しているコーヒーや紅茶の芳しい匂いが混ざって、鼻をむずがゆくさせてきた。
花のように気品高く、蜜のように甘い。そこに苦みや渋みが添えられた悩ましい空気によって、胸の中でもやもやとした感情が渦巻き、身体がかすかに熱くなる。
「ポイズナスではまず、お付きのメイドを選ぶことができます。指名料はご注文の品と別途で頂きますし、ご指名いただいた女の子がご奉仕に出てしまっているとお待ちいただくことになりますが、お気に入りの女の子を傍に侍らせることができるのです」
自慢話をするように、女の子が胸を張った。その動きに合わせて、健康的に実っている大きな果実がふるんと揺れる。
そのミルキーなフルーツは若々しく重量感があって、乳房のはじまりからなだらかに隆起していた。照明の光を受けた表面が艶っぽく輝き、陰影によって丸みと立体感を強く感じられる。
――夢とは到底思えないその臨場感に気を引かれ、自然と目が追ってしまった。
「……じーっ」
そのきめ細かな柔肌のゲレンデに見惚れていると、その地主からじっとりとした視線を向けられてしまった。
慌てて視線を戻してメニューを読み込むフリをすると、唇を尖らせた少女がメニューをトントンと指で弾いてきた。
「男の人って、ホントにおっぱい好きですよね……見られすぎてるせいで、どのタイミングで見てくるのかわかるようになっちゃいました。こういう、何かに集中しないといけないときほど、女の子の胸に目が行っちゃうんですよね?」
――図星を突かれ、変な声が出てしまった。頭を下げながら謝ると、くすくすと軽快な笑い声が聞こえてくる。
「あははっ、あたしは全然イイんですよ。ウチはそういうのに慣れてる子も結構多いですし……でも、全員ではないので注意してくださいね?」
ピシリと優しく小突かれた額をさする。スケベな視線を窘めたその子は、一切気にしていない様子で話を続けた。
「先ほど『どちらにするか』とお尋ねしたのは、準メイドさんのことなんですよ。言葉足らずですみません」
微笑む彼女の、だんだん角が取れてきた言葉遣いにドキッとして、視線を店内に散らす。
あまり広くはない店の中では、さまざまな色合いのメイド風衣装に身を包んだ女の子が点在していた。男性客の隣に座りながら談笑をしていたり、客の居なくなったテーブルを片づけたりしている。
――幻想的な美少女が居るのに、生活感すらも感じさせる生々しい場所。その空間によって錯覚を起こされているのか、まともな感覚が歪んでいく思いだった。
「女の子は最低五人居る体制なので、その中から一番好みの子を選ぶ形になると思います。シフト表はホームページで確認出来るので、目当ての子が決まったら名前を覚えて、その子の出勤日を狙って来店されると良いかもですね。さらに別途料金がかかりますが、予約もできますのでどうぞご利用ください」
まだ次回も来ると決まったわけではないが、取りあえずの気持ちで女の子たちを眺める。全員個性的な髪型や衣服に袖を通しており、見せている表情も色とりどりだ――まるで全世界の花が咲き誇っているかのような、絶佳の花畑に迷い込んだ気分だった。
「参考までにご案内をさせてくださいね。あそこでテーブルを片づけているのがトリカブトさんです。スタイルがとっても良くって、清楚な雰囲気とクールな視線がカッコ良いんですよ」
小さく細長い指先が示した位置にいる美女は、同性の彼女が太鼓判を押すのも頷けるほどに美人だった。きれいな黒髪を背中の中ほどまで垂らしており、テーブルを拭く動きに合わせてキューティクルが光を反射していた。
トリカブトという『毒を持つこと』で有名な花の名が、その少しだけ年上に見える女性には似つかわしくないように感じた。
「それから、今あちらでご奉仕中のプラチナブロンドの人がジギタリスさん。女の子の胸が好きなあなたには、特におすすめできるかもです。ウチで一番でっかいですからね! ボインボインなナイスバディです!」
少女の指先によって視線が誘導される。そこには、テーブル席の傍らに立ち、談笑している女性の姿があった。
お淑やかな雰囲気のその人は、プラチナを糸状に伸ばしたような美しい白金の輝きを二つに縛っている。煌びやかで高貴な髪の束はくるりと弧を描いて、ざっくりと露出した肩のラインを彩っていた。
それに加えて――位置の関係上でななめ後ろの角度からしか見ることができないというのに、ハッキリとわかるダイナミックな胸の膨らみが、どっかりとした確かな存在感を放っている。たしかにボインボインのナイスバディだ。
ジギタリスという言葉にはあまり馴染みがなかったが、この店の名前である『ポイズナス』や黒髪の美女の名前『トリカブト』から連想すると――なんとなく『花の名前』であることが想像できる。
「あとはそうですねー……そうだ、そっちでお皿を洗っているのがアセビさんです」
「こらっ、スイ! 先輩を『ついで』扱いしない!」
「あ、聞こえちゃったか……ごめんなさい、チーフ!」
「まったくもう! 貴女はいつも、いろいろと雑なのよ……! 来店してくださったお客様に失礼がないように、準メイドとして節度のある言葉と態度を意識しなさい!!」
カウンター内の水場で皿洗いをしている『少女にしか見えない』赤毛の女性が、上の立場であることを証明した。そのピシャリと張られた怒声や、客に見せるべきではないガチ説教に驚いていると、その小柄なチーフが『やっちゃった!』と言わんばかりにわざとらしく口を押さえる。
「……あっ、お見苦しいところを見せてしまいましたね……! 大変失礼いたしました!」
「……アセビさんはマジメですけど、業務に集中するあまり、周りが見えなくなることも多いんですよ。身体はあたしよりちっちゃいけど、ここでは一番の古株らしいです。ちなみに、あたしも『アセビさんがいつからいるのか』は知りません。どれぐらいババア……いえ、その……と、歳食ってるのかもわかんないですし……」
耳打ちをしている彼女――スイと呼ばれた茶髪の女の子の息遣いが耳元で感じられる。アセビさんから向けられる『あの子、余計なこと言ってないでしょうね……?』という訝しむような視線と相まって、とても心臓に悪い状況だった。
「そんでもって、あたしはスイセンと申します。見てのとおり、ほかの方々に比べてすっごく地味な子ですよ」
ばっくりと谷間を見せている十分なデカさの胸に手を当てて、挑発的な笑みを浮かべる少女は自分の魅力を全て理解しているように思えた。
外見的な特徴がないように見えるが、だからこそシンプルで強靭な女体の魅力に目を奪われてしまう。薄い唇はグロスでかすかに照っており、蠱惑的に目尻を下げている赤色の瞳は吸い込まれそうになるぐらい透き通っている。
「……ふふっ。今日はバックヤードや控え室にも何人かの準メイドがいますし、貴方のご要望に応えることはできるかと思います。では、ここで改めまして――――」
『スイセン』と胸に毒花の名を掲げた少女は、笑みを崩さずにかわいらしく、わざとらしく小首を傾げた。その口元に、明らかな嘲笑の断片を滲ませて。
――貴方の答えはわかっているけどね。
そう言いたいのか、少女はぷるりと濡れた唇をこちらの耳元に寄せて、挑発するようにキス音と立てた。
ここに入店した時からそうなのだが――心臓が常に鼓動を速めており、すごく身体に悪いような感覚を肌で感じている。
まるでじわじわと毒に蝕まれているように、心身が危険を察知してしまっている――だというのに、その目の前の反則的に美しい『毒花』から逃れることができない。
――名は体を表す。
その言葉の意味を身体と心で感じながら、準メイド喫茶『ポイズナス』のルールを反芻し――。
「――――本日はどちらの女の子になさいますか、ご主人様?」
――ただ一つの答えを、強制的に決めさせられた。
毒花の言葉と女の子の香り。その危険な甘さがコーヒーとお茶の香りに乗せられて、身体に浸透していくようだった。