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田舎娘、マヤ・パラディール! 深淵を覗きこむ!  作者: 島倉大大主
エピローグ
60/62

その二 マヤ・パラディールとジャン・ラプラス

 二人はホテルを出ると、駅に向かった。マヤはとりあえずは村に帰ることにし、ジャンとは駅で別れるということになった。

 通りを歩きながら、ジャンは、やたらと辺りをうかがったり、鼻をひくひくさせたりと落ち着きが無かった。

「どうしたの? 何か感じるの?」

「むう……いや、その……あれを着てないとどうにも落ち着かなくて……」

「ああ、あの太ったジャンさんの体って、服を『着る』感覚なんだ……。

 ところで、そのマフラーについて、そろそろ聞こうかな? 

 それが、前に言ってた個人的な理由? お風呂の時もつけて入ってたよね?」

「……覗いたのか、お前」

 マヤはふひっと下品な笑いを浮かべた。ジャンは肩頬をひきつらせる。

「いやいやいや! 覗いてないからね? しかし、適当にかまをかけたんだけど、ほんとに巻きっぱなしなんだなあ」


 ジャンは渋い顔をすると、また辺りを見回した。

「……その路地に入ろう」

 ジャンはマヤを狭い路地に連れ込むと、奥まで行き、またも周囲に目を配った。

「……他言はしないでくれよ」

 マフラーを取ると、ジャンの首が現れる。

 そこには切れ目が左右三対あった。ひくひくと動き、中の赤い組織が見える。マヤは恐る恐るそれに触れ、ああっと声をあげた。

「え、えら!」

 ジャンはマフラーを再び撒くと、溜息をついた。

「そうだ。水の中で呼吸ができる。どうして? とか聞いても無駄だぞ。俺はその答えを探してこの世界に踏み込んだんだからな」

「はぇ~、なるほどなあ……さーて、お腹が減ったんで、汽車に乗る前に食事でも行く?」

「おい! 驚かないのか? 俺の生臭さはこれが原因だ。半分魚なんだぞ!?」

「鱗はないんでしょ?」

「まあ、無いけども……お前、俺の事を気味悪いと思わんのか?」

 マヤは笑った。

「むしろほっととしたよ! あたしの方が化け物だったらどうしようかなって思ってたしね! 

 あ、まさか更に変身したりしないよね? 朝食に誘ったら、でかい魚がぺたぺた歩いてくるなんて勘弁してほしいな!」

「ねえよ! まったく、お前は読んでる本が偏ってるんだよ!」

「会ったばかりなのに、幼馴染のような口ぶりじゃない?」

「そりゃ、お前が裏表が無さすぎる驚くほどに単純な田舎娘だからだよ、マヤ君」

 二人は笑いあった。


「……しかし、そろそろお別れだな。骨折り損の部分が多かったが――まあ、楽しかったよ」

「ああ、うん……。村まで――は無理なんだよね? ジャンさんは次の仕事があるの?」

「まあな。そろそろ依頼が入ってる頃だろうし、貧乏暇なしさ」

 ジャンはそう言って、壁にもたれ空を見上げた。

 マヤも空を見上げる。

 狭い路地から見上げる空は、何処までも青く澄んでいた。


 お別れ。


 ジャンに目をやれば、ポケットに手を突っ込んで首を竦めている。やはり、あの体の中に入っていないと、居心地が悪いらしい。


 とことん、変な人だ。


 変ちくりんで、頼りがいがある、やっぱり変なやつ。


 そのジャンさんと、お別れ、か。


 そこで――どこか心の奥の方で、それがとても残念だ、と考えているのにマヤは気がついた。


 路地は、静かさだけがあった。


 ジャンとの距離は、近い。

 その生臭さも、離れてしまっては寂しくなるのではないか。

 気がつくと、顔が熱くなっていた。


 う、うーん、なんかいい雰囲気になってしまった。こういうのは、良い気持ちだけど、ちょっと苦手だなあ……。


 あ。

 こういう感じになると、大体きまって、あの人が――


 思わず、空を見上げるマヤ。

 予想に違わず、いつの間にやら細長い糸が路地の上に張り巡らされているのが見えた。

「いやあ、はっはっは、マヤちゃんも僕に慣れて来たみたいだね」

 響くガンマの声に、マヤは苦笑した。

「さて、ご歓談中に悪いんだけどね、ジャン、君に、エリックが大至急とこんな物を送ってきたんだが……」

 ガンマが紐状になって、するすると上から降りてきた。その先には白い封筒が結わえてある。

「しかし、マヤちゃん、憂いが晴れた顔になって結構だが、少し血の巡りが良すぎるようだね。

 はてさて、原因は何かな? 実に興味があるね」

 マヤは白目を剥いて、ガンマ紐を掴んで、ぐいぐいと引っ張った。ガンマは紐の先に猫の頭を作ると、やめたまえ、やめたまえと喚いた。


 ジャンは、それを横目で見ながら封筒を開けた。そして、中に入っていた紙に目を走らせると、顔を歪め、ガンマとマヤを交互に見た。

「どうしたの? 新しい仕事が大変そうなの?」

 マヤの問いに、ジャンは口をへの字に曲げ、難しすぎる、と毒づいた。

「へえ、ジャンさんほどの人が、そこまで言うとは――」

「マヤ、お前はこれからどうするつもりだ? 何か計画は?」

「へ? あ、あ~……まあ、村には顔を出すだけだし、どこかで安宿でも見つけて――あ、各国から注目されてるんだっけ。ん!? そういや無一文だ! うわ、どうしようかな……」

「……豪快とか能天気とか楽天家というより、ただのバ――まあ、いいか。

 お前、ちょいと俺につきあって仕事をしないか?」

「う~ん……色々あったから、ちょいとのんびりしたいと思ってたんだよなあ。どうしよっかなあ~」

 ニヤニヤと笑うマヤの鼻を、ジャンはさっと軽くつまんだ。


「ええい、めんどくさい! なら、こうだ。

 汽車の時の逆だ。

 俺はお前に依頼する。この仕事はガンマには無理だ。『お前にしか』できないって代物だ!」

「おお! そこまで言われちゃ、仕方がない! 腕が鳴りますねぇ、旦那!!」

「……そうかー。やってくれるかー。

 じゃあ、とりあえずドレスを買いに行くとするか」

「……待て待て。その紙を見せろ」

 マヤはジャンの持つ紙に目を走らせた。



 ――仮面舞踏会への御招待状――


『来たる五月二四日、貴殿を当邸内で行います仮面舞踏会へ御招待いたします。当日は正装にてお越しいただき、こちらで用意いたしました仮面をつけていただく所存でございます。なお、随伴は一名までとさせていただきます。平にご容赦を――』


                  ジークフリード・エルレンマイアー



「か、仮面舞踏会!? そりゃ社交ダンスはしたいって言ったけど……これ、どういう依頼だよ?」

「仮面舞踏会は、文字通り仮面だ。

 裏では闇オークションが行われている。何が取引されているかは行ってのお楽しみだな。

 さて、まずは特訓だな。

 ダンスのステップにお上品な言葉遣い。ああ、良い先生を知ってるぞ。

 喜べ! これでお前も立派な淑女――」

「あー、あたしはあれだ、そこらの食堂で給仕でも――」

「いいから来い! 拒否しても引きずっていくぞ! 女になったガンマと踊れるかぁ!」

「げっ、本気で泣いてる……。ちょ、殴るのは得意だけど、踊るのは――」

 二人が、ぎゃあぎゃあとじゃれ合いながら歩いていくのを、ガンマは呆れたような目で見届け、それから口をくにゃりと歪めて笑った。


 これぞ、『幸せ』というやつなのだ。

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