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その一 決闘場:落ちる首

 胸を反らしながら、朗々と演説を続ける残酷大公。


 マヤは、げんなりした顔をジャンに向けた。

「芸のなさもここまでくると、芸術だと思わない?」

 ジャンは、白目をむいてみせた。

「俺に芸術を聞くな。鳩でも出すか?」


 だが、残酷大公は止まらない。大仰に二本の剣を二人の足元に放ると、再びケースに手を入れる。取り出した二本の剣は、明かりを受けてギラリと光った。

「さて、手品師。これが何かわかるかな?」

 ジャンは笑った。

「高名な錬金術師の剣ですか。こりゃ、中々見られない逸品だ」

 残酷大公はマイクに叫ぶ。


『我がアゾットの前に敵は無い! 

 胴元共! 賭けをやめるのなら今のうちだ! 

 女子供は神に祈るがいい! 

 だが、この船に神はいない! 

 いるのは吾輩だけである!!』


 残酷大公はアゾットを振って、マヤ達の斜め下を指す。

 数時間前、男達が射殺された処刑台に、地下で会った階層警察官達が拘束され引っ立てられてきた。レイとダイアナを抱えて逃げた栗毛の青年もいる。その後ろから、ルガーをぶらぶらさせながら、ハインツが現れた。口元には嫌らしい笑みが浮かんでいた。

 残酷大公は悲しそうな顔で演説を続ける。


『残念な事に、職務を忘れた愚か者どもが現れた。

 彼奴らはこの者たちに協力した! 

 重ねて残念であるが! ――腐った果実は箱から除かなければならない! 

 だが、今まで忠勤に励んだ者どもにも慈悲を与えぬのは国王の名折れ! 彼奴らの命運は、この二人と共に!』


 歓声が爆発した。


『さあ、決闘だ! 剣を取れ!』


 マヤは首をごきりと鳴らすと、両手を組んでぽきぽきといわせた。

「剣なんざ使わねえ……おい、残酷バカ! お前があたしを造ったとか、得体のしれないことを考えているとか、もう、どうでもいいや」

 マヤは眼鏡を外す。途端に歓声が一段低くなった。

「お前は母さんを殺した。だからこの手で――ぶっ飛ばす!」

 うねりが体に流れ込んでくる。マヤの腕に、足に、胸の奥に火が灯り引き締まる!

 残酷大公はアゾットを両方とも振り上げると、猛然と突っ込んできた。

「哀れなり! お前ごときの力では、吾輩には触れることすら叶わぬぞ!」


 ジャンは、さっとマヤの前に踏み出すと、床に落ちたままの剣の一本を足にひっかけ、上に蹴り上げた。剣は天窓付近まで舞い上がる。

「血迷ったか!」

 残酷大公の哄笑。だが、ジャンも負けずに笑いかけた。

「ずっと迷ってる、あなたが仰いますかな!」

 ジャンは思い切り手を振った。ワイヤーが落下してくる剣に絡みつき、そのまま残酷大公めがけ振り下ろされた! 残酷大公はアゾットを交差させ受けるが、衝撃で体勢を崩した。

 瞬間、マヤの体が唸りを上げて、前に弾け進んだ。

 拳が鋭く繰り出される。

 瞬時に数メートルをつめる一撃は、勿論、観客の興奮を吸い取ってのものだ。狙いたがわず、残酷大公の胸にめり込んだその拳をマヤは、捻りこみ、足を踏ん張る。

「行くぞ、おらぁぁああああああああっ!!」

 気合いの叫びと共に、へその下に溜まっている力を拳に乗せて、解放する!

 残酷大公の体が一瞬、宙に浮いた。

 その一瞬をジャンは見逃さなかった。

 叩きつけるような勢いで振り上げた剣の一撃は、残酷大公の首を飛ばした。返す刀で銅を薙ぐ。

 残酷大公の首はジャンから見て右に、胴は左に落下していった。

 どよめきと歓声、野次と嘔吐の中、ジャンは荒い息を吐いた。

「首と胴が離れちまえば、血清も糞もないはず――」


 マヤは長く息を吐く。

「いやはや……今のでからっぽだぜ。ま、五分もすれば、みんな興奮してっから――」

 ジャンの体が崩れ落ち、のしかかってくる。

 湿った重い物が落ちる音がして、反射的に下に目をやると、ジャンと目が合った。

 肉厚の顔に埋め込まれた黒い目。

 もう何も見ていない目。

「あ……」

 ジャンの体が、決闘場からずり落ちていく。マヤは服を掴むが、血で滑り、それは止められなかった。吹き抜けを落ちていくそれを、呆然と見送るマヤの足元に、無残に血濡れたジャンの首が転がっていた。

「ひっ……いやああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


「いい悲鳴だ。その顔が見たかった」

 自分の首を抱え、腰に手を当てた残酷大公は、残酷な笑みを浮かべ、宙に浮いていた。その周囲を、残酷大公の二つの剣――アゾットが飛びまわっている。

 悲鳴と歓声が上がる中、マヤは体を二つに折り激しくえずいた。

 残酷大公は無造作に自分の首を胴の上に乗せた。小刻みに揺れながら首は癒着していく。

「くくくく……下を向いてしまっては貴様の絶望に彩られた顔を見ることができないではないか! 

 さあ、こちらを向け。貴様の愛しい男の敵はここにおるぞ!」

 残酷大公は見えない床があるように、空中をすたすたと歩いてくる。


 マヤは、よろよろと立ち上がる。

 残酷大公は、小さくぽんぽんと拍手をした。

「驚いた。船底で子供を回復させたのは成程、本来のお前の能力と同義だ。

 だが――吸い取った力を自分の力に上乗せすることができるとは! だから体を鍛えたのだな!」

 マヤは赤く輝く目から、涙を流しながら残酷大公を睨んだ。

「……お前を殺す」

 残酷大公は笑うと、懐から注射器を出すと無造作に首に注射した。

「はははは! 良く吠える! 

 だが、貴様には吾輩を殺すことはできんぞ。

 肋骨を砕かれようと!

 首を刎ねられようと!

 胴を裂かれようと!

 幾重にも再生術が施されておる吾輩の体には全て無意味! 吾輩は平地においてさえも、地霊を吸って再生できるのだ! ましてや、このソドム! この世界において、一、二を争う魔力の溜まり場ぞ! 吾輩が死ぬはずはない!」

 残酷大公は両手を頭上に掲げる。すると浮遊していた二本のアゾットが、その手にするりと収まった。

「貴様は手品師と同じく、その首を叩き落とすとしよう!」

 残酷大公は、空中を駆けだした。


「うるせえ! 一度殺してダメなら、二度殺してやらぁ!」

 マヤは床に落ちていたもう一本の剣を、蹴り飛ばすが、残酷大公はそれをアゾットで簡単に弾いた。剣はくるくると回りながら、下に落ちていった。

「安心しろ! 

 我が秘術で首は生かす。そして胴も生かす。

 首は動力に、胴は獣の檻に入れ、慰み者にするとしよう!」

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