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その四 墓所:あたしはあたし!

 薬莢が弧を描き、木箱に一度当たり、それから船底に落ちて甲高い音を立てる。時間が止まったように階層警察官たちは凍りついていた。


 ハインツは大声で笑った。

「はは! なんとまあ、男の中の男じゃないか!」

 ダイアナを突き飛ばしたレイの胸から、血がぼたぼたと垂れだす。

「参った……これは……」

 レイは低くそう呟くと、崩れ落ちた。

 ダイアナは悲鳴を上げた。

「モンキーレイ! ああ、レイ! やだ! やだ! お願い! やだよぉ!!」


 ぐったりと木箱にもたれかかっていたマヤは、ダイアナの叫びに我に返った。

 頭を振り、目を瞬かせる。

 血まみれのレイにダイアナが抱き着いて泣き叫んでいた。マヤはダイアナとレイに駆け寄ると、ハインツを見上げ、怒声を発した。

「な……なんで……何で撃った! この野郎!!」

 ジャンがマヤの前に立つ。

「……お前は今、一線を越えたぞ。処刑人カスパール」

 階層警察官達がぎょっとして、ハインツを見上げた。その目には恐怖と、大きな侮蔑が宿りつつあった。ハインツが不満そうに唸る。

「おい、どけ! お前ら、そのデブをどかせ! もう一人残ってるじゃないか!」

 階層警察官たちは無言で集まると、ジャンの前に立つ。

「いい加減にしろハインツ! 子供を撃つなんて正気か?」

「そうだ! このクソ野郎!」

「処刑人め! 恥を知れ!」


 ハインツは下品な笑い声をあげた。

「お前ら、これはれっきとした大公に対する反逆罪だぞ! ただで済むと思うなよ!」

 ダイアナが顔を上げた。

 マヤは、ダイアナと初めて正面から目を合わせた。

 ダイアナはレイの傷口に手を当て、吹き出す返り血でぐちゃぐちゃになりながら泣き叫ぶ。

「ああ、血が止まらないよお! お願い! お願いだからお医者さんを呼んできてぇ!」

 マヤは、みるみる血の気を失っていくレイの顔を見つめた。こんな状況だというのに、頭が鋭く冴えていくのが判る。動悸が、呼吸が、そして時間がゆっくりと流れていく。


 この子は――死にかけている。

 血を流して、死にかけている。

 この状況で、医者――いや、無理だ。間に合わない。

 じゃあ、階層警察に頼むというのは? ハインツ以外に頼めば――

 無理だ。

 ここは船底だ、結局は間に合わない。

 子供なんだ。体力が無い。この出血は、多分太い血管が――


 レイの胸が突如激しく上下に動きだす。かっ、はっという声が断続的に漏れ、口から真っ黒な血がどろどろと流れ出す。そして次第に胸の動きが遅くなっていく。


 死ぬ。

 また、死ぬ。

 知っている人間がまた死ぬ。

 母さんみたく死ぬ。『怪我』をして死ぬ。


 マヤに電流が走った。


 待て! 怪我……そうだ、怪我!


 マヤは屈みこむ。

 あたしは『自分の怪我が治せる』。

 ジャンさんはこんなことを言ってなかったか?


 ――そうだ。人の感情、いや、微弱な周波を媒介にして『発生源』からエネルギーを取り込み、それを溜め込む。多分、お前は溜め込んだ力を人に注ぎ込むこともできるはずなんだ――


 マヤは眼鏡を外した。


 逆だ。

 あたし達が作られた目的と逆の事。

 そしてガンマさんはこんな事を言っていた。


 ――マヤちゃん、君は君だ。いいかい、君は君なんだ――


 あたしははあたし!

 あたしがどういう風に産まれたかとかそんなくだらない事よりも、今、あたしにはやらなきゃいけない事がある!


「ダイアナ! あなた、ちょっと疲れるわよ!」

 ダイアナの返事を待たずに、マヤは手を翳す。ジャンがはっとして振り返り、何か言いかけてやめた。マヤが何をしようとしているのか理解したからだ。

 マヤはレイの傷口に手を翳す。ぼんやりとした青い光が、手の下から漏れ始めた。

「おい……何やってんだお前……」

 階層警察官の一人、栗毛の青年(マヤは彼が、客室で文句を言っていた青年なのに気が付いた)が近づいてきて、しゃがみ込んだ。

「凄い……魔術か? 残酷大公とは何かが違うな……温かいぞ。何をやってるんだ?」

 マヤは眉間に皺をよせ、いつも自分が傷を治しているイメージを思い出そうと努力した。

「ダイアナのエネルギーと、あたしの貯金を使って、この子の傷の治りを早くしてる――」

「いつもやってるのか?」

 マヤの額に汗が浮かぶ。

「初めてよ! もう、集中させ――」

 栗毛の青年は、レイの傷口の斜め下を指差した。

「ここに胃がある。口から血が出たってことは、銃弾が胃を貫通して、その時に動脈を傷つけた可能性がある。あの距離であの銃なら、体自体は貫通はしていないはずだ」

「じゃあ、体内に銃弾がまだある――」

 マヤは集中する。

 レイの傷口を見つめ、中を想像し、頭の中にある何かで、その中を探ろうと試みる。

「!?」

 栗毛の青年は、思わず後ろに下がった。

 マヤの額から、青く細い半透明の紐のような物が伸び始めたからだ。

 青い紐は、レイの傷口に潜り込んだ。すると傷口周辺が発光し、レイの体の中が透けて見え始めた。


 青い紐は血管を繋ぎ、破れた胃を修復し、銃弾を包み込むと傷口から飛び出させた。

 ダイアナは息を切らしながら、レイを見て目を瞬かせていた。マヤは微笑む。

「もうちょっとだけ頑張って。あなたのレイを思う気持ちが必要なんだ」

 汗だくになったダイアナはゆっくり頷き、マヤを見つめる。

「レイは……助かるの?」

 マヤは答えずに、更に集中していく。

 青い紐はレイの心臓に絡みつき、弱くなった鼓動を助けるように、優しく収縮し始める。

 階層警察官達が事態に気づき、恐れ、驚き、自分を応援しているのも感じ始めた。勿論ジャンもだ。


 マヤの頭に、唐突にイメージが花開いた。


 これは、ダイアナの思い出!

 レイとの思い出だ! 

 虐待していた親を殴って、助けてくれたレイ。

 いつも馬鹿な話をして笑わせてくれるレイ。

 いざとなると、とても頼りになる優しいレイ。


「帰ってこい、モンキーレイ! ダイアナを一人にしたら、ぶん殴るわよ!」

 マヤの強い声に、レイの胸が跳ねた。と、周囲の木箱に青い冷たい火が揺らぎだす。

「うわっなんだこれは!? おい、何をしているクソ女!」

 喚くハインツを、ジャンは指差した。

「動くんじゃあない。一歩でも動けば――」

「おい、何をいきがってるんだデブ? 俺は銃を持って――」

「残酷大公の命令で俺達は殺せないんだろう? 

 ところで俺は――お前を殺せるんだぜ」


 ジャンは歯をむき出して、凄惨な笑みを浮かべた。


 ハインツは固まった。

 汗が吹き出し脚がわななく。

 怒りと恐怖が交互に顔に浮かび、両方があまりに大きくて、結局固まったままだった。


「……ゴホッ……かっ……うわっ……頭いてえ……」

 レイは横を向くと、口に溜まった血を吐き出した。ダイアナがレイに飛びついた。

「あああ! レイ! 私の愛しい人! もう、もう!」

「ん~……ん! おいおい! どうした? もしや情熱の国、イタリアに到着か!? あら、警察のにーちゃんも泣いちゃってまあ……」

 栗毛の青年は涙をしゃくりあげた。

「よかったなあ、君!」

「……どゆこと? あれ? 俺って撃たれたんじゃ――うわ、何かそこら中で火が燃えてる!?」

 混乱したような顔のレイ。マヤはそれを見て微笑み眼鏡をかけようとした。


「はははははは! 中々楽しい寸劇だったぞ!」


 擦れた楽しそうな声を響かせ、残酷大公が闇をかきわけるように上から降りてきた。

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