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その三 墓所:遺骸

 雑然とした、機械と配線、パイプに埋め尽くされた部屋が扉の奥にあった。四方の壁のくぼみには、ガラスケースに入った赤い塊が並べてあり、中央には巨大な水槽がある。


 マヤはふらふらとそちらに一歩踏み出そうとし――結局その場にくぎ付けになった。


 中には女性が漂っていた。


 いや、女性と思しきものと言うべきか……。

 肋骨とボロボロになって白く変色した内臓の一部。半分になった顔の上に鎮座するむき出しの脳。こちらを見る、濁った虚ろな紅い目……。

 ジャンは先程の言葉とは裏腹に、マヤの腰に手を回し、部屋の隅の椅子に腰かけさせた。マヤは喘ぎながら胸に手を当てた。


 女性の顔は――マヤと瓜二つだった。


「……大丈夫、ではないか」

「……ジャ、ジャンさんあれは――あれは!」

「少し待ってろ」

 ジャンは、隅に積まれていた本やノートを何冊か掴んで戻ってきた。最初の一冊に目を通し、それを脇にやると、次の本を開こうとする。と、紙がひらりと床に落ちた。どうやら分解寸前の本らしく、ページが取れてしまったらしい。


 ジャンはそれを拾い上げた。

 ごわごわした紙にびっしりと文字が印刷され、中央には挿絵が一つあった。

 挿絵は古い銅版画だったが、印刷は綺麗である。

 ゆったりしたローブを羽織った女性が一人、蛇が絡みついた剣を持って立っていた。傍らには、少年と思しき従者が膝まずいている。そしてその足元には裸の男女が折り重なって倒れ伏していた。

 マヤは、すぐにその絵の女性の顔が、目の前の漂っている女性の、そして自分の顔と似ているのに気が付いた。

「何だよ! 何なんだよこれ!?」

 ジャンは本を開くと、取れたページの場所を探し、前後のページに目を通した。

「こいつは――伝説上の錬金術師だ。名前はヘルメス・トリスメギストス」

「へ、ヘルメス? え? ――おい、この人が、まさか――」

「動力源。怨念の源。まったく……長いこと架空の存在と信じられてきたんだが……」

 ジャンはページの一つを指差した。ヘルメスが巨大なガラス容器を剣で叩いている絵だった。

 ガラス容器の中には――赤ん坊がいた。

 マヤは言葉が出ない。


 これは――まさか――そんな――


「ホムンクルスだよ。なあ、マヤ、受信機として派遣された子供だがな……」

 マヤは椅子を蹴って立ち上がった。拳を握り振り上げ――そのまま脱力した。

「……あたしは、残酷大公の子じゃなくて、残酷大公に作られたホムンクルス……なの?」

「……ああ」

「あたしは――」

 畜生、と呟くと崩れるようにマヤはジャンにもたれかかった。ジャンはゆっくりとマヤの肩に手を置くと、やがて静かに抱きしめた。

 その時、バタバタと足音がドアの外から響いてきた。

「おい、ねーちゃん達! やばいぞ! 階層警察だ! 武装してる!」

 レイとダイアナが、部屋に飛び込んできた。

「うわあ、死体だ! 

 ……はい? ねーちゃんの死体? あれ、ここにいるぞ? なんじゃ、こりゃあ!?」

 レイの大声に、目線を上げたダイアナも驚愕の表情を浮かべた。ジャンが怒鳴る。

「ここで何をやってる!? どうやってここに来た?」

「いやさ、ちょっと前に船底で警報が鳴り始めてさ、で、慌ててここに来てみたら嫌な感じが消えてて、それで、銃を持ったあいつらが――」

 ジャンは脱力したマヤの肩に手を回した。

「ええい、ともかくここを出るぞ!」

 四人は通路を走り、ドアを抜け箱の外に出た。


 遠くから大勢の足音が響いてきた。四人は木箱沿いに走り、しばらく進む。

 と、前を人影が横切った。即座にジャンは、三人を引き連れ、木箱の間に隠れた。

『見つけ出せ!』

 スピーカー越しの、ひび割れたハインツの声が響き渡る。

「あー、参ったな。多いぞこれ」

 レイが息を切らせながら、笑った。

「そういや、ねーちゃん達って残酷大公に何やったのさ? ねーちゃん達を見つけ出したら、一生使っても使いきれない金をくれるって張り紙が出てるらしいぞ」

 ジャンがふむと顎に手をやる。

「すると君も我々を捕まえに来たのか?」

 レイがにやりと笑うと、ポケットに手を入れ――取り出したネジを遠くに投げた。響く金属音に、あっちだ! と声が上がり、バタバタと足音が遠ざかる。

 ダイアナが溜息をついて、囁くような声で文句を言った。

「あたしは来たくなかったのですが、レイがあなた達を助けたいって。この子、馬鹿でお人好しだから」

 ダイアナはジャンにもたれたまま、目の焦点が定まっていないマヤを指差した。

「ところで……そちらのかたは、一体どうなされたのですか?」

 マヤはぶるっと震えると、もそもそとジャンの襟元に顔をうずめた。

 レイがうーむ、と唸る。

「こりゃ、ねーちゃんは余程の事があったと見たね。ダイアナ、ほっとけよ」

「ですが……走れないのでは、どうしようもありません。私達二人は、連中に追われておりません。ですから、ここからは別行動――」

「いたぞ!」

 レイとジャンがハッとして見上げると、木箱の上から、栗毛の青年の顔が覗いていた。青年は呼子を拭く。四人は走り出した。後方では低く重いエンジン音が轟き、じゃりじゃりという音が迫ってくる。


「バイクだ! くそっ」

 ジャンはマヤを抱え上げると、前を走る子供たちに並ぶ。

「レイ! 出口はあのエレベーターシャフトしかないのか?」

「船底はよくわからねえんだよ!、でも、壁まで行けば、どっかに上がれる梯子か紐が――」

 ブレーキ音を響かせながら木箱の影からバイクが飛び出してきた。

 レイはあぶねえと叫んで、手を振りまわして立ち止まる。と、後ろからもバイクが三台。そして五人の階層警察官が走ってきた。

 バイクで進路を塞いだ男がルガーを抜く。

「動くな! マヤ・パラディール、並びにジャン・ラプラス! 一級侮辱罪で逮捕する!」

 ジャンはマヤを降ろすと、両手をあげた。

「一つ聞いてもいいですかな? 一級ということは二級があるんですかなあ?」

「いいから、両手を見える所に出しておけ!」


 笑い声が響いた。四人と、階層警察官の何人かが上を見る。

 ハインツが木箱の上に立っていた。

「手こずらせてくれたじゃないか……」

 そう言いながらゆっくりとルガーを抜くと――ダイアナに狙いを定めた。

 バイクに乗った階層警察官が声をあげた。

「おい、ハインツ! 子供に銃を向けるなんて――」

「残酷大公はそのデブと小娘をご所望だ。つまりそれ以外は殺していいってことだろ!」

 他の階層警察官達が、一斉に声を上げる。

「馬鹿野郎! お前はそれでも警察官か!」

「ハインツ! 銃から手を離せ!」

 ハインツは目を瞬かせた。

「お前ら、もしかして――その汚いガキどもに情けをかけろって言ってるのか?」

 栗毛の青年が、馬鹿野郎と拳を振り上げた。

「子供を傷つけるなって言ってるんだよ! 当たり前のことだろうが!」

 ハインツは、首を傾げると――

「お前らの言ってる事が、俺にはさっぱり理解できないね」

 そう言って、あっさりとルガーを撃った。

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