表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/62

その二 墓所:扉の向こう

「うーん、怪しいと言えば、これかなぁ」

 マヤは鉄の扉の右端の方を指差した。そこには浅い傷のような物があった。ジャンは顎をさすりながら、傷を指でまさぐる。

「ふむ、これで正解だな。この傷の底の部分は、押すと動く」

 ジャンは扉から離れると、腰に手をやった。

「罠の一つも仕掛けてるかと思ったが、まるで無しか……。

 まあ、真っ当な人間はここまで来れないからな。ここらに漂ってる魔力は人払いかつ防犯の役目もしているわけだ」

「ああ、レイのお友達が見たのも、そういうことなのか……」

「まあ、恐らくな」


 ジャンは扉の前に屈みこむと、懐から黒い鍵のような物を取り出した。

「なにそれ?」

「義手の応用で、粘菌の鍵だ。俺の魔力に反応して、形を変えるんだ」

 ジャンは傷に黒鍵を差し込むと、軽く右に回し、何事か小さく呟いた。一瞬、つんっと黴の匂いがマヤの鼻をつく。すると、ガチリと音がして鉄の扉は静かに開いた。

「……簡単だね」

「開けるのはな……」


 マヤは恐る恐る、扉の影から顔半分で覗いてみる。

 中は真っ暗だった。どうやら細長い通路のようになっているらしい。

「照明は――」

 マヤの言葉よりも早く、バシリと音がして、ジャンの懐から拳銃と茶色の紙袋が飛び出して床に転がった。

「うわ、罠!?」

「いや、防犯対策さ。さて、残酷大公のことだ、こんな風にすれば――」

 ジャンは手を三回打つ。


 ぼんやりと壁が光りはじめた。


 青黒い金属でできた通路が奥に伸びている。マヤは眼鏡が音を出して大きく揺れているのに気が付き、ジャンを見た。一瞬、ジャンの全身も小刻みに揺れたように見えた。

 だが、目を瞬かせると、ジャンは何事もないように喋っていた。

「短縮、いや圧縮呪文の類だな。通路の天井に文様が刻んである。あれと、手拍子が共鳴して明かりがつくようになってるわけだ」

 マヤは試しに手拍子を三回してみた。明かりがうっすらと消えていく。

「こりゃ便利だ!」

「呑気なこと言ってないで、行くぞ」

「待って待って! あたしが点けるから!」

 マヤがよっ! と掛け声をあげながら手拍子をすると、明かりがつく。ジャンは首を振りながら通路に踏み込んだ。

 十メートルほど進むと直角に折れ、しばらく進むとまた直角に折れる。


 ああ、徐々に中心に向かっているのか……


 マヤはそう考え、周囲で何か音がしているのに気が付いた。

 水、いや、もっとどろっとした物が流れているような……。

「腹を下した巨人の中を探索中……」

 マヤの呟きに、ジャンが顔を顰めた。

「最悪な事を言うな。それにしてもここは、まるで……。あぁ、ってことはソドムの狂騒も、そういうことか……」

 マヤはジャンの脇腹をグイグイ押した。

「また一人で納得して! 説明してよ!」

「ここから出てるのは怨念の類ってテスラのノートにあったよな。だから、上の大騒ぎは、ここを鎮める為の祭りも兼ねてるんだろうさ。ああ、くそっ、火薬が使えりゃあ……」

「あれ? さっき持ってるってガンマさんに――」

「入口に防犯対策が施してあるって言ったろ。火薬と銃は弾かれちまった」

 マヤは先程の、拳銃と茶色の紙袋を思い出した。

 ジャンは唸る。

「この箱は魔術でバランスをとっている。だからちょいと傷をつければバランスが崩れて、ここ自体が爆弾の役目をするはずなんだ」

「今、傷つけると逃げる暇もない?」

「判らん。だが、結構短い時間で崩壊し始めるはずだ」

 マヤは溜息をつくと、床や天井を見回した。

「ここは一体なんなの? 怨念が湧くってことは墓みたいなものかなと思ってたけど――」

「……さあな。とはいえ、答えはすぐに――」

 廊下の奥に再び扉が現れた。ただ、今度は鍵穴の類が見当たらない。

 どうやったら開くのだろうとマヤは考えたが、二人が近づくと扉はゆっくりと勝手に開き始めた。


 ジャンが肩を掴んで、マヤを自分の方に向かせた。

「おい、ガンマの言葉を覚えてるな?」

「え? まあ……」

「そうか。なら、お前がどういう行動をとっても、俺はお前を放置する。いいか?」

「……へ?」

 今や、扉は開き切ろうとしている。マヤの体に汗が浮かび始めた。

「まだ……まだ、あたしに何か、あるの?」

 ジャンは顔を歪めた。

「多分な。なんとなく……そうなんじゃないか、とは俺も予想はしていた。ただ、確証は何もない妄想の類だったから話さなかったんだが――」

 マヤは息が荒くなり出した。

 何かが――

 何か嫌な感じが――

 あの扉の奥の、部屋の中から、何かとても嫌な――


 嫌な視線が――




 残酷大公は真っ暗な部屋の中で、喘ぎ声を上げると目を見開いた。


 誰だ!? 箱にいるな!!?

 いや、答えはわかっている。あの二人だ! まったく忌々しい!


 大公は荒い息を整え、声を絞り出した。

「ヴィルジニー! ハインツを棺に向かわせろ!」

 音もなく現れた、青くボンヤリと光る全身黒づくめの人物は、擦れた声を出した。

「かしこまりました」

 女性だった。真っ黒いベールの奥に赤く輝く二つの目。ベッド脇の白い電話機を取るその手は、老婆のそれだった。

「私です。ハインリヒ・フィーグラーに連絡。棺にて二人を確保してください」

 電話を終えると、女性はキャビネットを開けた。

 濛々と冷気が溢れだし、紅い光が薄暗い部屋に漏れ、残酷大公の顔を照らす。

 その顔は、怯えた子供のような目をした、汗まみれの顔だった。


 女性は中に並んだアンプルを一本取ると、紅く光る液体を注射器で吸い上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ