表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/62

その十二 タルタロス:田舎娘、遂に深淵を覗きこむ

「あそこに行きたいとはね……言っとくが、このソドムにおいて、一番ヤバいと噂される場所だぞ。従業員としてはお勧めしないね」

 ヨハンセンが渋い顔でジャンを睨んだ。

「しかも、お嬢さんと一緒ときた! まったく! 男というものは危機から女性を守る物であって……」


 ジャンは溜息をつくとロングデイに目をやる。ロングデイは頷くと、木戸を開き、脇によけ、ダイアナとレイを廊下に入れた。

「へいへい、俺達に案内してほしいって? どこだい? 今なら安くしとくぜ~」

 ロングデイがぎろりと睨むと、レイはさっとダイアナの影に隠れた。ジャンが喋り続けるヨハンセンを無視して、ダイアナの前に立つ。

「残酷大公の像の土台だ。あそこに行きたい」

「……それは中に入りたい、ということでよろしいですか?」

 マヤが腰を屈め、ダイアナの顔を見る。ダイアナはさっと視線を逸らした。

「中に入れるの? あたしらは、あれが何なのか確認してぶっ壊すつもりなんだけど」

 レイが口笛を吹いた。

「あそこなら良く知ってるぜ。残酷大公が定期的にあそこに通ってるってのも知ってる。

 俺の昼寝する場所はエレベーターシャフトでさ、あいつは時々ガラス張りのエレベーターで船底まで下りてくんだよ。三度ほど追っかけたな」

 ロングデイが凄い勢いでレイの肩を掴む。

「何を考えているのですか! あの男は危険だと言ったでしょう!」

「だ、大丈夫だってば。双眼鏡で離れた所から見てただけだから」

 ヨハンセンがため息をつき、まだ何か言いたげなロングデイを優しく引き離した。


 ガンマがジャンの肩にひらりと乗った。

「時間が無い。階層警察はいずれここにやってくる」

 マヤが先程までいた部屋を振り返った。

「じゃあ、あの三人を――」

「問題ないよ。ラヴクラフト氏は既に『去った』よ。テスラ氏に関してはヨハンセン夫人にお任せする。よろしいかな?」

 マヤは真っ暗になっている部屋を覗いた。テーブルと奥のベッドに寝るテスラはそのままだったが、ラヴクラフトとツァンは影も形もなかった。


 一時間後、マヤ達はエレベーターシャフトに到着した。

 鉄骨を組んだ立坑で、螺旋状の階段が並走し、ずっと下まで続いている。作業用の電灯があちこちで明滅しているが、如何せん弱々しく、泥のように下に溜まった闇を退ける事は出来ていない。


 マヤは手摺を掴むと、体を乗りだし、その闇を――深淵を覗きこんだ。

 きりきりと、こめかみが痛くなってくる。

 何か――何かが下にうずくまっているような感じがした。

 酷く大きく、酷く禍々しい何かが――


 ジャンに肩を叩かれ、マヤは、はっとして手摺から離れた。

「下に何か――」

「行ってみればわかる。だから、あんまり覗き込むな」

 マヤは目を瞬かせ、うん、そうだなと弱々しく答えた。

 

 正直――行きたくない……。


 レイは下を指差した。

「このまま階段を下れば行けるぜ。ただ、案内はここまで。これ以上行ったら、またロングデイさんに怒られちまう。

 大体、下は嫌な噂が多いんだ。悲鳴が聞こえるとか、幽霊が出るとか……」

 マヤは眼鏡をずらすと、手摺より向こうに行かないように、ちょっとだけ再び下を覗いた。

 どんよりとした水を、目を細めて覗く感じ。

 渦巻くように何かがうねっている感じ。

 何か小さな音がする、と辺りを見回し、ようやく自分が発生源だと気付いた。眼鏡がちりちりと細かく震動しているのだ。


 この下は、普通じゃない。やっぱり、あたしはこの下に行きたくないって思ってる……マヤはジャンの腕にしっかりと腕を絡ませた。

 でも、行かなければならないんだ。

 絶対に行かなければ……。


「それは、どんな幽霊だったんだい?」

 ガンマの問いに、ダイアナがぼそりと「聞く限り、幽霊じゃないわ」と言い、そっぽを向くと、来た道を引き返していった。

 レイは肩を竦めて決まり文句を口にした。

「あいつの態度を許してくれよ。

 で、その幽霊だがね、女だったんだな。真っ赤な目をしてて、その友達に気が付くと、手招きをしたっていうんだな。美人だったんだと。

 で、その赤い目を見てると、ついふらふら~っと歩きだしそうになってさ、その時、残酷大公が例の演説を始めてさ、ここにもスピーカーがあるんだけど、それで、はっ! として止まったわけよ。

 そしたら、その女、すげえ唸り声を上げて走ってきやがった! その時にそいつが口を開けたら……」

 マヤは中腰でごくりと唾を飲み込んだ。そんな反応にレイはもったいつけたように溜めると、一気に大声を上げた。

「でかい牙が生えてた! 犬釘みたいなでっかい歯だ! そう! 吸血鬼さ!」

 マヤがぎくっと体を硬直させ、ちょっと躓いたのを目にして、レイは満足そうに笑った。

「はっはっは! ねーちゃんは脅かしがいがあるなあ! ダイアナなんて『ふーん、でも残酷大公よりは人間味があるんじゃない』だもんな!

 まったく、巧い事言うもんだぜ!」


 ジャンとマヤ、そしてガンマはゆっくりと階段を下って行った。

 寒くなってきた、とマヤは感じた。

「吸血鬼……って、本当にいるの?」

 マヤの問いにジャンは頷いた。

「ああ。何度か交戦したこともある。厄介だよ。恐ろしく強い」

「ふうん……。

 あ! もしかして残酷大公って吸血鬼とか? なら、あの不死身っぷりも納得だね!」

「いや……吸血鬼は心臓が弱点だ。残酷大公は心臓すら再生させてたろ」

「あ……じゃ、じゃあ、打つ手なし?」

「いや、お前も見た通り、あいつは『高速では再生できない』んだ。高速化させるのには、あの紅い液体――血清とか言ってたあれが必要なんだ。だから、あれを打たせないようにして、徹底的にあいつの肉体を破壊すれば――まあ、並みの攻撃では無理だろうが……」

 ガンマがふすっと息を吐いた。

「それについては、策がある」


 ジャンはガンマを見下ろした。

「……聞こうか」

「残酷大公の不死について、君達の見解は間違ってはいない。

 だが、今の君達の力や武器では、あれを殺しきるのは不可能だ。だから――」

 ガンマは、彼と彼の依頼人が残酷大公に何を仕掛けるのかを話した。

 ジャンとマヤは聞き終ると、顔を見合わせ、しばらく無言だった。

「……成功するのかな、それ」

「……わからん。だが――そうでもしなけりゃ、勝てそうもないな」

 マヤは頭を掻くと、大変そうだなあ、と呟いた。

 そんなマヤにジャンは静かに、そしてはっきりと宣言した。

「一応言っておく。俺はお前の父親を殺すつもりだ。

 何か意見があるなら、聞こう」


 マヤはジャンの顔を見て、それから足元を見た。

「……嫌と言えば嫌な話だな。母さんは母さんじゃなかったわけだし。実の父親はあんなだし……。

 あいつが死ぬと、あたしは天涯孤独って奴か……。

 レイの言いぐさじゃないけど、生きるのって大変だな」

 マヤは苦笑いを浮かべると、ジャンの腹をポンポンと叩いた。

「ま、やっちゃってちょうだい。子供を殺す奴は容赦の必要なし」

 ジャンはマヤを見つめた。

 マヤもジャンを見上げる。

 ジャンが口を開こうとした時、足元にいたガンマがあくびをした。

「ふわぁ……。あのね、二人とも、良い雰囲気の所、非常に悪いんだけども、下から感じられる魔力が膨れ上がったよ。これは先を急いだ方がいいかもしれない」

 ジャンは懐を探ると、汽車で見せたあの探知機を取り出した。

 針は凄まじい速度で回転し、鈍い唸りをあげている。


 マヤは、更に気温が下がったのに気がついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ