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その六 タルタロス:楽しい地獄の町

 贋作の部屋を出ると、天井の低い通路が続いていた。壁は赤さびが浮いており、遠くから機械音が聞こえてくる以外、物音はしない。

 静かだな、というジャンの呟きに、レイが、まあなあと壁をゴンゴンと叩いた。

「ここらは、最初船の『底』だったらしいんだよなあ」

 マヤが、ん? という顔をする。

「底って――底のこと?」

 ジャンが髭をしごいた。

「船を一回り大きくした――っていうより、より大きな船で覆ったのか。無茶苦茶だな」

「それって……船の増築ってそういうものなの?」

 ジャンは頭を振った。

「まさか……。時代が進めば、船をどこかで割って、増築部分をとりつける、なんて工法ができるかもしらんが、小さな船を大きな船で包むなんてのは、意味が無い。でかい船をもう一つ、作った方が早い」

「……つまり、そうせざるをえなかった?」

 マヤの問いにジャンは頷いた。

「そうだ。例えば――絶対に動かせない何かがある、とかな」

 一行がしばらく進むと、通路が広くなり、十字路に出た。

 先頭を歩いていたダイアナが立ち止まる。


「ここはタルタロス大通りと呼ばれている場所の真下です。

 我々の家はもう少し先ですが、あなた達の目的地はあの梯子から出ればすぐです」

 ダイアナが指差した先に、赤く錆びた鉄の梯子があった。

「私は先に家に行きます。レイがあなた達に同行します。用事が終わったらレイが家まで案内しますので」

 ダイアナは、ぼそぼそと喋るだけ喋ると軽くお辞儀をし、振り返りもせずに、すたすたと歩いて行ってしまった。レイがにやにやしながらマヤとジャンの前に出た。

「あいつの態度は勘弁してやってくれよな」

 レイはポンと手を打った。

「さーて! 上に行く前に口上を一つ述べるとするかな! いいかい、お二人さん?」

 マヤとジャンがそろって首を傾げた。


 レイは胸を逸らすと、えへんと咳払いをした。


「これより、あなたがたはソドム最下層に入ります。

 ここは残酷大公の統治下ではなく、さりとて、何処かの国に所属しているわけでもありません。つまり、無法地帯となります。

 ご自分の身は、ご自分でお守りください。

 銃弾が飛び、路地裏には暴行魔と殺人鬼がうろつき、狂人と娼婦と怪人が相席で、テロリストやスパイと談笑しております。

 繰り返します。ご自分の身は、ご自分でお守りください」


 レイは気取った仕草で優雅に頭を下げると、にかっと笑った。

「上がるかい、お二人さん?」

 ジャンとマヤがそろって首を縦に振った。

 梯子を登ると、そこはまたも下水だった。マヤは辺りを見回す。そこかしこに置かれたランプに照らされ、項垂れたり寝転んだりしている人々がいる。反吐と酒の匂いが入り混じって漂ってきた。

「さて、もう一つ上に上がるぜ。あ、それから、もうタルタロスだからな。気をつけろよ」

 レイが鉄の蓋――マンホールをずらすと、ソドムに入国した時と同じように、色々な物が襲ってきた。ただ、今度のそれは猥雑でひたすらに暴力的だった。


 銃声と火薬の匂い。

 悲鳴と怒号。

 聞いたこともない言語と、聞いたことのある言語。

 それが通りから溢れだし、頭に降りかかってくる。たまらずマヤは梯子を駆け上がると、通りに飛び出し、すぐさま突っ伏した。

 色も種類も違う木片を寄せ集め、様々な文化の装飾をでたらめに施したような建物群。それが道の両側にのしかかるように傾いで立ち、その間に電線やら洗濯紐やらが垂れ下がる。

 通りといえば舗装はされているが、凹み、ひび割れ、怪しげな文様が書きつけられ、血痕と油とゴミがぶちまけられていた。そして、そこをスーツ姿の男や、殆ど全裸の老人、汚いフードを頭からすっぽりかぶった女性に、銃をぶら下げた黒づくめの東洋人の集団が駆け回る。

 と、目の前の建物の向こうで爆発が起こって瓦礫と共に人が降ってきた。

「うわわわわわ!? ジャ、ジャンさん、早く移動しよう!」

「なんてこった! おい、レイ! オーゼイユはどこだ!?」

「あらら、今、爆破されちまったよ! 目の前の家の裏がそうだったんだけどさ、いや、参ったね、こりゃ!」

「な、なんだってぇ!? ジャンさん、ガンマさんは――」


 マヤが言い終える前に、激しい銃の音が連続で鳴り響き始めた。先程の東洋人の集団が、奥にいる黄色い服の東洋人集団と銃撃戦を始めていた。レイが額をぴしゃりと打つ。

「ありゃ、闘うナントカって結社だな。確か対抗組織にリーダー殺されて葬式の最中で、ああ、そうだ! オーゼイユで飲むとかって話だったな」

「まったく、困ったものさ」

 むくり、と、先程爆発で落ちてきた男が起き上がった。レイがギョッとして一歩後ずさるが、マヤはその声に聞き覚えがあった。

「ガンマさん! すごい、本当に人間みたいだ!」

 ガンマはにやりと笑うと、そのまま倒れ、地面につく前にばらけ、するするとジャンに絡みついた。口をあんぐりと開けたままのレイの横で、ジャンは飽きれたような声を出した。

「何やってんだ、お前は?」

「ははは、人間の格好で君達――いや、マヤちゃんを驚かそうと思って待っていたんだけど、運悪く巻き込まれちゃってねえ。ゲストを庇ってたら、爆弾でどかんさ」

 ジャンが片眉を上げる。

「ゲスト?」

「君達に是非会わせたい人たちさ。どこか落ち着ける場所はあるかな?」

 ガンマは猫の形をジャンの肩の上でとり始める。レイがひえっと声をあげて笑った。

「あんたら、すげえのと友達だなあ! 触ってもいいか?」

 ジャンは屈むと、レイにガンマを近づけた。

「存分に。それより家に案内してくれ。状況が変わった」

「いいともさ! ……なんだ手触りは普通の猫じゃないか。つまんねえなあ」


 レイの反応にガンマは唇を引き上げ、目を剥いた。

「つまらんとは心外だ! この手触りを再現するのに一体どれだけの努力と研究が必要だと思って――」

「あ、やべっ、銃撃戦がこっちに来るな。おい、ここを離れようぜ!」

 レイが駆けだすのにマヤが続く。ガンマはジャンの肩から飛び降りると、銃撃戦の只中に走って行こうとした。ジャンが驚いてガンマに叫ぶ。

「おい、何処へ――」

「ジャン、君も早くここを離れるんだ。僕は隠れているゲストを迎えに行く。あの失礼な子の家は知ってるんでね、そこで話そうじゃないか」

 そう言うと、ガンマは走りながらばらけると、瓦礫の中にするりと消えてしまった。

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