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その四 タルタロス:更に底へ

 立て坑の底は、壁に取り付けられた粗末な電球が明滅する、薄暗く広大な場所だった。下に行くほど広がっているらしい。

 マヤは床を蹴る。がぁんと音が木霊して上に上がっていく。


「海の上のなのに地の底って気分だな……」

 ジャンが腕を組んで周囲を見渡した。

「さあて、どうしたものか……」

「あら? タルタロスまで来たことは無いの?」

「その呼び名を何処で――あぁ、ヨハンか――俺はタルタロスには別の道から入ったんだ。通風管は這いまわったが、ここに来たのは初めてだ。さしあたっては試してみるのは、あのドアか?」

 見れば、少し離れた壁に鋼鉄製の錆びついたドアがあった。マヤは近づくと、ハンドルを掴んで廻してみる。意外や、ハンドルは滑らかに回り、ドアは静かに開いた。

「油が射してある! 誰かこのドア使ってるみたいだよ」

「興味深いな。壁を見てみろ」

 マヤはジャンが指差した方を見た。

 壁のそこかしこに、真っ黒い紐のようなものが垂れ下がっている。それは遥か上方へと伸びていた。

「あ! ハインツが言ってた客室泥棒の道か!」

「ということはだな、ここからタルタロスに行けるってことだよな」

「おー、なるほどねえ」


 二人は通路に入った。鋼鉄製の網床が遥か遠くまで湾曲しながら続いている。

「機械室を繋いでいる通路ってところか? さて、ガンマを信じて進んで……」

「ねえジャンさん。ガンマさんって何者なの? いや、『紐』ってのはわかるんだけどさ」

 ジャンは顎をさすってマヤの手を取ると歩き出した。

「魔法で作られた生物。

 古代遺跡から発掘された怪物。

 宇宙から飛来した謎の物体。

 色々な噂があるが、誰も実際の所は知らん。ただ、俺は今までうまくやってきた。あいつは――」

「悪人じゃない?」

「善人でもないがな。……もしかしたら俺と目的が同じなのかもしれん」

「あの怪死事件を止めるために、ガンマさんも動いてるって事? 何のために?」

「依頼されたんだろう。で、誰が依頼したかと言えば――」

「ヴィルジニー……つまりあたしか」

 ジャンはマヤを見た。

「どういう事かわかるか? 執行部の部長と、なぜお前は同じ名前なんだ?」

「さっぱり。

 ただまあ……あの夢でヴィルジニーに触られた時にゾッとした理由は判ったよ。自分と同じ手で触られているって感触……理解できる?」

「ああ。精巧な俺の腕の偽物と握手したことがあるからな。気色悪いよなあ!」

「そうそう! あっちゃいけない感じ、ってやつ!」

 ジャンは首を振った。

「まったく……色々と繋がってきたな。酷く嫌な感じさ」

「え? ジャンさんは今回の事、全部わかったの?」

「まだだ。 もうちょっと待て。

 残酷大公が『本当はこの船で何をやっているのか』がわかれば、その時にまとめて話してやれるはずだ」

「残酷大公……か」

 マヤは盛大に溜息をつくと、壁にもたれた。

「まさかあいつがあたしの親父とは……」

「……ショックか?」

 マヤはううんと唸った。

「何しろ普通の人間を想像してたからね。でも、まあ、あたしの能力を考えると妥当ではあるかなあ。あいつ、怪我しても傷が治ってたし。あたしの力に似てるよね」

 ジャンは首を振った。

「いや。俺はそう思わん。多分――お前の方が優れてる」

「へ? どういう事?」


 遠くでがぁんと音が響いた。二人は振り返る。バタバタと無数の靴の音が近づいてきた。

「ひえっ、階層警察!?」

「行くぞ!」

「行くって、当ては――」

 ジャンは通路の床を指差した。マヤは、ああ、と手を打った。

 二人は走り出した。長い通路を進み、途中の分かれ道までくると、床が綺麗な方へと曲がる。しばらく行くと、手摺が綺麗な階段が通路の途中にあった。駆け上がるとドアがあり、中は大きな機械音に溢れていた。漏れ出す蒸気の向こうに人影がちらちらと見える。


「作業員かな?」

「だといいんだが……」

 何本もパイプのついた機械の後ろを屈みながら進む二人。上のキャットウォークを鼻歌を歌いながら誰かが通りぬけ、足元にある格子の下からは水の流れる音がした。

「……出口らしき階段の前に何人かいるな。少しここで待つか」

「やれやれ、まーたドレスがグチャグチャだよ。夜会にも出ようと思ってたのになあ」

「残酷大公主催だぞ。あいつを殴りに行くためってんならやめとけ」

「へへ、実は社交ダンスの類を体験してみたかったのだ」

「……相手は?」

 マヤはジャンを指差した。ジャンはうんざりしたような溜息をついた。

「俺、踊ったことないぞ」

「……初心者同士か。それはそれは酷いことになりそうだなあ」

 マヤはそう言うと、足元の格子を見た。

 ばちゃりと下から音がする。

「惨劇だろうな」

 ジャンがそう答えるや、どおんと扉を開ける音が響いた。

 先程、二人が入ってきた方から、さっと冷たい風が流れてきて、マヤの頬を撫でる。

 なんだなんだと、作業員達が走りながら集まってくる。と――犬の吠え声と、男の怒鳴り声が聞こえた。


「自分は階層警察のハインリヒ・フィーグラーだ! ここに凶悪犯が逃げ込んだ可能性がある! 捜査にご協力願いたい!」

「……くそっ、犬か。ってことはオレの臭いを辿られたか」

 ジャンは舌打ちをすると周囲を見回した。マヤは感心したように呟く。

「成程、犬なら余裕で嗅ぎわけられるな。アホじゃなかったか!」

「余裕だな! さて、何人来てるのか……全員ぶちのめすってのは、良い手段だと思うか?」

 マヤは答えず床を指差した。ジャンは、ん?という顔で下を見た。


 足元の格子がゆっくりと持ち上がりつつあった。


 パイプから漏れる蒸気の音や、何かが水に落ちる音、ごんごんと打ち付ける音がハインツの耳を悩ませた。

「ハインツ、見つからないぞ」

 同僚の言葉に、ハインツは髪をかきむしる。

「ちゃんと探したのか!? 犬はここのドアの前で吠えたんだろう!!?」

「探したさ。もしかしたら、通路を真っ直ぐ行ったのかもしれないが……試しに、あのなんとかって従業員を尋問してみようぜ」

 ハインツは歯噛みすると、踵を返し階段を登って機械室を出て行った。

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