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その三 タルタロス:底へ

「よーし、こんなもんか」

 マヤが立てかけたベッドから離れるや否や、銃撃音が響き、続いて驚いたような男達の声が室内に響いた。

 マヤは椅子を壁に蹴りとばして破壊すると、通風孔に一息で飛びつき、体を潜り込ませた。


「おい、どのくらい力を使った? まさかバテたりしないよな?」

 ジャンの問いに、マヤは眼鏡をかけると、ふむと唸った。

「貯金の三割ってとこかな!」

「よし、とっとと行くぞ!」


 二人はそのまま這い進み始めた。他の部屋の上を通るたびに、怒鳴り声が聞こえ、やがて遠くから金属音が響いてくる。通風管に入りやがったな、とジャンが舌打ちした。

「なあ! これって何処に通じてるんだ?」

 マヤの問いにジャンは体を捻って振り返る。通風孔いっぱいのはずなのに、それを軽々とやりながら、なおかつ片手で這い進むジャンにマヤは半笑いになった。


 まるで、軟体動物か、水風船みたいな動きだな……。


 ジャンは懐を探ると、小さな筒を取り出した。

「何だそりゃ? 笛?」

「フランシスってイギリス人が作った犬笛を改良したもんだ。状況を知っとこう」

 ジャンは強くそれを吹いた。何も音は聞こえなかったが、マヤはコインの時と同じく、微量な魔力らしきものを感じた。と、ガンマが壁の継ぎ目からにゅるりと顔を出す。

「まったく、君達ときたら滅茶苦茶だよ」

 ジャンが這い進みながら聞く。

「どうなってる?」

「あのパイクって男の共犯の女は、巧いこと逃げたみたいだ。

 彼女、諜報員らしいね。

 階層警察の方は特別警戒態勢に移行。追手は後方三十メートルから五人。客間で待機しているのが複数。この先で罠を張っている奴等もいるね。

 どうだい、妨害してきてあげようか?」

「頼む。ところでハインツの事については、何か知ってるか?」 

「階層警察になったのは先月だね。残酷大公と取引がある組織から派遣されたのかもね」

「成程……奴が正体を隠してドーヴィルで襲って来たってことは、列車で銃を撃ってきたドイツ軍人達と裏で繋がってる……てとこか。

 残酷大公に従うふりをしてマヤを誘拐しようとしているわけだ」


 マヤは顔を歪め、殴られた背中に手をやった。ジャンは片眉を上げ、にやりと笑った。

「俺が蹴とばした顎に化粧までして、君を攫おうとして、今度は君に蹴られたわけだ」

 ジャンに絡みついたガンマは胴体で文様を作った。

「裏にいるのは、こいつらかもねえ」

 マヤはその文様――鍵十字の意味が解らず、ジャンを見た。

 ジャンは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「まったく、天井知らずで酷い事になっていきやがる。ガンマ、お前、何処まで知ってる? 俺達を利用して、ここで、何をやらせようとしてる?」

 マヤはギョッとして、そういえば、と考えた。

 ジャンさんをしきりにソドムに来るよう誘導しようとしていた――ような気がする。

 ガンマはばらりと解けると、小さな通風管にするすると入っていく。

「僕は君たちの味方さ。今のところはね。ま、細かい話は、君達が生きていたら、下の町で話そう。

 ここをそのまま進めば、多分行けるはずさ。

 オーゼイユって酒場があるんだが、そこで待っているよ。じゃあ、幸運を」

 しばらく後、どこからか悲鳴が上がり、重い物が倒れる音が連続的に鳴り響き始めた。


「派手にやりやがったな。よし、行くぞ行くぞ!」

 二人は全速力で這い進む。角を曲がると冷気と風が強くなってきた。マヤはぶるりと震えると、腕をこすった。ジャンは四つんばいのまま器用にジャケットを脱ぎ、放ってよこした。マヤは、もそもそとそれを着込むと、ジャンの尻をポンポンと叩いた。

「ありがと。で、この先は冷房の本体? 寒いなあ!」

「本体はこの階にはない。この先は送風用のファンがある。そこから船底まで立坑が通っていた……まあ、前に来た時はそうだった」

「ああ、増築につぐ増築がここの基本だっけか」


 しばらく進むと、通路が一回り広くなった場所に出た。更に進むと、前方に唸りを上げるファンが見えてきた。

 轟音と共に冷風が吹き荒れ、マヤは顔すらあげられない。

「マヤ、横に来てくれ!」

 マヤはぶかぶかのジャケットに悪戦苦闘しながら、這い進んでジャンの横に並んだ。ジャンはマヤの腰に手を回すと抱え上げ、体に密着させた。

「一気に行くぞ!」

 マヤが頷くと、ジャンは床を蹴り、腕を振った。

 飛び出したワイヤーが、ファンの横にある作業用ドアの取っ手に絡みつきm勢いよく巻かれ始める。

 二人は豪風の中を飛び、ドアにかじりついた。

 ジャンは素早く取っ手を捻ってドアを開け、外に飛び出した。


 上も底も見えない、大きな真四角の立坑。

 そこにせり出したキャットウォークに二人は立っていた。

 マヤは反対側からファンを見た。大きな配管が上から伸びてきており、そこから冷気が放出されているようだった。

「よかった……ここは寒くないや。ジャケット返すよ」

「おう。もう一度俺に捕まってくれ。降りるぞ」

 マヤはさっとジャンに抱き着くと、う~ん、と顔をうずめた。ジャンがワイヤーをキャットウォークの手摺にひっかけた。

「マヤ、黴臭いだろう?」

 マヤは顔を上げ、ジャンを見た。

「……ああ。あと、ちょっと生臭い。もう慣れたけどね!」

 マヤの言葉にジャンは小さく頷き、肩に手を回すと、しっかり抱き寄せ、飛び降りた。

「いやっほぉぉぉぉうううう!!!」

 マヤの絶叫が立て坑に響く中、一分ほどするすると降りていくと、機械音がどんどん大きくなっていく。


 やがて二人は底に到達した。

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