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その十四 ソドム:スキヤーキ、テンプーラ、サシーミ

 二人は細い板張りの廊下を案内され、招き猫ごと小さな部屋に通された。

「あっ! 見てよ、紙のしきりだ! 鳥の絵が描いてある! ひゃーっ! この色遣いは大胆だなあ!」

「フスマ……だったかな? それで、そちらの格子状のものはショウジ。イギリスの成金の家で見たな」


 ジャンがテーブルの上にコインを置くと、空気が揺れて結界が張られたのをマヤは感じた。招き猫がにゅるにゅると伸び、ついでばらりとほどけた。

「ふう、陶器に擬態するのは結構疲れるねえ」

「で、どうなんだ?」

 ジャンの問いに、ガンマは荒い籐細工のような猫の形を取り、頬杖をついてテーブルに寝そべった。マヤが眉をしかめた。

「いやあ、猫がそのポーズはどうなんだろう……」

「陶器の質感を表現するのは難しくてねぇ、体がこっちゃったんで楽な姿勢で失礼……。

 さて、色々と聞いて回ったけどヴィルジニーという単語は誰も知らなかった。僕は作戦名か暗号名と睨んでいたけども、空振りだったよ」

「下はどんな風だった?」

 ジャンの問いにガンマは首をこきりと鳴らした。

「まるで迷路だね。住居に教会、寺社仏閣、学校もどきに闇市。上以上に活気に溢れているけど、第三層の境界に、このコインより粗雑な結界が張ってあって、ゆるい防音が施してあったね。僕の見てる前で銃撃戦があったからね。当然の処置だと思うよ」

「お前の目的のものは見つかったか?」

 ガンマはちらりとマヤを見た。マヤはちょっと笑みを浮かべて、肩を竦めた。

「おやおや……ジャン、君にしちゃ珍しく、彼女に色々打ち明けたらしいね。

 ま、そうでもしなきゃ進展しないかもね。僕の目的については、何も言えないよ。ただ、気になる場所があったんだ」

 ジャンは髭を擦った。

「……もしかして、残酷大公の像の真下のあれか?」

「ご名答。どうしてわかったんだい?」

「あれは……見ていると不安になる」

 ジャンの言葉に、マヤは真っ黒い箱状の台座を、そしてその表面に煌めいた赤い光を思い出した。


「あそこって何なの?」

 マヤの問いにジャンは首を捻った。

「噂は幾つか聞いた。エンジンだとか、魔力を溜めてるとか、深海から引き揚げられた怪物を封印した石とか……誰だったか、酒場で、あれは上のアンテナの一部だと言っていた。あれで上のアンテナを動かして、欧州中の軍事情報を受信しているとか」

 ガンマがふすっと鼻を鳴らした。

「無責任な噂だけど、火の無いところに煙は立たないと言うしね。参考にはなるねえ」

 ジャンが片眉を上げた。

「で、どうだった? 何か感じたか?」

「魔力の放出。強力な魔力があの箱から、ケーブルを伝って上に行くのを感じ――おっと」


 ガンマがさっと招き猫の形をとると、失礼します、と廊下から声が聞こえた。

 襖を開けて先ほどの女性が顔を出す。ジャンがテーブルのコインを懐にしまった。

 女性は正座をすると一礼し、盆に載せられた料理をテーブルに並べはじめた。だが、その手がすぐに止まる。

「あら? これ、さっきの招き猫じゃないですわね? 何か形が……」

 マヤは、ガンマが上げる手を間違ったのに気が付いた。

「え? え~、そ、そうですかぁ? でも、あたしたちぃ、これを持ってきてここに置いて、それから触ってませんよぉ」

「はあ……あら? 手が――」

「あ! あの、こ、これ何という料理ですか?」

 マヤの必死な目配せにジャンが顔を歪めながら、参戦した。

「こちらはメニューによるとテンプラ、でしたかな? フリッターのように野菜や魚介を油で揚げたものとみました。それと、あの鍋は――スキヤキ?」

「ああ、スキヤキ! 聞いたことあるなぁ~。この卵は何かしら~……うわっ、これ生の魚だ! へ~、イタリアでは生で食べるとは聞いていたけど……」

「オランダではニシンを生で食べるぞ。レモンを絞るんだ」

「ほぇ~……」

 女性は全てを並べ終わると、二人に微笑みかけた。

「お客様、お料理の食しかたについて、ご説明いたしましょうか?」

 二人は頷く。


「では……こちらの天麩羅は、こちらのつゆにつけてお召し上がりください。つゆがお気に召さなければ、こちらの塩を少量つけてお召し上がりください。こちらのすき焼きは味が付いております。小鉢にとってお召し上がりください。また、こちらの生卵を潜らせますと、大変おいしゅうございます」

 マヤが驚きの声をあげた。

「へえ! 不思議な食べ方だ!」

「皆さん、驚かれます。さて、こちらの生のお魚は、お刺身といいます。こちらのつけ皿に醤油を適量入れていただいて、こちらのわさびを少量乗せて召し上がってください。わさびは辛いので、乗せすぎにご注意くださいませ……一応、これで終わりですが、何かご質問はありますか?」

「いや、もう結構です。あとは判らなかったら呼びますので……」

 ジャンが礼をして、チップを握らせると女性は頭を下げ、ガンマを抱えると後ろに下がった。そして襖を両手で静かにしめた。


 マヤは顔を歪めた。

「……どうしよう、ガンマさん、持ってかれちゃったよ……」

 ジャンはふっと笑うと、目の前に並んだ箸を取った。

「ほっとけほっとけ、すぐに戻ってくる。とりあえず食おう……で、本式ではこれを使うんだよな?」

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