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その十一 ソドム:マヤ、忍び寄る闇の中、デート続行す

「も、もしかして、あの街灯の上の――」

「そうだ。セント・エルモの火。それに空に舞う光だ。

 人魂、ジャック・オー・ランタン、オーロラ――まあ、呼び名は何でもいいが、そういう球電現象が生存者に目撃されているわけだ」

「じゃ、じゃあ、馬車の中で言ってたように、それを見ると、おかしくなっちゃう人もいるってこと!?」

 ジャンが首を振る。

「違う。問題はそのとき何が起きていたのか、だ。何が球電現象を起こしたのか?」

「……自然現象、ってことは?」

「もちろんあり得る。雷や大量の静電気、つまり、そういう土地だったってのが原因かもしれない」

「……他には?」


「魔力の発動だ」


 マヤの指に力が困る。

「……で、でも、あたしが見たのは、無差別殺人じゃなくてサラエボ事件だよ?」

「ついこの前だが、またそういう事件が起きた。そこで判明したのは、加害者には大量虐殺を起こす理由が僅かながらにあったということだ。もしかしたら今までもそうだったんじゃないのか? 何か外的な力が働いて、ドミノを倒すように心が壊れて凶行が行われたんじゃないのか? 無差別ではなく、人を選んで殺していたんじゃないのか? 

 ちなみにサラエボ事件は政治結社が起こした。彼らには『理由』があったんだ」

「……それって、その理由を持った人に、誰かが魔術をかけて、その……『暴走させた』ってこと? 何の目的で?」

 ジャンは押し殺したような声を出した。

「わからんのだ。サラエボ事件は、様々な利益が絡んでいたから説明はどうとでもなるが、それ以外の事件となると……ただ、この前の事件で妙な証言が取れた」

 マヤも声を押し殺す。

「な、なに?」


「一人多かったんだ」


「……え?」

 ジャンは顔を上げ、マヤの目を覗き込む。

「この前の事件で村人が――死んでいた村人が一人多かったんだ」

「どういうこと?」

「わからん。少し前に(さかのぼ)って前の事件を再調査しようとしたが、資料が根こそぎ破棄されているのがわかった。しかも関係者は行方不明か、不慮の事故で亡くなっている」

 マヤはジャンの手を更に強く握る。

「……なあ、ジャンさん。あんたが追っかけてる事件てさ、も、もしかして、色々と拙いんじゃないの?」

「ヤバい匂いだらけさ。だが……」


「こういうのは許せん」


 ジャンの静かな声にマヤは体を硬直させる。そして、我知らず、頬が赤くなった。

「……なんであたしの護送を受けたの? あたしと話すまであたしの夢の事は知らなかったんだよね?」

 ジャンはマヤの汗でじっとりと濡れた右手をほどくと、懐から便箋を出した。そこにはそっけない文章が記されていた。


 ――貴君に仕事を依頼したい。

 一九三〇年五月十二日にマヤ・パラディールという女性をドーヴィルまで連れてきてほしい。

 マヤ嬢の乗る列車は事前に電報にて知らせる。

 報酬として金銭と貴君が調べる事件の手がかりを進呈する。現地にてもう一人の執行人と合流し、是非ともマヤ嬢を傷一つなく連れてこられたし。なお、報酬は私から接触し進呈する――       


「お前の夢の話を聞いた時に、俺は自分の依頼書の内容が出鱈目じゃないと悟ったよ」

 マヤはああ、と納得した。

「だから、誰も接触してこないから、ソドムにまできたわけか!」

「これは前の事件の生存者を某国家から助け出した直後に来たんだ。どうやら俺も監視しされていたらしい。手詰まりの事件だったからな。飛びこまなければ、これ以上の進展は見込めん。そう思ったんだ」


 なるほど、とマヤは頷くと、ナンを口に放り込む。

「で、あたしをつけ回している連中の目的は?」

「わからん。残酷大公がお前を招待した。だから、お前を誘拐し、残酷大公との交渉に使うってのが主だろう。

 だが、もしかしたら、俺が追っている事件の鍵をお前が握っていて、それを知っている連中が揉み消しの一環として――」

「ひ、ひぇぇぇぇっ……」

「それを踏まえて、さっきのバカンツの行動を考えるとだな……残酷大公も動き出しているのかもしれんわけだ」

「……いつの間にやら、一気に大変になったなあ! で、ど、どうすりゃいいの、あたしは?」

 ジャンは最後のナンを口に放り込んだ。

「二人でうろうろし続けて、相手の出方を待つ。で、紳士的に話しかけ、強引に情報を聞き出す。

 だから気をつけろ、と言いたかったんだ」

「ふーん……つまり、デートしてるふりは続行か」

「……まあ、そうなるな」

「やれやれ、ホントのデート気分も味わえるかと思ってたのに……ちぇっ」

 ジャンは眉を八の字に曲げた。

「お前さんは命の危機にあるかもしれんのだぞ。何を悠長な……」

「まあね。でも、それだったら余計に悔いの無いようにしたいなあ。あたし、デートしたことが無いしさ」

「……諸々片付いたら、遊びだったら幾らでも連れてってやる」

「本当? どうも黙って逃げそうな気がするなぁ」


 ジャンは怒ったような顔になる。

「そんなことは無いぞ! 俺は約束は守る」

「じゃあ、その……ちゃんとしたデートをしてくれるのかい?」

 ジャンはうぐっと言葉に詰まると、顔を背けた。

「デートって……俺は、お前に相応しいとは思えん」

「いや、待って待って! そういう堅苦しい奴じゃなくてさ、あ、あれだよ、ちょっと親密な遊び? いや、この言い方はいやらしいか。う~~~~~ん……」

 マヤは真っ赤になって手を振りながら、ニュアンスを伝えようとした。だが、ジャンは顔を背けたままだった。

「……俺はまだお前に嘘をついている」

「へ? ……仕事絡みで?」

「いや。個人的な事だ」

「はは! そりゃ人間だから隠してることの一つや二つはあるでしょ! 

 そういうのは嘘じゃないし、別にいいって! 言いたくないことは誰にでもあるしね。

 ただ、まあ……奥さんとか子供とか、恋人やら愛人がうじゃうじゃいるとか聞かされちゃあ、せっかくの遊びにも影が差す――」

「いやいやいや、そっちの話じゃない! 

 俺は、まあ……女性には縁が無くてな。買ったこともない」

「あ、はい」

「と、とにかく、遊びの話の返事は後でいいか? ……どうにも、こういう話に慣れてなくてな」

 ジャンはテーブルのコインを掴むと、頭を掻きながら立ち上がった。

「さ、そろそろ次の場所に行こう」

 マヤはしばしジャンを見つめると、長く息を吐いた。それからジャンの横に並ぶと、腕を絡め、胸をぐいっと押し付けた。ジャンは体を硬直させた。

「おいっ――」

 マヤは顔を真っ赤にしながらひそひそと話す。

「追手に警戒させないためには、デートを本物っぽく見せないと……」

「むむっ……まあ、そうか」

 二人はギクシャクとした動きでカレー店を後にした。

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