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その三 ソドム:ごうかなおへや

「こ、これがあたしの部屋ぁ!?」

 マヤの声に鞄をクローゼットに入れていたヨハンセンは、顔を上げた。

「お気に召しませんか? では、もう少し良いお部屋を――あ、お父様からのプレゼントはこちらです」

 ヨハンセンが恭しくクローゼットを指し示す。マヤは恐る恐る覗くと固まった。

「な……なんだこの、ひらひらのたくさんついた、たかそうなおめしものは……」

「はて、夜会用のドレスですが? 私は詳しくありませんが、高級品でしょうな」

 マヤは自分が質屋で買ったドレスを思い出していた。あれだって結構な値段だった。

 ところが、今目の前には見たことが無いくらい上等なドレスがぶら下がっている! しかも、それは自分の物だ! これを着たらホントに淑女に見えるんじゃなかろうか……。


「ふーむ、これと釣り合うジャンの服を用意せにゃ……」

「……はいっ!?」

 ヨハンセンの呟きに、マヤは驚いた声を出した。

「な、なんの話ですか?」

「へ? いや、お客様とジャンが並んで歩くのに、釣り合わんでしょう? それに舞踏会も毎夜開かれておりますし、参加するとなれば――」

「い、いや、あたしこれ着ないし! あと踊れないし! だ、大体、これって本当にあたしのものなわけ? 親父ってそんなに金持ちなの? なら、なんであたしと母さんを捨てたのさ?」

 ヨハンセンは口をすぼめた。

「お客様、僭越ながら、個人情報をそう簡単に喋ってしまいますのは……」

 マヤはへどもどしながら、すいませんと謝った。ヨハンセンは慌てて頭を下げた。

「失礼いたしました。私は何も聞かなかった……ということです。ちなみにドレスの件ですが、ふむ、ロビーでレンタルもしておりますが、こちらを御覧ください」

 ヨハンセンは奥の金庫を鍵で開けた。マヤは息を飲んだ。


「……ぎっしり詰まってるそれって――もしかして――お、お金でございますか?」

「ござ? ……ま、まあ、そのようですな。

 はい、鍵をお渡しします。ところで――あぁ、これは失礼いたしました。ジャンと一緒の部屋の方がよろしかったですか? でしたら可能ですので、どうかお気になさらずに! どれ、あいつを呼んできて相部屋に――」

「いやいやいやいや! 最初に驚いたのは、そう言う意味じゃなくて……あたしがこんなとこに泊まっていいのかな~って。あと、そのお客様ってのは、堅苦しいんで、他の呼び方に変えてもらっても大丈夫ですか?」

 はあ、と間抜けな声をだし、ヨハンセンはついで笑い出した。

「では、二人だけの時はお嬢さん、外ではマヤ様とお呼びしましょう。お嬢さん、ご心配なさりませんよう。招待状にありますように、普通のお客様でも、宿泊や飲食は無料なのです。

 まあ、私共の希望としましては、お土産や娯楽などにバンバンお金を使ってほしいですなあ」

「はあ……でも、その、バンバン使うほどのお金……あるな」


 ヨハンセンは肩を竦めて小走りに寄ってくると、ひそひそと囁いた。

「老婆心ながら……バンバンお金を使うのは止めた方がよろしいですぞ!

 若いかたは特にそういうので身を崩す! ここだけのお話ですが、ソドムには大きなカジノがありましてね、そこで各国の要人が使うお金で向こう百年はやっていけるのですよ! 

 ま、富くじが当たったようなものと思って、貯金なさるがよろしいでしょうな!」

「富くじ、ねぇ……。でも、これって、その……合法的なお金なのかな」

 ヨハンセンは頭を捻る。

「それはお父様に会ってみないことには、なんとも……。

 それまでは金庫をお閉めになっておく……というのは、いかがでしょうか?」

 マヤはそれだ、と小さく呟くと屈み、ちょっと考えてから数枚の札を取り出して金庫を閉めた。そのうち一枚をヨハンセンに渡す。

「えっと……チップって、こういう感じに渡すの?」

 ヨハンセンは微笑むと、頷いて素早く札をポケットにねじ込んだ。


 マヤは改めて部屋を見渡した。

 調度品は何もかも大きく豪華だった。ベッドには羅紗の天蓋。その横には白メノウを所々に埋め込んだ大きな姿見が置かれている。部屋の中央には大理石のテーブルに木でできた安楽椅子。ヨハンセンの説明によるとインドの名匠の作らしい。ドアの反対側は全て窓で、その向こうは広いベランダになっていた。天井には大きなシャンデリアが釣り下がっている。


 ……さっき、これよりも豪華な部屋があるって言ってたよな。ここが一般の客室なら、あたしの部屋は穀物の貯蔵庫だな……。


 そんなマヤの表情を読み取ってか、ヨハンセンは苦笑した。

「はは、いずれ慣れますよ。ここは上流階級の人が主ですが、時々一般の方もいらっしゃいましてね、皆さん、お嬢さんと同じ反応をなさいます。

 ですが、一日経てば、普通に暮らせるようになりますから。

 なんでしたら、落ち着いた雰囲気のサロンやカフェ、図書館もありますのでご紹介しましょう」

 マヤは、ほへぇと間の抜けた声を出し、なんとか調子を取り戻せないかと思案した。

「……なんか面白い――いや! 格闘技見せる場所、とかあります?」

「ありますあります! ローマの剣闘士に扮した男達の闘いを見ながら、食事できますぞ! ああ、変わったところではサムライ同士の闘いを見ながら食事を――」


 サムライ!?


 マヤは食いついた。

「それは凄い! ヨハンセンさん、それどこ! ぜひ行きたい!」

 ヨハンセンはマヤの勢いに、ほうと目を丸くし、ニコニコしながらポケットを探ると、何枚かの紙を出した。どうやら店のパンフレットらしい。

「ええっと……これだこれだ! 日本料理『まねき』。アメリカの店の二号店でしたかな」

「日本の店じゃないんだ?」

「店主は日本人でしたが、詳しい事は判りかねますな」

 ヨハンセンはコホンと小さく咳をした。

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