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その十一 ぶらり旅:幸せを求めるということ

『マヤ』

 突き刺すような声に、目を開けると、そこは既に草原では無かった。サラエボの市庁舎から四キロメートル。あの通りの真ん中にマヤは立っていた。

 体は動かない。そして後ろにはヴィルジニー、彼女が立っている。

 いつもの夢。ままならない、いつもの夢。

『マヤ、ここがどこだか覚えている?』

 だからそれは調べて、わかっている! 

『そうじゃなくてね、マヤ――』

 空気が動き、自分が振り返ろうとしているのが判った。右手の建物の窓に誰かが映る。

 全てがゆっくりと動いている。窓に映った人物は――


「いてぇ!」

 馬車が一際大きく揺れ、マヤは強かに頭をぶつけた。

「やれやれ、またぶつけたか。馬車に乗るなり寝始めやがって……。

 緊張してないのはいいことだが、涎たらしてグーグー寝られると調子が狂うぞ」

 マヤは額をさすり、うんっと伸びをした。窓を少し開けると、冷たい潮風が入ってきた。

「いやあ、揺れが気持ち良くてさ……ふわぁ……気持ちよく寝ちゃったなあ!」

 ジャンは腕を組むと生臭い息を吐いた。

「その割には、汗だくだな。嫌な夢でも見たか?」

「まあ、その……ヴィルジニーが出てきた」

「ほう。で、何か言っていたか? そいつが俺達を雇った奴だといいんだがな。俺やガンマにきた依頼書には、依頼人の名前が書いてなかったんでね」

「そんなんでよく受けたね……」

「報酬さえもらえれば、俺達みたいな連中は、細かいことは気にしないのさ」

 ジャンの懐からガンマがひょろりと伸び出てきた。

「ヲ嬢チャン、信用しちゃ――イケない。僕も彼も訳アリデ動いている。マ、僕は家を買うのが目的なんだけドね。ササイなユメさ」

 マヤが目を白黒させた。

「え! 家!?」

「僕は、ニンゲンノ、カタチをツクルコトもできるんだよ?」

 ジャンが鼻で笑った。ガンマは顔と思しき塊を作ると、それをジャンに向けた。

「オカシイかい? 思考する生物、つまり人間はみんなが幸せを追い求めるだろう? 物理的、精神的、まあイロイロあるけれども、最終テキにはみんなそうさ」

 マヤは静かに息を吐いた。

「……幸せ」

「ソウサ。思考する生物独特のホンノウ、というものがあるのなら、それは幸せを求めるってコトさ。幸せを手に入れるタメに思考が生まれタと言いカエテもいい。

 ソシテ、大体において、幸せトハ、夢をカナエルことと言っていい。

 あたたかいカテイ。

 輝かしいメイセイ。

 不滅のトミ。

 ボクの幸せハ、ソレニ比べれば些細なモノさ。

 家ヲ買い、ヒッソリと暮らすノサ……」

 ジャンは俯いたマヤを横目に、ガンマの先端を掴んで懐にしまいこんだ。

「おい、真面目に聞くなよ。

 こいつは活動に魔力が必要なんだ。古代ならいざ知らず、現在は供給するには金がかかる。だからそういうものを溜め込んでおく個人的な場所――家が必要ってだけさ。

 俺の場合は手品の小道具に金がかかる」


「……ねえ、その魔力ってのは――どういうものなの?」

 ジャンが腕を組んだ。

「簡潔に言うと、エネルギーの一種だ。

 今の科学では扱えないが確実にある力。それが魔力や霊力と呼ばれている。

 で、それを長ったらしい儀式や、遠回りな触媒、自分の才能で使う行為が、魔術や霊能力、超能力だ」

「見えないエネルギー……磁力とか、重力とかと同類かな。そう言われるとわかるかな……。

 あ、ところでヴィルジニーは何も言ってなかったよ。いつもより短い夢だったけど、場所も同じで――もうちょっとで、窓に映った人が見えたんだけど……」

「どういう意味だ?」

 そこで、マヤはいつも見ている夢を説明した。草原から始まってサラエボ事件の現場に飛ぶ。ヴィルジニーの囁き。ブラックアウト。


 マヤの話が終わると、しばしの沈黙の後に、ジャンが口を開いた。

「……街灯の所をもう一度頼む」

「街灯? ああ、ええっと、上に青白い光が揺れてるんだ。セント・エルモの火ってやつじゃないかな? 空も妙な光がうねってて、ほら、雷が鳴る前にそうなるって言うじゃん」

「……かもな」

 今度はジャンが腕を組むと俯いて、固まってしまった。マヤは声をかけようか迷い、結局、そっとしておくことにした。窓を閉め、蹄と車輪の音の合間に聞こえてくる、波の囁きを聞くうちに、ヴィルジニーの声が蘇ってくる。

『そうじゃなくてね、マヤ――』

 何が、そうじゃないんだろう……。


「残酷大公については――正確な事は誰もわからない」

 ジャンの声に再び眠りかけていたマヤは目を覚ました。

「ジャンさんも会ったことないの?」

「あるさ。だが深く関わるには危険すぎる」

「本名は? はは、まさか、残酷大公が本名じゃないよね?」

「誰も知らないんだよ。

 あれが初めて歴史に出てきたのは百三十年前だ。フランスと周辺諸国を煽って戦争を起させた。フランス革命戦争と呼ばれているな。

 幾つも偽名を使って、歴史の各所にちらちら出ている、という噂もある」

「……え? あ! ジャンさんが書いてる劇の話?」

 ジャンは髭をしごくと、じろりとマヤを見た。

「そういや、お前、グラン・ギニョルを何故知ってる? 子どもは入れないんだぞ?」

 マヤは笑った。

「あたしの村に小さな劇団が来て、『悪魔の床屋』をやったんだ!」

「……はぁ!? スゥイーニー・トッドをやったのか!? 滅茶苦茶な巡業だな!」

「はは、みんな震え上がってたよ! んで、床屋のマイタイさんが怒りだして大変だったっけ! 

 でも、あたしは気に入ったんで楽屋に遊びに行って、そこで、グラン・ギニョルを教えてもらったんだ。チラシも集めたよ! ジャンさんはどんなの書いてるの? あれかな、不倫相手の顔に硫酸かけちゃうやつ?」

 ジャンが嫌そうな顔をした。

「嬉しそうに語るなよ。刺激がほしいのは判るが、あれは実際の事件を基にしてるんだぞ?」

 マヤは、げげっと言った。

「それは知らなかったなあ……」

 嫌悪感を抱きながらも、残念そう、という複雑なマヤの表情にジャンは少し笑った。

「ふふ、まあ、劇なんてものは全部実際の事件を基にしてるもんだ。シェークスピアだってそうさ。だからまあ、お前さんが興味を持つのは当然なんだろうな」

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