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奇譚抄録  作者: 蜜杜 鶴
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あやかしの宴 02

 龍ヶ崎家の屋敷の中で妖者の声が騒がしくなったのは七月の初めからであったという。

梅雨を過ぎた温風至る頃、小暑の南風に肌が汗ばみ始めた頃だ。

龍ヶ崎家一帯を護る水神の力が梅雨の大雨に伴い、強くなりすぎた為だろうと屋敷では下女たちの格好の噂話の的になっていた。それもある。

 元より龍ケ崎家は蛟ノ裏(みずのうら)町という水の化に縁がありそうな町の中心部にあり、龍ヶ崎家こそが水神様を代々お祀りしていると周りからは言われている。とても縁があるのだ。だから、家の中で見知らぬ声が騒がしくしても水神様の眷属たちの声だと長く龍ケ崎に仕える男は一喝し、噂話好きな下女たちの下らない詮索を制して、後に黙した。

 軈て声は夜中に宴をするようになった。水神様の眷属だとは言っても夜毎騒がれたのではたまったものではない。そして声の騒がしさが増すと共に、屋敷中を小さな蛇が泳ぐようになったのだ。人を噛むことのない種族のようではあったが、小さくとも蛇は蛇。気味が悪いと家人たちが再三主に訴えた後、遂に一人娘の桜子が倒れた。そのため、町の奥に住む祈祷を生業とする陰陽師まがいの婆から退魔師を紹介してもらったのが夏を飛んで、文月に差し掛かろうという処暑。天地始粛(はじめてさむし)の頃である。

 夏を越えたおかげか、一人娘の体も快方に向かい今では家の中であれば自由に歩き回れるほどになった。夏中、家の中で過ごした所為か一人娘の肌は色白よりかは青みがかったような白さになり、日に何度も水浴びをして肌が乾くのを嫌うようになった。

 医者連中はご令嬢の体は健康そのものだと口を揃えて言うが、娘の嗜好も昔とは変わってしまい夜などは瞳孔が縦に開くようになり、これはいよいよ人の領域ではないと退魔師・九曜の元に駆け込んだのは、文月もだいぶ進んだ秋分の最初、雷乃(かみなりすなわち)収声(こえをおさむ)頃である。



「夜中にそれらが騒ぎ始める、と?」

「はい。きっと龍ヶ崎に恨みを持つ者が送り込んだ忌まわしき念の所為に違いありませんわ!」


 九曜の前で拳を握りしめて力説する夫人が今回の依頼主、龍ヶ崎夫人こと龍ヶ崎松子である。

 小紫色に松竹柄の着物で白地に梅柄刺繍の丸帯を締めた、まだ三十前半に見える夜会巻きの女。夫人は九曜らが屋敷の客間へ通されると直ぐに娘の桜子を連れ、姿を現した。

 桜子も母に負けず劣らず紅梅色の美しい柄の着物を着て、玉子色の兵児帯を締めて、黒く艶やかな髪を肩下で真っ直ぐに切りそろえていた。

 但し、彼女の肌は九曜の元に来た手紙にあったように青白く、肌が乾くのかしきりに肌の乾燥具合を確かめて、出されたお絞りを肌に当てていた。

 夫人は九曜らに挨拶もそこそこに家中で目に視えない者たちの声が騒がしく、夜毎宴を繰り広げる怪異をまるで選挙活動中の政治家も顔負けの口ぶりで猛々しく語りだした。

この松子夫人、少々気丈な性格のようである。

 夫人が九曜に今回の依頼内容を話している間、桜子は何度も出された水を口に含み体内の乾きも潤していた。桜子が飲み終えると家の者が下げて、すぐに次の湯呑が出てくる。それもまたすぐに飲み干してしまう、というのを何度も繰り返していた。肌をお絞りで湿らせながら、出された水を飲み続ける桜子を時雨は微笑んだ面でも着けている顔で見つめていた。張り付いた笑みの不審な客人を目の前にしても、桜子は気にも止めていない。体を潤す事に集中しているようであった。そこへ真っ白い生物が顔を出す。

 ―――にょろり。

 部屋の中を白い蛇が一匹通り抜ける。真朱色の硝子玉のような瞳だった。

 客間の机を挟み、話し込む大人二人を他所に時雨は目の前で蛇が己の膝の上を通過しようと、表情を一切変えず眉をぴくりともさせずに居た。白蛇は一度首を擡げて時雨の方を見たが、すぐに興味を失ったのか体を床に泳がせた。白蛇が桜子の元に行くと、やっと桜子は肌を湿らせる事をやめて目の前に座る時雨へと視線をあげた。桜子の少しかさついた腕の皮膚に白蛇がすり寄っていき、何事かを桜子に囁いたような素振りを見せた。

 桜子が時雨の張り付いた面のような顔を見て、くすりと嗤った。


「あなた生きてるの?まるで御人形のようだわ」


 桜子の不躾な言葉もその視線も気にせずに出された茶をぐい、と飲む時雨。

 夫人は自分の娘の突拍子もない言葉に溜息を吐き、何事にも動かされない時雨に九曜は苦笑した。夫人は小さい白蛇が床を泳いでも、娘の元にすり寄っても、慣れてしまったのか視えていないかのように無視した。白蛇は桜子には寄っても、同じ血を持っているはずの夫人には寄り付かないまま、しゅるり、しゅるりと床を泳いで襖の影へと消えていった。


 ―――この家の者は蛇に慣れているのだろうか?


 不思議に思うがこの家は水の化に縁のある血筋だと、行きの道すがら九曜が言っていた。水と蛇は親しいものである。縁のある家なら蛇も出ようか、と時雨は考えるのを止めた。

 娘の言動には大して咎めもせず、溜息混じりに夫人は桜子に「時雨さんにこの屋敷を案内してさしあげなさい」と桜子を立たせた。

 娘の突拍子もない言葉に邪魔されぬように、夫人は子供二人を人払いの如く部屋から立ち去るように告げた。夫人は真剣なのだ。この怪異を早く何とか納めなければ町中に怪異と娘の噂が広まってしまう。そうすればこの龍ヶ崎の家の名を汚す事になるだろう。


「はい、お母様。どうぞ此方へ、ご案内致しますわ」


 桜子はにこり、ともせず時雨へ視線を向けた後すぐに部屋を辞した。時雨も桜子の後を追い部屋を出た。二人が出て行くのを見送ると、大人二人はまた怪異の話を始めた。





あやかしの宴、続きです。

セリフなどは読みやすさを考慮して態と改行してます。できればギッチギチに詰めて書きたい…。

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