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夢の木坂公園

作者: ky


 俺はベンチに座っている。

 足元の吸い殻を足で一箇所にまとめてみる。最後に喫った一本の先端はまだ燃え続けている。煙が立ち上がってくる。

 平日の昼間の公園はだるい。緩い角度で落ちていく死みたいなものだと思う。物凄く時間がかかるやつだ。空いたベンチの方に置いたコンビニの袋からコーラを取り出す。缶についた水滴の不快な温さにしぜんと指先だけで持つようにする。タブを開けて一口飲む。

 俺は耳をすます。重なった蝉の鳴き声が聞こえる。木が立っている。向こうのビルが隠れるくらい緑が繁っている。その隣には「犬の糞お断り」の文字と筆で×を描き殴った四角い看板。故郷の田んぼ道の近くに林があった。その側に立っていた看板を思い出す。あれは「犬の糞」の文字と×だけだったはずだ。「お断り」はなかった。どうでもいい。

 周りを見渡しても動くものが何一つない。木の影が動き出しそうに思える。ゆっくりやってくるのだ。視界の右のほうで動くものがあった。目だけ動かして見てみる。老人が公衆便所から出てくる。

 目をそらして、俺は頭を伏せる。ズボンのポケットからタバコを取り出す。パックのセロファンに湿気で水滴が浮いている。気色が悪い。一本を取り出し咥えて、ライターの火をつける。太陽のせいで火が見えにくい。ライターの青い炎をタバコに近づける。細く立ち上がっていく煙が顔の周りで漂っていて、視界が霞む。舞い上がりながら広がっていく。気づいたら、いつのまにか消えている。

 Tシャツの背中がベトつく。暑い。老人はどこへ行った? 老人はいない。他に誰もいない。俺がベンチに座って2時間、公園にやって来た奴も出て行った奴もいない。ここからは見えない遠くの方で、道路を走る車の音が微かに聞こえてくる。蝉は鳴くのをやめたらしい。

 出入り口の方を見る。道路の向こう側が振動しているみたいに陽炎が立ち昇っている。リアルの残像。現実すら脅かすフィクションってやつか。そんなものはないはずだが。少しずつ視線を手前にやっていく。その度に消失と発生を繰り返す。アナログ時計を見て一瞬秒針が止まったように見えるのに似ている。白昼夢と蜃気楼、公園が夢をみている。くだらないポエムだ。俺はタバコを地面に落として、俺は靴で踏んで火を消す。先端から葉がばらけて砂と混ざる。

 ベンチに背中をあずけると視界が広がって右隅の公衆便所の陰から何かが這い出てくる、気がした。目を凝らしても何もなかった。

 明日の予定はどうするか。職安か。日雇いか。どうする。目を閉じると眩暈がしてきた。座ったまま倒れ落ちる…というのも、ある。俺は足元のぬるいコーラを取って、飲んだ。俺の座っているベンチの下には地下鉄が通っているはずだ。急になぜかそんなことを思う。みなさん、ご苦労様です…ってか? 羞恥で耳の縁が熱くなる。

 顔を上げると、木と俺の直線上に緑色の何がある。いる。目を細めて焦点が合わす。夥しい数の極小の突起物で覆われた何かなのがわかる。検討がついてくる。深緑の皮膚に太陽の光が反射している。横を向いてブヨついた腹を俺に見せてくるそいつの目はイカれた奴の目をしている。俺を見ているようで、俺の脳天を通り越した遠方を見ている目だ。夢へのアプリケーションに頭をやられて現実ってやつが見えてない。全て俺の取り越し苦労で物凄い迂回の果てに、結果俺を見ているのかもしれない。そいつはイグアナだ。幻覚か? 俺のふやけた頭がフィクションをこしらえ始めたのかもしれない。

 しばらく見ていても微動だにしない。フィギュアか、とも思う。いや、合成樹脂やゴムには出せない生物が醸し出す独特の気配がある。何年か前、バイトの同僚Kと秋葉原のゲーセンに行って、Kはフィギュアを取るためにUFOキャッチャーで5千円ほど使っていたのを思い出す。俺は隣でKがやるのを見ていた。台にはKが飲んでいたスプライト350㎖缶が置いてあったはずだ。ディテールが不確定な現状を揺るがす。それが後にサルトルをやらかすことに繋がる。そうなるとジ・エンドだ。実存主義は悲惨だ。ゴーストにはディテールを掘る作業自体が命取りになる。フィギュアを取れたどうかは思い出せない。Kの下の名前も思い出せない。いまアイツは何してるんだ? 俺は平日の真昼間、公園でイグアナを見ている。陽炎に幽閉されたイグアナ。

 砂を踏む音が聞こえてきて、そっちに顔を向ける。だが、すぐにイグアナに戻す。さっきの爺さんだ。靴底のゴムと砂の擦れる音が近づいてくる。俺は煙草に火をつける。影が俺に降りかかってくる。目を向けると爺さんがすぐそこにいた。

 「お兄さん、空いてる?」

 爺さんはベンチを見てから俺を見てくる。

 俺は頷く。コンビニの袋とコーラの缶を左に移す。俺も少し移動した。

 爺さんが座る。フィルターまで燃え尽きたタバコを俺は指に挟んだままやり過ごす。俺がこの2時間で作った吸い殻の山は、俺と爺さんのちょうど中間地点にある。顔は正面を向けたまま視界を右にずらすようにする。爺さんは前方を見ているのがわかる。イグアナの方だ。アンタにも見えるのか? 俺はタバコを持った右手を徐々にベンチの下にやる。親指の腹と人差し指の爪でタバコを挟む。俺は正面を見たまま、視界の隅で爺さんを捉えている。

「爺さん、あれ見えるか?」

 と同時に俺は吸い殻の山に向けて人差し指を弾く。空かさず爺さんが、

「イグアナか?」

 見えるのは俺だけじゃなかった。崩れたタバコの残骸を俺は見る。

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