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本日2回目の更新です
最初は何ともなかったのだけど、マップに表記される穂高の家が近づくにつれて、少しずつ緊張してきた。
考えてみれば僕が最後に女子の家に遊びに行ったのは何年前なのか、とんと思い出せないのだ。
小学校低学年のころなら、もしかしたら行ったかもしれない……それくらい久しぶりだった。
だけど今さら逃げ出すわけにもいかなかった。
先生に何を言われるか分からないという理由ももちろんあったのだけど、昨日の穂高さんの様子が強く脳裏に焼き付いていた。
何事もなければいいのだけどと本気で思っていた。
昨日は深く考えなかったのだけど、今日休んだところを見ると実は大したことないという可能性は低いのだろうから。
僕がたどり着いたのは住宅街の一区画で、門と玄関の入り口が一メートルもなさそうなこじんまりとした印象の家が並んでいた。
そのうちひとつ、ネズミ色の壁と黒い屋根の家の表札に「穂高」と出ているのを見つけた。
意外と早く見つけることができて、正直ホッとしたながらインターホンを鳴らした。
「はい?」
落ちついた女性の声が出たので、用意しておいた答えを言った。
「穂高摩耶さんのクラスメートで、鈴成と申します。担任の坂木先生に頼まれて、プリントを持ってきました」
「ちょっと待ってね」
女性の声がそう応じると、すぐに玄関のドアがガチャリと開いて、四十歳くらいのクリーム色の服を着た中年女性が顔を見せた。
遠目から見た覚えがある穂高さんのお母さんだろう。
彼女の方も僕を見て一瞬「おや?」という顔をしたので、もしかしたら何となく覚えられているのかもしれない。
「これどうぞ」
僕としてはプリントを渡してすぐに退散するつもりだったのだけど、そうは問屋が卸さなかった。
「どうもありがとう。せっかく来てくれたのだし、お茶くらい出すわ。中へどうぞ」
お母さんはそう言って僕を誘ったのである。
できれば断りたいのが本音だったけど、あいにくとそんな勇気もなかった。
「お邪魔します」
仕方なく家の中に入ることにした。
僕が案内されたのは狭めの廊下をまっすぐ歩いた先にあるリビングだった。
お母さんは僕にお茶を出しながら言った。
「今、摩耶が来ると思うので、ちょっと待ってね」
「はい」
穂高さん、起きて来れるのか。
じゃあそこまで深刻じゃなかったのかな。
といったことを思いながらガラスのコップに入った麦茶に口をつけた。
ひんやりとしていて、ここまで歩いてきた僕にはとても美味しく感じられた。
お母さんは僕の前の椅子に座り、何だか疲れたような顔であさってのほうを見ていた。
はっきり言ってとても気まずい。
初めて話をした大人の人と共通の話題なんて持っているはずがなかった。
だからと言って穂高さんのことを尋ねるのも何だかためらわれた。
せめて穂高さんが男子だったら質問くらいはできたと思うのだけど、女の子のことを詮索しているように誤解されるのは、気恥ずかしくて仕方なかった。
本当のところはそこまでじゃなかったのだろうけど、僕にとっては気が遠くなりそうなほどの時間が過ぎてスリッパの音とともに穂高さんがやってきた。
「こんにちは。どうもありがとう……って鈴成君?」
彼女は何故か不思議そうな声をあげた。
もしかしてお母さんは「クラスメートが来た」としか言ってなかったのだろうか。
そう思いつつ、あいさつをしようとふり向くとピンク色のパジャマが目に入ってきた。
「やだ、お母さん、何で鈴成君だって教えてくれなかったの?」
穂高さんは恥ずかしそうに両腕で前を隠しつつ、抗議の声をあげた。
同い年の女の子のパジャマ姿を思いがけぬ形で見てしまってポカーンとした僕も、彼女の声を聞いてあわてて目を逸らした。
目に毒だし、本人が恥ずかしがっているものをじろじろと見る勇気もなかった。
「いやー、だってまさか男の子が来るだなんて思ってなかったもの。てっきりクラス委員の女子かと」
全くもって同感なのだけど、この場合説明になっていない。
もちろんわざとだろう。
穂高さんはあきらめたような声を出した。
「着替えてくるから、鈴成君ごめんね」
彼女はそう言い残しゆっくりとスリッパの音が遠ざかっていった。
いったいどうしてこんなことをしたんだろうと思い、お母さんを見てみるとどういう事情があるのか、悲しそうな顔をしていた。
てっきりいたずらが成功したという表情になると思っていたので、意外すぎて印象に残った。
……今思えば、この時すでに兆しは見えていたんだよなぁ。
僕の視線に気づいたお母さんはハッとなって無理やり表情を取り繕った。
そして聞いてきた。
「うちの娘とはどこまで進んだの?」
「え、いや、まだ何回か図書館で一緒になっただけで」
不意打ちを食らってしまい、僕はオロオロとしながら話した。
「図書館で?」
一歩踏み込んだ問いに対して、正直に答えた。
何もやましいことをしていないと、釈明しておきたい気分だった。
「ええ、実は僕もミステリー小説が好きでして」
お母さんならば娘の好きなものくらい百も承知だろうと判断して言う。
「ああ、そうだったの」
どうやら一瞬で理解できたらしい。
「あの子もミステリーが好きでねえ。話ができる子と会えてよかったわ」
というお母さんの表情は切なくて、さすがに変だと気づく。
そして僕の表情に気づいた彼女は笑顔を浮かべて頼んできた。
「あの子と仲良くしてあげてね。あの子、体が弱くてあまり友達ができなかったから」
「はい」
そうなんだろうなと思いつつ、それだけでさっきの表情になるんだろうかと疑問に思った。
ただ、想像だけであれこれ尋ねる気にはなれず、言葉を飲み込んで穂高さんを待った。
「お待たせ」
着替えた穂高さんは水色のブラウスにクリーム色のパンツだった。
顔色があまりよくないのはやはり病気のせいだろう。
「大丈夫だよ。はい、これ」
せっかちだと言われそうだったけど、早めに用件をすませておきたかったのでプリントを差し出した。
「ありがとう」
にこりと笑って受けとる彼女は可愛らしかった。
「じゃあ僕はこれで」
ようやく帰れると思って立ち上がった僕を、お母さんが呼び止める。
「あら、せっかく来てくれたのだし、もう少しゆっくりしていってもいいじゃない? お菓子でも出すわ。気が利かなくてごめんなさいね」
えっと思ったけど、穂高さんもじっとこちらを見ながら、
「もし、鈴成君が迷惑でなかったらだけど」
と言ってきた。
こうなってくると僕の性格じゃ断り切れなかった。
仕方なく椅子に再び腰を下ろすと、穂高さんはホッとしたようだった。




