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6

 翌日、僕の心配は当たっていて穂高さんは欠席だった。


「休み、多くない?」


「体が弱いのかな」


 ひそひそ声がクラスで起こった。

 何回めか数えてみないとはっきり分からないくらいだから無理もなかった。

 ホームルームが終わるとなぜか担任の坂木先生に呼ばれたので、廊下へと出た。


「お前、昨日穂高と一緒だったんだろう?」


 いったいどこで情報を仕入れてきたのだろうと不思議だったのだけど、否定する理由もなかったので認めた。


「はい。図書館で一緒になって、校門まで並んで帰りました」


 どうしても気になったため、確認してみた。


「それがどうかしましたか?」


 坂木先生は笑って僕の心配を否定した。


「いや、俺はたまたまお前らが歩いていくところを見ただけなんだ」


「はあ」


 だからどうしたと言うんだろう。

 先生の思惑はさっぱり分からなかった。


「お前ら仲がいいのか?」


 先生は笑みを消してじっとこちらを見つめてきた。

 そうするとものぐさで事なかれ主義な中年男性という印象が消えた。

 隠しごとは許さないと言わんばかりだけど、そもそも隠すような内容が何もなかった。


「……どうなんでしょう。図書館で会って、同じミステリー小説好きだと分かって、たまに話をするくらいです」


 果たしてこれくらいの関係を仲良しだと言えるのだろうか疑問だ。

 僕の言葉を聞いた先生は「へええ」と声に出してから告げた。


「好きな小説のジャンルが一緒なのか。それだったら一回くらい見舞いに行ってやったらどうだ?」


「えっ?」


 好きな小説が一緒なだけのクラスメートの見舞いに行くのって普通なんだろうか。

 とてもそうは思えなかったので、先生の真意を探ろうと無精ひげが生えた顔をじっと見つめる。

 先生の顔に感情らしき感情は見つけられなくて、僕なんかじゃ何も分からなかった。

 ただ、どうやら本気で言っているらしいことだけは何となく伝わってきた。

 

「本気ですか、先生?」


 それでも確証がほしかったので問いかけた。


「ああ。穂高は友達作りに苦労しているみたいだしな」


 たしかに彼女がクラスメートと話をしているのはあまり見た覚えがない。

 休み明けにクラス委員の女子に話しかけられたりはしているみたいだけど、それ以外は誰と話していたのだっけというレベルだ。


「見舞いに行くのは女子のほうがいいのでは?」


「何だ、行くのが嫌なのか?」


 次の疑問に対して先生は眉をひそめた。

 どうやら誤解されているらしいと気づいため、訂正しておこうと思った。


「いえ、そうではないのですが、女子って男子に見舞いに来てもらって平気なんでしょうか? と言うか部屋に入れてもらえるのですか?」


 僕だったら男子はともかく、女子を部屋に入れたくないと思う。

 女子のほうは平気だったりするのだろうか。


「ああー、そうか……」


 先生は今気づいたというように顔をしかめた。

 先生も男なんだから女子の気持ちは想像しにくいのは仕方ないよね。

 

「だが、穂高は喜ぶかもしれないだろ。行くだけ行ってみたらどうだ?」


 何だかやけにしつこいな。

 先生の態度に僕は疑問を持った。

 どうしてクラス委員の朝村さんに頼まないのだろうか。

 どうして僕を見舞いに行かせることにこだわるのか?

 ただ、聞くのが正直怖かった。

 なぜと言われても上手く説明できない。

 だから譲歩することにした。


「えっと、いつ行けばいいのでしょう?」


 僕がその気になったことに先生は気をよくしたのか、表情を和らげて言った。


「早いほうがいいだろう。今日あたりどうだ? プリントとか必要なもの、用意しておくから」


 ここまで来て拒否は許されないだろうなと思ったので素直に返事をすることにした。


「分かりました。でも、僕は穂高さんの家は知りませんよ」


「住所は教えてやる。スマホは持っているか?」


 先生が何を言いたいのかこの時点で理解できた。

 確かに住所さえ分かっていれば、後はマップ検索で行き方を調べることもできる。

 ただ、素直に答えていいものか迷う。

 スマホを持ってくること自体は校則違反じゃないんだけど、電源は切っておかないといけないのだ。

 僕が困ったのを察したのか、坂木先生は薄く笑った。


「別にかまわないぞ。俺の指示で行動しているんだから。他の誰かに見つかっても、俺の言う通りにしているだけだと言っていい」


 責任は先生がとってくれるなら怖いものなしだ。

 

「分かりました。そういうことなら……」


 僕はズボンの前ポケットから青色のスマホを取り出して電源を入れた。


「お? お前、本当にちゃんと電源を切っているのか。えらいぞ」


 坂木先生は意外そうに褒めてくれた。

 褒められて悪い気はしないけど、僕は真面目と言うよりは小心者なんだ。

 校則は守らなきゃいけないって考えているわけじゃなく、見つかったら没収されるから嫌だという気持ちが強い。

 でも、あえて言う必要はないだろう。

 軽くお辞儀をして先生の言葉を受け止めた。

 

「だけど、住所を教えるのは放課後にしよう。その時にプリントも渡す。悪いがもう一度電源は切ってくれ」


 そう言うことは先に言ってほしいなと思ったものの、態度に出さないように気をつけた。


「すまんが放課後、教室に残っていてくれるか」


「分かりました」


 いつまでも教室にいたくないけど、これは仕方ないだろう。

 特に予定が入っているわけじゃないし、今日は穂高さんは休みなんだし。

 誰かに見られたいわけでもないから、誰にも会わないことを祈っておこうと思った。

 放課後のことで頭がいっぱいだったせいか、今日の時間の流れはいつもよりも早く感じられた。

 最初は教室の中で先生を待っておこうと思ったのだけど、教室の掃除当番の邪魔になりそうだったから外に出た。

 特にすることがない上に先生はすぐに来てくれなかったので、仕方なくぼんやりと廊下の窓から外の景色をながめていた。

 教室の壁にもたれかけていると通りがかる人の視線が痛くなってきたため、仕方なく窓の近くへと移動した。

 奇異の目で見られることに変わりはないだろうけど、この位置ならばあまり視線を意識しなくてすむからだ。

 たっぷり二十分くらいは待たされて、ようやく坂木先生は姿を見せた。


「遅くなってすまんな」


 あまり申し訳なさそうじゃない表情で、先生は右手をあげて謝った。

 それから左手で持っていたプリントを数枚僕に差し出した。

 

「これを渡してくれ。よろしく頼む」


「はい」


 返事をしつつ先生の目をじっと見つめると、先生はくたびれたグレーの背広のポケットから小さなメモ用紙を取り出す。

 

「これが穂高の家の住所だ」

 

 電源を入れて住所をマップ検索アプリに書き込んでタッチした。

 表記された場所を見て、僕の家からそこまで遠くない事実に目を丸くした。


「もういいか?」


 ずっとメモを差し出しているのが辛くなったのだろう。

 先生は僕の返事を待たずにメモ用紙をしまってしまった。

 

「穂高の親御さんには、今日人をやると伝えてあるから、親御さんが何とかしてくれるだろう」


 ちゃんと段取りをしていてくれたらしい。

 もしかしてそのせいで来るのが遅れたんだろうか。

 そうだとすれば納得できるので、待たされていたモヤモヤはすっと消えてしまった。

 

「それじゃ頼んだぞ」


 念を押すように言った先生に頭を下げ、僕は下駄箱を目指した。

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