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日曜日も学校の図書館に行ってみたのだけど、やはり穂高さんは来ていなかった。

 もしかして土日は来ないのだろうかと思った。

 それとも午前ではなく、午後に来るのだろうか。

 すっかり彼女のことで頭がいっぱいになっていることに気づき、自分で自分が信じられなかった。

 ……この時はまだ同じ趣味の友達ができた喜びが原因なのだと、かなり本気で思っていた。

 月曜日になっても穂高さんは学校に来なかった。

 体調不良で欠席すると親御さんから連絡があったそうだ。

 まだ四月なのに二回目の欠席だなんて、体が弱いのだなと僕は単純に考えた。

 それ以上は何も考えなかったのだ。

 その日はぼんやりと一日を過ごし、図書館に日曜日読み切った本を返却した。

 新しい本を借りるかどうか少し迷ったものの、借りることにした。

 ここで借りておかないと穂高さんに会えない日は借りないというルールが自分の中で生まれそうだったからだ。 

 幸い、この図書館にはミステリーがけっこう置かれている。

 おかげで借りる本に困るのはしばらく先になりそうだった。

 カウンターに座る図書委員の人は土日月で全員別の人だった。

 実のところ当番がきちんと機能しているのは驚きだった。

 中学校の頃は二、三人くらいで当番を回しているのが明らかだったからだ。

 この高校ではやる気ある人が多いのだと思うと、何だかうれしくなってくる。

 それだけ本が好きというのは僕の学校生活においては少数派だったのだ。

 こんなことでうれしいのだから我ながら単純すぎる。

 この日は何となく下校時刻まで本を読み続ける気にはなれず、早めに帰宅した。

 出迎えてくれた母はじろじろと見てから言った。


「あんた、今日は何かよくないことあったの?」


 母の勘ってやつは鋭すぎだろうと抗議したかった。

 必死に動揺を隠しながら聞き返す。


「そんなことないけど?」


 声が上ずらなかったし、顔もひきつったりしなかった。

 自分をほめてやりたいと思ったくらいだ。


「ふうん」


 母は納得したわけではなかったようだけど、問い詰める気もなかったらしい。

 追及が来ないのを確認して僕は手洗いとうがいを済ませてから部屋に戻った。

 

「穂高さんが来なかっただけで落ち込んでいたのか?」


 誰もいない自分の部屋だからこそ、思わず疑問を言葉に出した。

 ははは、まさかというのが正直な反応だった。

 笑いをひっこめると何だかばかばかしくなってきて、制服を脱いで私服に着替える。

 そして借りてきた本を鞄から取り出さず、ベッドの上に仰向けになって寝転がった。

 天井には蛍光灯以外何もない。

 中学のクラスメートなんかは好きなアイドルのポスターを貼ったりしているようだけど、僕の部屋に貼ってあるのはカレンダーくらいだ。

 寂しいと思ったことはなかった。

 しばらくぼんやりとしていたものの、何となく落ち着かない気持ちになって体を起こした。

 そして鞄から教科書とノートと筆記具を取り出して宿題をすませることにした。

 宿題をやっていてテストでひどい点数を取らなければ、両親はうるさく言わずある程度自由にさせてくれる。

 まじめに宿題をやってテスト勉強もそれなりにやるのは、何も言われないための防衛策のようなものだ。

 勉強を済ませるとひと息入れたくて、下に降りてお茶を飲む。

 小腹がすいたのでチョコレートを摘まんだ。


「晩ご飯はちゃんと食べなさいよ」


 気づいた母は一言言っただけである。

 出されるご飯をしっかりと食べ切ってさえいれば、間食のタイミングや量は自由というルールだった。

 

「うん、分かっているよ」


 もちろん食べられないとルールが変更されてしまうため、ヘマをしないように注意している。

 部屋に戻って読書に専念しよう。

 たまには本格ミステリーではなく「ゆるミス」と呼ばれているものを楽しむのもいい。


 火曜日、いつもよりもやや遅めに教室に入ると穂高さんはすでに投稿していた。

 数日見なかっただけなのに何だかほっとした。

 そしてそんな自分に驚くというありさまだった。

 彼女と話すようになってから、どんどん新しい自分を発見しているような気分だ。

 彼女はいつものようにひっそりと本を読んでいるのではなく、眼鏡の女子に話しかけられていた。

 確かあの子は委員の朝村さんだ。

 真面目で責任感がにじみ出ている顔立ちと黒いおさげ髪はとてもよく似合っていた。

 彼女なら立場的にも性格的にも、休んでいた穂高さんに話しかけているのは当然だった。

 ひとり納得して席に着き、先生がやってくるのを待った。

 学校の授業というものは退屈なのだけど、居眠りをしたり他のことをする勇気もなく、大人しく耳を傾けていた。

 大半のクラスメートたちはそうなんじゃないかと勝手に思っている。

 真面目なタイプの子たちはきちんとノートをとっているようだけど。

 ぼんやりとした一日を過ごし、掃除当番をすませると図書館へと向かった。

 借りていた本を返却し、新しく本を借りていつもの場所へ行ってみると穂高さんはいなかった。

 少しがっかりしながらも、彼女の定位置の斜め前に座って本を読むことにした。

 穂高さんがいる時とは違い、今日は時の流れが遅く感じられた。

 そんなわけがないのに。

 どうしてそう感じるのか考えるとかなり恥ずかしいので、何も考えずに読書に集中しようと努力した。

 なかなか難しいものだと思い知ることになった。

 いったいどうしてこんなことになっているのだろう。

 僕は自分の身に何が起こっているのか、よくわかっていなかった。

 ……この時はまだ。

 水曜日の放課後、穂高さんは図書館のいつもの場所で本を読んでいた。

 彼女の姿を見た時、形容しがたい感情が僕の心の底からこみあげてきた。

 そしてそれに気づくと同時に、何だかとても照れくさくなってしまった。

 しばらく迷った末、何でもないようによそおって彼女の斜め前に腰を下ろす。

 椅子を引く音で顔をあげた彼女と視線がぶつかった。


「あれ、穂高さん?」


 せいぜい驚いたふりをしようとしたけど、上手くやれた自信はなかった。


「あら、鈴成君?」


 彼女が目を丸くしていたのは真実だろう。

 彼女が手にしているブックカバーを見て尋ねてみた。


「今日はどんな本を読んでいるんだい?」


「そして誰もいなくなったよ」


「えっ?」


 彼女の回答が意外すぎて僕は思わず声をあげてしまった。

 クリスティーのそして誰もいなくなったはかなり有名な作品じゃないか。

 ミステリー小説好きなら、とっくに読んだことがあるものだと思い込んでいた。


「実はまだ読んだことなかったのよ」


 彼女は僕の驚きが理解できるのだろう。

 ばつが悪そうな顔をして説明してくれた。

 

「そうだったんだ」


 まあ有名作品はあえて避けるって可能性はなきにしもあらずかな?

 彼女がそういうタイプだとは思わなかったのだけど、納得できないような理由でもなかった。

 

「まあ僕も読んでいない有名作はあるからね」


 あまり驚きすぎても感じが悪いかと思い、理解を示してみた。


「そうでしょ?」


 彼女は共感してもらったのがうれしそうに微笑んだ。

 

「ああ。ヴァン・ダインやエドガー・アラン・ポーはあまり読んだことがなくて」


「ええ? そのふたりを読んだことがないのっ?」


 今度は彼女が驚く番だったようだ。

 そろそろそんなにいない周囲の人からの視線が厳しくなっていたので、僕らふたりは首をすくめて無言で謝った。

 さすがにこれ以上話すのは気まずくて、僕から話しかけることなく手に持った本に意識を向けた。

 今日は集中できてスラスラと読めた。

 

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