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 連絡があったのは深夜だった。

 おばさんからよければ会いに来てほしいというメッセージと、入院先の病院が書かれていた。

 朝起きてそれを確認した僕は、病院の住所を調べてみた。

 自転車で何とか行けそうな距離だった。

 母さんに頼めばあるいは車を出してもらえるかもしれない。

 だけど、そうしたくはなかった。

 学校にも行く気分ではなかった。

 とうてい勉強や体育どころではないからだ。

 だけど、母さんに何と言えばいいのだろう。



 悶々としていると、その母さんが様子を見に来た。


「今日学校どうする?」


「……行きたくない」


 どうするのかって聞かれてしまったので、つい正直に答えてしまった。

   

「……連絡はあったの?」


 母さんのこの問いにうなずいた。


「意識が戻ってなくて、覚悟してほしいって言われたんだって」


 メッセージに書かれていたことを、震える声で告げた。

 考えたくもない、いつか来ると言われていた日が近づいていると思わされることを。

 

「そう」


 母さんは僕がなかなか起きてこなかった理由を察知しようだった。


「今日は休んで、お見舞いに行ってもいいわ」


 ところが次に言われたことは、僕の予想を裏切っていた。


「えっ?」

 

 思わずまじまじと見つめると、母さんは哀しみをたたえた目をしながら口元をふっとゆるめた。


「でも、今日だけよ」


「あ、ありがとう」


 気が変わらないうちに礼を言った。

 今日だけでもいいから、彼女のそばにいたかった。

 それが自分の本心なのだとようやく気付くことができた。

  

「ご飯を食べたら行って。何なら車を出そうか?」


 この申し出は静かに遠慮しようと思ったけど、やっぱり受け入れることにした。


「うん。頼んでいいかな」


「あら、やけに素直ね」


 母さんは断られると思っていたのか、目を丸くしていた。


「うん……一秒でも早く会いたいから」


「ごちそうさま」


 別にのろけたわけじゃなかったんだけど、そんな返答をされて困ってしまった。

 母さんなりの気遣いか何かだろうと思えたので、そんなつもりじゃないと癇癪を起こすのはよくない気がした。

 そこであいまいな笑みを浮かべるだけにしておいた。

 ご飯、味噌汁、卵焼き、鮭の塩焼きを流し込むように食べ終え、早々に出発した。

 車の中で「今から行きます」と彼女のラポールにメッセージを送った。

 摩耶ちゃんの意識が戻るかどうか分からないけど、おばさんはチェックしているだろうからだ。

 車で行けば十分もかからない距離なのかもしれないが、三十分にも一時間にも思えた。

 移動中何も言わなかったし、母さんも無言だった。

 母さんが大きな病院の時間外出入り口の近くに止めてくれたので、すぐに駆け込むことができた。

 受付の人は怪訝そうで不審そうな反応をされてしまったけど、エレベーターできたおばさんのおかげで何とかクリアできた。

 

「摩耶ちゃんはどうですか?」


「……寝てる。離れたところにいる親戚にも連絡を取ったわ」


 この回答が何を意味しているのか、いやでも分かってしまい、胸が痛かった。

 

「鈴成君が来てくれてよかった。きっとあの子も待っていただろうから」


 おばさんは「学校どうした?」なんて野暮なことは聞かなかった。

 余裕のなさがじわじわと伝わってきた。

 病室は個室で、中に入ると機械の無機質な音が聞こえてきた。

 摩耶ちゃんは目を閉じたまま、人工呼吸器を使われていた。


「摩耶。鈴成君が来てくれたよ」


 おばさんが声をかけると、摩耶ちゃんの腕がぴくりと動いた気がした。

 

「分かるのでしょうか」


 小声で聞いてみると、おばさんはこくりとうなずいた。


「どうもそうみたい」


 僕らが彼女に向き直ってみれば、彼女の目元にはうっすら涙がにじんでいるように見えた。

 僕が来たことを喜んでいてくれるのならいいのだけど。

 

「手を握ってもいいですか?」


「ええ」


 僕は十分気を付けながらそっと彼女の手を握った。

 覚悟はしていたけど、ドキッとするくらいに彼女の手は冷えていた。

 もう一度目を覚ましてほしい、僕の命を分け与えたい。

 そんな気持ちを込めて手を握り続けていたものの、むなしく何も変わらなかった。

 やがて生命維持装置が停止した。


「ああ……」


 おばさんの万感のこもった声が遠くで聞こえた。

 看護師さんと先生はほどなくしてやってきた。

 おばさんに促されて僕は一度病室の外へ出た。

 ぼうっと廊下の向こうの窓の外の景色を見ていたが、全てがモノクロに見えた。

 やがて音を立ててドアが開き、先生たちが出て行った。

 最後に出てきたおばさんは目が赤くなっていたけど、泣いてはいなかった。


「鈴成君。来てくれてありがとう。きっと、あの子はあなたを待っていたのね」


 ……確かにそう考えられるようなタイミングだった。

 ただ、僕はもう少し遅く来ていれば、彼女はもっと生きていてくれたのかな、なんてことを考えてしまった。

 

「ここはもういいわ。本当にどうもありがとう」


 おばさんは深々と頭を下げた。

 何が何だかよく分からないけれど、とりあえず帰れと遠回しに言われているらしい気配を感じ取った。

 もっと摩耶ちゃんのそばにいたいけれど、おばさんにこう言われてしまえば粘る勇気もわいてこなかった。

 フワフワとしている感覚のまま病院の外に出ていった。

 そこでようやく母さんに連絡をとったほうがいいと思いついた。

 しかし、母さんの電話番号を思い出せなかった。

 登録してある番号の呼び出し方すら、とっさに出てこなかった。


 頭を働かせるのが億劫で、そのうち見つかるだろうと駐車場がありそうなところを目指してフラフラしていると、母さんが寄ってきた。


「あんた……」


 大量のお説教が飛んで来る時の顔つきだった母さんは、俺の顔を見てぎょっとなって絶句してしまった。

 どれだけひどい顔をしているのだろうとぼんやりと思ってしまった。


「お別れは言えたの?」


 母さんが聞いたのはその一言で、僕は小さくうなずいた。 


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