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 人はいつか死ぬのに、死にたくないと思うのは何故なんだろう?

 死ぬのが怖いのはどうしてなのだろう?

 確かにそうだと思った。

 生きている以上は当然だとか、それが生存本能だなんて答えは思いついても言えなかった。

 死ぬのが怖くない人ばかりになると種の保存が……と頭がいい人は言うのだろうか。

 僕にはとても言えなかった。

 そんなことを言っても摩耶ちゃんは納得しないか、傷つくだろうと感じられたからだ。

 

「人間はどうして死んでほしくないって思うんだろうね?」


 ぽつりとつぶやいた。

 彼女が望む回答だとはとうてい思えなかったので、小声で言ったのだけど彼女には聞こえてしまったようだった。


「本当にね」


 彼女は悲しそうに同意した。

 

「お父さんもお母さんもつらそう。私が死んでも悲しくないのもつらいけど、悲しまれるのも心苦しいわ」


 とても複雑そうな声だった。

 突然にも思えるカミングアウトだったけど、僕は自分でも意外なくらいすんなりと受け入れることができた。

 彼女の中でずっと押し殺されていた中身があふれ出してきている気がしたからだ。

 今まで誰にも言わなかったことを、僕にだけは打ち明けてくれると思えば誇らしかった。

 切なさや悲しさがともなっていたけれど、何も打ち明けてもらえないよりはよっぽどいいことだと信じることができた。

 ただ、どう答えたらいいのかという問題から逃げることはできなかった。

 愛されている証なのだろうけど、そう言っても彼女の慰めにはならないことは火を見るよりも明らかだった。


「そうなんだね」


 間抜けみたいな声を出して相槌を打つだけだった。

 そんな僕に彼女は目を合わせずに尋ねてきた。

 

「春人君は、悲しんでくれる?」


 もちろんだよと言いかけて、ちょっとためらった。

 馬鹿なことを言うなよ、当たり前だろという言葉も飲み込んだ。

 このふたつは正解じゃない気がしたのだ。

 正解と言うよりは彼女の気持ちに寄り添ったものと言うべきだろうか。


「悲しまないほうが摩耶ちゃんはうれしいのかい?」


 だからと言ってこれは正解じゃないと思うけど、ベターではあると思えた。


「……難しいわね」


 彼女の答えよりも、声色で間違っていなかったと判断できた。


「悲しまないでほしいという気持ちは確かにあるのだけれど、春人君には思いっきり泣いてほしい気もして。私ってワガママかしら?」


 彼女はおどけようとして失敗した、そんなぐちゃぐちゃな顔で言った。


「それくらいのワガママ、言う資格はあると思う」


 僕はできるだけ優しい声で応えた。

 

「ただ、僕が全部応えられるかは分からない。たぶん難しいだろうね」


「春人君、優しいのね。困ってしまうくらいに」


 摩耶ちゃんは視線を天井に向けながらそう言った。

 優しさが人を困らせるケースもあるだなんて、ちっとも知らなかった。

 

「ごめん、忘れて」


 彼女はすぐに謝ってきた。


「謝ることじゃないと思うよ」

 

 僕は言ってからそっと彼女の手に触れた。

 彼女は嫌がるそぶりを見せなかったので手を握ってみた。

 彼女の手はひんやりとしていた。


「……うん」


 彼女はじっとしたまま一言だけ返してくれた。

 お互い黙ったまま静かに時が流れていった。

 僕は別に嫌じゃないけれど、彼女はどうなのだろうと漠然と思った。

 だからと言って現状を打破するためにはどうすればいいのか、さっぱり分からなかった。

 ……もしかすると正解を、と考えるのがよくないのかもしれなかった。

 そう思ったところで、僕は彼女に言ってみた。


「もう少し、ワガママ言ってもいいんだよ。おばさんやおじさんに言えないようなやつをさ」


 彼女は目を丸くしてこちらに顔を向けた。


「そんなこと言われると、甘えちゃいそう」


 彼女ははにかみ笑いを浮かべて言った。

 とても可愛らしい仕草に勇気をもらった気がして、さらに言葉を重ねた。

 

「甘えてほしいというのは、僕のワガママかな?」


 僕はできるだけお茶目な態をよそおい、肩をすくめてみせた。

 

「どうかしら?」


 彼女はくすっと笑って小首をかしげた。

 さっきまでよりもちょっとだけ空気が明るくなっていた。

 チャンスだと思い、もう少し踏み込んでみることにした。 


「摩耶ちゃんがワガママ言って、僕もワガママを言うというのはどうだろう?」


「お互いにワガママを言うの? 素敵ね」


 どこがツボに入ったのか、彼女は声を立てて笑った。

 僕としてはほっとしたという気持ちが強かった。

 彼女にはできるだけ笑顔でいてほしかった。

 本音を打ち明けてもらえてうれしいという気持ちと相反してしまうかもしれないけれど。

 死に行く人間に笑顔でいろというのは無理難題にもほどがあると思う。

 だけど、笑顔になる回数を増やすことはできるはずだった。

 そして彼女の笑顔を増やすのは僕の役目じゃないかと思えた。

 

「じゃあ、ひとついい?」


 彼女は不意に真顔になって聞いていた。

 僕は思わず姿勢を正してこくりとうなずいた。


「いいよ、何だい?」


「キスしてみたいの」


 彼女は頬を赤らめて、目は一瞬だけ合わせた後すぐにそらしながら希望を口にした。

 

「一回くらいはできたらいいなってひそかに思っていたんだけど……」


 羞恥心が大きくなったのか、言葉はだんだんと小さくなっていった。

 僕も正直聞いているだけで照れくさかった。

 けれど、彼女のワガママはできるだけ叶えてあげたかったし、僕にでも実現できることだった。

 深呼吸をこっそり二回して、そっと彼女に顔を近づけた。

 それに合わせて目を閉じた彼女の唇に、そっと口づけをした。

 キスは○○の味、なんて聞いたことは幾度もあるけれど、何味なのかさっぱり分からなかった。

 ただ、彼女の唇が柔らかいことだけが分かった。

 

「……意外と普通ね。ドキドキしたけれど」


 摩耶ちゃんは目を当てて、指で唇をなぞりながらそう感想を言った。

 全くもって同感だったのだけど、声に出したら魔法が解けて何かが消えそうだったので無言で首を縦に振った。


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