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まっすぐに帰らずに、キッチンへ移動して摩耶ちゃんのお母さんに声をかけた。
「すみません、そろそろ帰りますね」
ぼんやりと椅子に座っていたおばさんは弾かれたように立ち上がり、バタバタと寄ってきた。
「うん、ありがとうね」
無理に笑っている様子がうかがえて痛々しいが、目をそらすのも失礼だった。
「えっと、お見舞い品を持ってこようと思うのですけど」
僕は恐る恐る切り出した。
安物を持ってくるわけにはいかないし、高いものとなると親に相談する必要があった。
だからそのことで了承を得ようと思ったのだ。
「そんな、気を遣わなくていいよ」
おばさんはパタパタと手を振って断った。
「でも摩耶ちゃんに何かしてあげたくて……」
僕はうつむきながらも返答した。
「何もできないってつらくて……」
「あの子に笑顔が戻ったのは鈴成君のおかげよ。何もできないなんて、卑下しないで」
おばさんは優しくはげましてくれた。
そうなんだろうか。
たしかに知り合う前の彼女の様子なんて分かるわけがないから、おばさんの言うことを信じるしかないんだけど……。
「そうだったらいいんですけど」
「そうよ。大丈夫」
よっぽどひどい顔でもしていたのか、おばさんは力強く言ってくれた。
彼女に何かしてあげられているのならよかった。
でも、それだけじゃ満足できないという思いもあった。
「だったら少し安心しました」
「よかったらまた来てあげてね」
おばさんの言葉にうなずいて、ひとつ質問した。
「おばさん、摩耶ちゃんが好きなものってミステリー以外にありますか?」
おばさんは目を丸くして数秒考えたけど、教えてくれた。
「そうねぇ。子どもの頃はオルゴールが好きだったわよ。ヴィヴールってお店にも行っていたわ。最近は全然だけど」
彼女の部屋にはオルゴールなんて一つもなかったな。
体調が体調だから聞くのを止めてしまったのだろうか。
「オルゴール、探してみますね」
「無理しないでね。たぶん、毎日来てくれるほうがあの子は喜ぶわよ」
おばさんはそう言ってくれたので、明日もまた来たいと伝えて家を後にした。
オルゴールか……どこで売っているのだろう?
ヴィヴールってお店にあるのだろうか。
携帯で検索すれば出てくるだろうから、自力で買いに行ける距離だったらいいなと思った。
家に帰るとさっそく携帯を使って調べてみた。
ヴィヴールって店、ここから5キロくらい離れた場所にあるのか。
5キロだったら自転車で行けないことはないだろう。
今日は早めに帰ってきたから、今すぐ出発すれば7時には戻ってこれそうだった。
母さんに一言言って自転車に乗って出発した。
オルゴールなら彼女の心を慰めることができるだろうと信じたかった。
暗くなってきたので自転車のライトを道中でつけた。
ゆるい上り坂が長く続くコースだったので歯を食いしばりながら立ちこぎをしながら、何とか登り切った。
かなりきつくても、摩耶ちゃんは今の僕よりもずっとつらい思いをしているのだと考えれば頑張ることができた。
ヴィヴールという店は古風な木造家屋の二階建ての店だった。
もしかしたら一階が店舗で二階が自宅というスタイルなのだろうかと思った。
ガラス扉の左側に黒い看板が出ていて「ヴィヴール」とカタカナの白文字で書かれていた。
伝統のある老舗の名店という空気が出ているので、思わず生唾をごくりと飲み込んだ。
一介の高校生が気軽に入れるような店じゃない気がしてならなかったけど、摩耶ちゃんに勇気をもらってガラス扉をがらりと開けた。
中にいたのはつるっとはげた頭と黒縁のメガネが印象的な老人だった。
「いらっしゃい」
老人は上目遣いでこちらをちらりと見ながら、椅子に座ったまましぶい声をかけてきた。
十二畳分くらいの店内のテーブルの上に陳列されたオルゴールの値札を見たが、「19800」という数字にぎょっとなった。
他には2万円台、3万円台のものが多く、とてもじゃないけど手が出せそうになかった。
財布の中には五千円札一枚と千円札二枚しか入っていないからだ。
お年玉を崩せば何とか買えるくらいで、一度引き返したほうがいいか、それとも他の店に行くべきか迷いはじめたところで、老人がまた声をかけてきた。
「どんなものを探しているんだね?」
ちょっと迷ったものの、素直に打ち明けることにした。
学生でも手が届く品物を置いている店を、同業の人なら知っているだろうという判断もあった。
「彼女に贈り物をと考えているんです」
「学生さん?」
この問いにこくりとうなずくと、老人は指で右の隅のほうを示した。
「そのあたりの物は学生さんには厳しいだろう。そっちになら五千円未満の物を置いてあるから見てごらん」
「ありがとうございます」
お言葉に甘えて場所を移動してみると、たしかに五千円未満の物が並べられていた。
茶色や白の箱に入っているもの、時計型のもの、ファンシーな人形タイプ、それにピアノタイプの物もあった。
どれにしようかたっぷり迷った挙句、白い花柄がついたピアノタイプの物を選んだ。
可愛らしい物のほうがいいかなと単純な考えが結論になったのだ。
「これを下さい」
現物を持っていくと老人はにこやかにたずねた。
「包装しようか?」
この問いには一瞬だけ悩み、うなずいた。
あまり凝った物を渡しても摩耶ちゃんは困るかもしれないけど、さすがに中身をそのままというのはいかがなものかと思ったのだ。
「お願いできますか」
と言った僕に老人は確認してきた。
「誕生日プレゼント用かい?」
そう尋ねられるのは自然なのだろうと思った。
しかしながら、誕生日プレゼント用とお見舞い用で包装が変わるなら、きちんと伝えなければならなかった。
「いえ、病気のお見舞い用です。少しでも元気づけられたらいいなと思って」
後ろめたいことがあるわけじゃないけど、胸を張って言えることでもないような気がした。
自然と目をそらしがちになってしまった。
「そうか。じゃあ落ち着いたものにしよう」
そう言って白い木の箱に入れて同じ色のシックな包装用紙に包んでくれた。
「4320円だよ」
僕は五千円札を出しておつりを受け取り、オルゴールを大事に抱えて家へ戻った。
帰り道は下り坂だったから快適だけど、夜遅くて暗くなっていることもあって、スピードが出すぎないように気をつけた。
そして母さんに見つからないようにそそくさと部屋に戻った。




