28
見舞いに来てくれたらうれしいという返事が昼休みに届いていた。
放課後、自宅でメッセージを確認したので少し遅くなってしまったけれど、いそいそと準備をした。
今日はどんな本を持って行こうかと思案したところで、お花くらい持っていくべきじゃないかと思い当たった。
非常に今さらな気がしたのだけど、一度もお見舞いの品らしきものを持って行ったことがないのも事実だった。
どうしようかと悩んだ末、今日のところは本だけ持っていくことにした。
摩耶ちゃんに欲しいものを聞いたり、お母さんに彼女が好きなものを確認したりするほうが、ひとりで悩んでいるよりもてっとりばやくて確実だと気付いたからだ。
母さんに出かけるとだけ告げて、何か言われるよりも素早く出発した。
彼女の家までの道のりはいつもより遠く感じられた。
そんなわけがないと自分に言い聞かせ、少し足を早めた。
インターホンで応対してくれた彼女のお母さんはすぐに出てくれた。
「鈴成君、今日も来てくれてありがとう」
服装はシンプルだけど、昨日と比べて少しやつれたように見えてドキリとした。
そんなに彼女の体調が悪くなったのかと思わざるを得なかったのだ。
「こんにちは、お邪魔します」
お辞儀をして入れてもらい、靴を脱ぐながら謝った。
「すみません、お見舞いの品持って来てなくて」
「いいのよ、そんなの」
恐縮する僕に向かってお母さんは力なく笑った。
そういうわけにもいかないのでキッチンに通されながら質問した。
「摩耶ちゃんの好きな食べ物は何ですか? メロンやリンゴなら食べられるんでしょうか?」
「そうね。リンゴなら少しは食べられると思うわ」
お母さんは一瞬の間をおいてから答えてくれた。
リンゴなら食べられるのか……リンゴなら自分の小遣いでも買えるし、買ってこようと思った。
「今はどんな調子なのですか?」
「ベッドで休んでいるわ。昨夜遅くになって、めまいと手足のしびれが同時に来たのよ。今日も起き上がれなくて」
質問に対して目を伏せながら教えてくれた。
心臓に氷水が流し込まれるような気持ちになった。
一瞬聞いたことを後悔しかけたほどつらかった。
「そうだったんですか……」
どうして彼女がこんな目に、なんて思いがこみ上げてくる。
僕に言われたって困るのだろうなという冷静さはまだ残っていたけど……。
「さっき見てみたら起きているし、鈴成君が来るって言ったら喜んでいたから、会いに行ってあげてくれる?」
「はい、もちろん」
そのために来たのだと力強くうなずいた。
お母さんはふっと笑い、僕を送り出してくれた。
彼女の部屋に行くのは少し足が重かった。
調子が悪い彼女の姿を見たくない気持ちがあるのだと、今さらながら発見する思いだった。
同時に彼女のことを何だか裏切ったような後ろめたさを覚えた。
感づかれたくないと思いつつ、感づかれてしまったらすぐに謝ろうなんて考えていた。
部屋に入る前に軽く二回ドアを叩いた。
「はい?」
小さいけど彼女の声だと僕にははっきりと分かった。
「すず、」
緊張からか声がからんでしまったので、咳払いをして言い直した。
「鈴成だけど、見舞いに来たんだ。部屋に入ってもいいかな?」
ドアの向こうでも聞こえやすいように、大きめの声でゆっくりと言った。
「春人君? どうぞ」
彼女の声がちょっと華やいだのは自惚れじゃないといいなと思った。
「お邪魔しまーす」
何回も来たことある部屋に恐る恐ると入った。
彼女はベッドの中であおむけに寝ていて、顔をこちらに向けながらクスリと笑った。
やや顔色は悪かったものの、まだ元気があるようでホッとした。
「どうしたの、そんなおっかなびっくりして?」
腰の引けた様子なのが面白かったようだ。
笑える元気があるなら大丈夫かなと勝手なことを思いながら、何回も座ったことのある座布団に今日も腰を下ろした。
たぶん彼女のお母さんが敷いておいてくれたのだろう。
「いや、どんな調子なのかなって心配になって、気に障ったらごめんね」
「謝ることじゃないわよ」
先制かわりにと詫びると、彼女は瞬きをしながら優しく言ってくれた。
「来るのにもお見舞い品を持って来れなくて……」
「春人君が来てくれるのが、私にとって一番の見舞いよ」
彼女はきっぱりと言ってから照れていた。
そして不思議そうに聞いてきた。
「どうしたの? 今日はやけに自虐的ね?」
「うん。……何か一気に気分が落ち込んじゃって……辛気臭くてごめん」
本当は僕が明るく元気に彼女に力を上げるべきなのだろう。
それなのに僕と来たら、なんてダメな奴なんだろうか。
「私を心配してくれているんでしょう?」
彼女はそう言ってフォローしてくれた。
これじゃ立場があべこべだよな。
彼女はなんて強いんだと驚嘆した。
それとも弱いところを見せないようにしているだけなのだろうか。
とてもそうは思えなかった。
「そうだね。君の体調が回復するようにと祈っているよ」
難しいのはさすがに分かっていた。
だけども、祈らずにはいられないのだ。
彼女も僕の心情を察してくれたのか、小さくうなずいた。
「ありがとう」
彼女の礼を言う声が少し痛々しい気がしたけど、よくない考えはすぐに追い出そうと心がけた。
「一応今日も本を持ってきたんだ。机の上に置いてもいい?」
「ええ、いいわよ。なんていうタイトル?」
彼女の許可が出たところで僕は鞄から本をとり出し、彼女にタイトルを見せた。
「皇帝のかぎ煙草入れとビロードの悪魔だよ」
「どっちもジョン・ディクスン・カーね」
どちらも本棚にないタイトルだけど、やはり彼女はあっさりと著者を言い当てた。
うん、ミステリー好きなら知っていてもおかしくない有名作家だもんな。
「元気になったらまた読んでくれ」
「そうさせてもらうわ」
そこでやりとりは途切れてしまった。
今までとは違い、今日の摩耶ちゃんはベッドで寝ていることもあり、話で盛り上がろうという気にはなれなかった。
彼女のほうもこれまでと比べると、どこかしんどそうだった。
あまり長居はしないほうがよさそうな気配さえただよっていた。
「また来るね」
「ええ、またね」
そう言って僕は退散することにした。




