表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/35

27

 僕の祈りが天に通じたのか、その日摩耶ちゃんの体調が急変することはなかった。

 内心胸を撫で下ろしながら、公園の近くで待機してくれていたお母さんと合流した。


「少し早い気もするけど、今日はここまでにしよう」


 名残惜しい気持ちをあまり上手に隠せなかった僕に対し、彼女もまた残念そうな色を浮かべていた。

 

「そうね、無理はしないって約束だったから……また会いましょう」


 僕らは西の空に移動した太陽の光を浴びながら、どちらからともなく握手を交わした。

 僕のほうは彼女が痛くないように優しく、彼女は何かの決意の表れでもあるかのようにギュッと強く。


「せっかくだし、最後に写真を撮らない?」


 不意に思いついた提案だったけど、彼女はうなずいてくれた。

 まずはお互いの携帯でお互いを撮影しあい、最後に僕の携帯で二人仲良く映った。

 確認してみたら僕は照れくさそうに、彼女ははにかみ笑いを浮かべた顔になっていた。

 ただ、あくまでも携帯のカメラだからクオリティーは抜群というわけではなかった。


「機会があれば誰かにちゃんとしたカメラで撮ってもらいたいね」


 という摩耶ちゃんの言葉に黙って賛成した。

 彼女が待機していた車に歩いて行って助手席に乗り込むと、お母さんがとてもうれしそうな笑顔で頭を下げた。


「鈴成君、今日はどうもありがとう。よかったらまた相手してやってね」


 何度もお辞儀をした後、ようやく車に乗り込んだ。

 エンジンがかかると同時に助手席の窓が開き、彼女が顔を出して手を振ってくれた。

 ゆっくりと走り出した車にそっと手を振って見えなくなるまで見送った。

 寂寥感が少しずつ胸に広がってくるのを振り払い、足早に家へと帰った。

 母さんに「ただいま」と言ったら「おかえり」とだけ返ってきた。

 何か言いたそうな顔をしていたけれど、何も聞いてこなかった。

 きっと今は何を言ってもまともに返ってこないと予想できたからだろう。  

 こうして適度に放っておいてもらえる距離感は実にありがたかった。

 摩耶ちゃんとの関係はほぼ恋人のようなものだ。

 正式に交際を申し込んだわけじゃないので、ちょっと腰が引けたような表現になってしまうけど。

 彼女ができたなら報告しろ、一度くらい家に連れてこい、と母さんに言われるのは目に見えていた。

 それでも何も言わないでいる理由は、彼女の境遇が特殊すぎるからだ。

 それさえなかったら報告くらいはしたのだろうけど、その場合彼女と仲良くなれたか怪しいんだよなあ。

 全くままならないものだった。

 苦い汁が胃の中でいっぱいになったような不快感に襲われながら、ぼんやりと部屋の天井をながめていた。

 残念ながら僕が彼女にしてあげられることなんて、あまりにも少ない。

 だからせめてそれだけでも精いっぱいやろうと考えた。

 明日は一日休養期間を置くから、早くても明後日だなと計算してみた。

 もどかしいという気持ちがないと言えば嘘になってしまうけど、摩耶ちゃんに何かあってはいけないもんな。

 話を聞くかぎりでは時間の問題なのだろうけど、それを縮めるような愚行は絶対に避けたかった。

 詳しい情報を教えてもらえていないので、僕にやれることはほとんどなかった。

 もっとも教えてもらったら何かできるとはかぎらないわけで……。

 マイナス感情に心が飲み込まれそうになったので、必死に思考を切り替えた。

 明後日はどこに行こうか。

 摩耶ちゃんと何を話そうか。

 少しはデートについて勉強したほうがいいのだろうか。

 せめて一緒に彼女を楽しませる努力くらいはするべきではないのだろうか。

 いろんな考えが次々と浮かんできて、頭の中を駆け巡った。

 ひとまず起きて、携帯を使って彼女とデートプランについて検索してみた。

 しかし、いざ調べてみると情報が多すぎてどれが適切なのか、皆目見当もつかなかった。

 摩耶ちゃんは病気のこともあってインドア派には間違いないだろうが、それくらいしかヒントがないからな。

 後はミステリー小説が好きだということだ。

 本屋巡りも楽しいという意見があって同意できるものの、摩耶ちゃんにはそんな体力が残されていないのだろうなという予感によって却下された。

 体力がない子と楽しむプランで無難そうなのは、部屋デートだった。

 何回かお見舞いに行って彼女の部屋に上げてもらったけど、あれが結局一番いいのだろうか。

 僕ひとりで悩んでいるだけじゃ埒が明きそうにもないと結論づけた。

 彼女の意見も聞いてみればいいと判断した。

 さすがに今日は止めておいたほうがいい気がするので、明日にでもメッセージを送ってみようか。

 少しずつ気分が上向いてきたので、我ながら単純だと苦笑したくなった。

 明日も何事もなく、彼女に会えますように。

 そう祈った。

 次の日、起きてみると彼女からラポールのメッセージが届いていた。

 何だろうと思って確認してみると、「摩耶の母です。今日は学校を休ませます」と書かれてあって、頭に冷や水を浴びせられた。

 一体何があったのかと心配でたまらなかったけど、ラポールは長文を送るのに適したアプリじゃなかった。

 大丈夫かと気遣う文面とよければお見舞いに行きたいという文面を送った。

 すぐに返事はなかったので、後ろ髪を引かれる思いで携帯をポケットに入れて学校に向かった。

 摩耶ちゃんが休みだと坂木先生に告げられると、クラスでは「またか」という空気になった。

 心配そうにしている女子は何人かいるくらいで、他のみんなは気に留めていないようだ。

 ほとんど話したことがないクラスメートがよく休んでいるだけでは、特に感じることもないのだろう。

 摩耶ちゃんがクラス内で存在感がないことが悲しく感じるのは、もしかしたら僕だけかもしれなかった。

 考えすぎだったらいいのだけど。

 彼女がいない教室は何だかうす暗くて、空気もどことなく重かった。

 彼女がいないというだけで、彼女の体調がよくないだけで、こんなにも景色が色あせてしまうのか……。

 彼女に対して関心を持っていなそうなクラスメートたちには、怒りさえ覚えそうになった。

 ただ、彼らにしてみれば理不尽な八つ当たりでしかないのだろう。

 僕が怒り、責めたところで彼らは戸惑うだけだろう。

 そう思えるだけの冷静さは、まだどうにか残っていた。

 大体、僕がわめいたところで何も変えられない。

 どうして僕は学生なのだろう?

 医者になれば彼女は救えるのだろうかと思い、すぐに否定した。

 医者になれば彼女を救えるのであれば、きっとすでに治療が完了しているはずだ。

 現代医学には限界があるのだと思い知らせることはないはずだった。

 この気持ちは一体どこに向ければいいのだろう。

 出口のない迷路に迷い込んでしまったようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ