26
「摩耶ちゃん、寒くない?」
黙って座っているだけじゃ味気ないと、僕は無理に質問をひねり出した。
もっとも、声に出してから悪くない問いかけだと思うことができた。
四月になったとは言っても、まだ少し肌寒い日だったからだ。
「うん……少し寒いかな」
摩耶ちゃんは腕を軽くさすりながら答えた。
「よかったら使って」
僕は制服のジャケットを脱いで、彼女にかけてあげた。
「え、でも悪いわよ。春人君だって寒いでしょう?」
遠慮する彼女に僕は笑いかけた後、ゆっくり首を横に振った。
「僕はどちらかと言うと暑がりなんだ。だから平気だよ」
嘘だった。
僕はどちらかと言えば寒がりな方だった。
だけど、今だけは何としても我慢しようと必死だった。
僕の気持ちが勝ったのか、体は寒くても震えたりはしなかった。
もちろん、気持ちの問題だけではなくて四月だからそんなには寒くないというのもあるだろう。
「実は女の子に上着をかけてあげるのって、ちょっとした夢だったんだ」
とおどけて言ったのが功を奏したか、彼女はくすっと笑って僕の上着をはおってくれた。
「男の子ってやっぱり大きいのね」
自分の体とサイズが合わないジャケットに触れながら、彼女はしみじみと言った。
「そうだね」
僕は男子の中では大きな方ではないけれど、それでも彼女よりはずっと背が高く肩幅も広かった。
女子の平均がどれくらいなのか知らないけど、摩耶ちゃんは百六十はないはずだ。
「こうしてみたいと思っていたのだけど」
ふと摩耶ちゃんが言った。
「いざやってみたら、思ったより感慨がわいてこなくて困るわ」
彼女は本当に困っているようで、眉間にしわを寄せていた。
「意外とそういうものなんじゃないかな?」
僕はフォローしようとした。
これも嘘だった。
彼女が自分の上着をはおっている姿というものは、正直グッとくるものがあった。
具体的にはどう言えばいいのか、さっぱり分からなかったけども。
「そういうものかしら」
彼女は特に反発したりせず受け入れてくれた。
僕の意見に納得したわけじゃなくて、議論する不毛を避けただけなようにも思われた。
せっかくの時間なんだから、楽しく過ごしたいものなぁ。
さあここからどうしようと思ったところで、僕は女の子と付き合った経験の乏しさに泣かされることになった。
深く考えずに思いつくことと言えばミステリー関連のことばかりで、せっかくの公園デートで話すことじゃないよと客観的な自分がストップをかけた。
「春人君は、これまでにデートってしたことないの?」
黙っていると彼女のほうから話題を振ってくれた。
申し訳なく思いながらもありがたく乗っかることにした。
「うん、ないよ。摩耶ちゃんが初めて」
デート相手がモテないっていうのは女の子はどう思うのだろう? と少し不安になったものの、正直に本当のことを答えた。
嘘をついても仕方がないし、万が一バレてしまったら目も当てられないような展開になりそうな気がしたのだ。
「そうなんだね。ちょっと意外」
と彼女は言ってくれた。
うれしかったけど、多分おせじだろうと思った。
彼女のほうこそ彼氏はいなかったのかなと考えたけど、病気の話になってしまいそうだったので自重した。
「そうかなぁ?」
僕はそう言ってから、彼女に質問を投げた。
「摩耶ちゃんはミステリー以外はあんまり読まないの?」
たしか本棚はミステリーと死にまつわる話の二通りだったように記憶していた。
「ええ。年頃の女の子らしくないとは、時々言われるわね」
彼女は自嘲気味に笑った。
「そういうものかな?」
僕は本気で首をひねった。
たしかにミステリー小説は女の子らしいものじゃないけれど、女性ファンだって少なくないはずだ。
「ミステリー小説が好きな女性はけっこういるんじゃなかったっけ?」
「それは私も聞いたことがあるのだけれど、一冊で何人も殺される本格ミステリー好きだと、どうなのかしら?」
彼女が疑問形を使ったけど、僕も分からなかったのでふたり仲良く首をかしげることになった。
結論が出そうになかったため、他の話題へと移ろうと考えた。
「明日はどうする? さすがに二日連続で同じ店は止めておきたいと思う?」
僕のほうは摩耶ちゃんが行きたいならかまわないと思っていた。
「そうね。それに体力的な不安もあるから、明日は止めておこうかな」
彼女はちょっと悲しそうに答えた。
こういうことにも体力を消費するのか、と改めて思わざるを得なかった。
「そうだね。無理することはないよ」
僕と遊んでいたせいで症状が悪くなる展開なんて、想像しただけで最悪な気分だ。
是が非でもそれだけは避けたかった。
「空って青いのよね……」
ぽつりと漏らした摩耶ちゃんの一言は、深い意味がありそうでとっさに返事できなかった。
「雲が浮かんでいて、風が吹いて……」
だから彼女の言葉を黙って聞いていた。
何でものない一つ一つを宝物扱いするような彼女の言葉を、一字一句忘れないよう脳みそに刻み込むつもりで。
「花も咲いているよ」
彼女の言葉が途切れたタイミングを見計らって言うと、彼女は息を飲んだ。
「そうよね。すっかり忘れていたわ」
彼女は自嘲まじりに苦笑した。
「見に行く?」
「ええ」
僕の問いに即答したので、先に立ち上がって彼女に手を差し伸べた。
自分でも自分の行動に驚いたけど、彼女は一瞬目を丸くしただけですぐに僕の左手を取った。
彼女の手は小さくてひんやりしていて、柔らかくてドキドキした。
「さあ、こっちだよ」
僕は何とも思っていない風を装って彼女をゆっくりとエスコートしながら、道路のほうへと歩いて行った。
道路の手前には植え込みがあって、白い花が咲いているのだ。
野草なのか雑草なのか僕では区別できないけど、可憐で鑑賞する価値があると思った。
「可愛いよね、この花。名前は知らないけど」
彼女が手を離してしゃがみ込んで花を覗き込んだので、僕もまねをした。
「ハナニラじゃないかしら?」
摩耶ちゃんは自信なさそうに言った。
「ハナニラ? それがこの花の名前なのかい?」
「自信はないけどね」
彼女は断りを入れた。
「花の名前が出て来るだけですごいよ」
感心する僕を彼女はおかしそうに笑った。
「やだ、そんな大したことじゃないでしょ」
「僕なんて桜、バラ、チューリップくらいしか分からないと思うよ」
これが男子と女子の差なのかもしれないなと思った。
「男子はやっぱり花より団子なのかしら。私もどちらかと言えばそうなんだけど」
と彼女は言ったけど、正直あまり信じられなかった、
もっとも、彼女と知り合ってまだそこまで時間が経っていないだけかもしれなかった。




