25
シェイクを飲み終えたところで僕が尋ねた。
「今日はこの後、公園に行くんだよね。歩いていくかい? それとも車?」
彼女は少し迷ってから答えた。
「できれば歩いていきたいかな……行けたらいいのだけど」
自信がなさそうな様子に僕まで心配になってきた。
こうして話している分には、そこまで具合が悪そうには見えなかった。
もちろん症状が落ち着いているせいもあるのだろうけど。
「とりあえず無理だけはしないでくれ」
懇願するように言うと彼女は「ふふふ」と笑った。
「しないわよ。無理して倒れたら、春人君と会うことを禁止されちゃうだろうし」
とっさに返事できなかった。
数秒経ってようやく何を言われたのか理解が追いつき、真っ赤になってうつむいてしまった。
心臓が大きく跳ね回っていることが自覚できていた。
ただ、いつまでもそうしていられないと、無理やり言葉をひねり出した。
「そうだよ。会えるだけ会いたいからね」
恥ずかしいのを我慢した甲斐はあって、彼女も同じように頬を紅潮させてうつむいた。
カウンターが成功したと素直に喜ぶことはできなかったけど、彼女が照れてくれたというのはちょっと誇らしかった。
「そろそろ出る? それとも摩耶ちゃんはもう少しこの店にいたい?」
僕としては公園に行ってみたかったけど、彼女にしてみれば来たくても来れなかった店にようやく来れたのだ。
じっくり味わいたいかもしれないと思ったのだ。
「出ましょうか。また来れるでしょう?」
彼女はすぐに決断していた。
僕が聞かなければ自分から言い出していたんじゃないかと感じたくらいすばやかった。
「うん。明日でも明後日でも、しあさってでも」
と返すと彼女がくすりと笑った。
「さすがにそんなに連続して無理よ」
「そっか。そうだよね」
僕らは声を出して笑いあった。
益体ものないことだとは思うけど、二人仲良く笑いあえるのはとても素晴らしかった。
願わくばもう少しこの時間が続いてくれたら……と思わずにはいられなかった。
「あ、僕があるよ」
空になったカップを乗せたトレーを持とうとした彼女を制して、僕が返却口に持っていきゴミも捨てた。
次に自分の分をやった時、彼女に「ごめんね」と謝られた。
「いいんだよ。ちょっとくらいは頼ってほしい」
できるだけ笑顔で返した。
彼女に制限があるのは別に彼女に責任があるわけじゃないんだ。
気にするなと言っても無理なのだろうけど、心理的な負担が軽くできればいいなと思った。
「うん」
彼女は小さくうなずいてくれた。
大したことじゃなくてもかまわないから、彼女の中で何かが変わればいいなと思った。
元気のいい店員の声に送られて店の外に出ると、お母さんが心配そうな顔をして車から降りてきた。
「……どう?」
「今のところ平気」
不安が秘められた問いかけに彼女は嫌な顔をせず、正直に申告した。
「だから公園まで歩いてみたいの」
彼女の希望はすぐに受け入れられなかった。
「そんなに遠いところじゃないし、春人君も一緒だから心配しないで」
彼女が言葉を重ねると、お母さんは悩みながらも首を縦に振ってくれた。
「何かあったらすぐに連絡してちょうだい」
「分かっているわよ」
彼女はそう言ったものの、お母さんは僕の方を見て念押しするように言った。
「鈴成君、申し訳ないけどお願いね」
「はい」
安心してほしいと力強く答えてから、一点だけ気がかりだったので聞いてみた。
「でも、連絡先は分からないですよね。どうやればいいでしょう?」
僕がそう言ったところで摩耶ちゃんがお母さんに携帯を手渡した。
「春人君とラポールでIDを交換してあるの。お母さんが持っていれば、何かあっても春人君から連絡できるでしょう」
あらかじめ考えていたんじゃないかと思うほどスムーズな発言だった。
お母さんは納得したらしく、彼女の携帯を受け取った。
複雑な表情はできれば僕からの連絡がないように、と祈っているのではないかと推測した。
「じゃあ行きましょ」
摩耶ちゃんはこっちに目をやりながら促した。
彼女の表情を見た僕は、「この子は強いな」と思ってしまった。
ずっと戦っていた彼女が強くて、最近知ったばかりの僕がそうじゃないのは当然なのかもしれない。
だけど、当然だとは考えたくはなかった。
彼女の近くに居続けられるようになりたいと思った。
僕は彼女の右側に立ちながら、ゆっくりとしたペースで歩道を歩いていた。
「公園ってどっち?」
と聞いてみたところ、彼女が簡単に行き方を教えてくれた。
「そこの横断歩道を渡って、右に曲がってまっすぐに進んで、信号を渡って左に曲がったらすぐよ」
「そうなんだ」
彼女の説明は分かりやすかったけど、行ったことがない場所を説明したとは思えない上手さだった。
よっぽど楽しみにしていてくれたんだなと解釈することにした。
……それ以上深く考えると、切なくなってしまいそうだったから。
公園までの道のりは短いようでけっこう長かった。
公園までたどり着けば、小学校低学年くらいの女の子たちが鉄棒をやっていて、広いグラウンドでは男子小学生たちがサッカーボールを追いかけ回してした。
楽しそうにはしゃぐ声が心地よく耳に届いたのだけど、彼女はどう感じるのだろうと思わざるを得なかった。
「いいわね」
彼女はグラウンドのほうを見ながら、小さくぽつりと一言だけつぶやいた。
羨望やあこがれ、それ以外の気持ちがヒシヒシと伝わってくる一言を、僕は自分なりに受け止めようと思った。
けれど、受け止めるだけで何か気の利いた言葉を返すことは思いつけなかった。
だったら黙っていたほうがいいんじゃないかと判断したのだけど、公園についてから彼女がどうしたいのかを聞いていなかったと気づいた。
「摩耶ちゃんはこの後どうしたい?」
立ったまま子どもたちを見ている彼女に勇気を出して声をかけた。
「そうね。のんびりお話でもしたいかな」
「じゃあそこのベンチに座ろうよ」
僕は滑り台の正面に位置しているこげ茶色のベンチを指さした。
話するだけなら移動する必要はなかったんじゃないかとは、間違っても言ってはいけないだろう。
「ええ」
彼女と並んでベンチに座った。
背もたれはないけれど、位置的には道路に面した金網が代わりになってくれそうではあった。
目の前の滑り台を楽しそうに滑っているのは、五歳くらいの男の子だろうか。
それをお母さんらしき人が立ったままじっと見守っていた。
何でもないひと幕に過ぎない光景であっても、摩耶ちゃんにしてみれば「やりたくてもできないこと」の一つなのだろう。
そんな彼女に僕はなんて声をかければいいのだろう……。




