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夜、摩耶ちゃんからラポールのメッセージが届いた。
高校の合否結果を見に行った時以上にドキドキしながら、画面をタッチしてメッセージを見た。
「先生の許可は取れたわ。お母さんが近くで待機しているという条件がついたけど。それに明日も大丈夫そうよ」
という文面を見た時、安堵のあまり僕の体から力が抜けてしまった。
「そっか。よかった。約束通り、明日ノートを持っていくよ」
そう返事をタイプする僕の指は若干震えていた。
当然彼女に伝わるはずもなく、何事もないようにメッセージが返ってきた。
「ありがとう。何時ごろに来れそう? 分かったら教えてね」
このメッセージを見た時、正直に言うと困ってしまった。
いったい何時ごろに行くのが無難なのか、ちっとも分からなかったからだ。
「何時ごろに行けばいい?」
分からないことはもう本人に聞いてしまえと、メッセージで質問してみた。
「そうね。午前の10時くらいか、お昼の15時回ってからのどちらかにしてもらったほうがいいかしら」
大して待たされることなく彼女からの返事が届いた。
10時くらいか、それとも15時過ぎたあたりか。
どうしてそのふたつなんだろうという疑問はあったけど、何か事情があるのだろうと詮索はしないことにした。
女の子だし、病人なのだからいろいろあるんだろうさ。
「それじゃあ15時過ぎでどうだろう?」
とメッセージを送ったのは、深い考えがあったわけじゃなかった。
10時に行けば帰ってきて母さんと一緒に昼飯を食べることになるだろう。
何となくだけど、それが嫌だったのだ。
15時にしたところで晩飯で一緒になるの変わらないのに。
自分でも自分の微妙な気持ちの動きがよく分からなかった。
別に深刻なことではないのだし、ひとまず棚上げすることにした。
「分かったわ。15時過ぎね。楽しみにしてる」
五分ほど待たされた結果、彼女からちょっと浮ついたようなメッセージが届き、思わず頬がゆるんでしまった。
自分と会うことを楽しみにしてもらえるというのは、こんなにも心がポカポカするものなのかと知らされた。
「僕も楽しみにしているよ」
とメッセージをほとんど無意識で打っていた。
送ってから今のはけっこう恥ずかしい文面だったのではないかと頭を抱えたくなった。
しかし、楽しみにしていると言われたのにスルーするのも、何だか無味乾燥で申し訳ないからこれでいいのだと思いなおした。
ノートを取り出して机の上に広げて並べてチェックをして、せっかくだから坂木先生に相談すればよかったなと後悔した。
さすがに今日もう一度登校する気にはなれないので、月曜日にでも言ってみようと思った。
明日のことを考えるとワクワクが三割、ドキドキが七割くらいだった。
寝る前にもう一度メッセージを読みなおしてみたけど、結局ハンバーガーはいつに行くのか分からなかった。
この時間帯だし、明日直接会って聞いてみればいいだろうと考えた。
この日の僕は珍しく寝付けなかった。
遠足を前の日に迎えた子どもかと自分に対して苦笑したくなったほどだった。
「何だか朝から落ち着きがないわね」
朝になって下に降りたところで、母さんにそんなことを言われてしまった。
本当にこの人はエスパーなんだろうなともうあきらめることにした。
「ちょっと昼から出かけるよ」
「デートかな?」
母さんの何気ない言葉に僕は考えさせられてしまった。
彼女の部屋に行って本を貸し借りしたり、ノートを見せたりするのはきっとデートなのだろう。
だけど、僕と摩耶ちゃんの場合にも当てはまるのだろうか。
下の名前を呼びあっているのはあくまでも「友達だから」という理由だったはずだ。
たしかに摩耶ちゃんは魅力的な女の子なんだけど、だからと言ってデート気分でいるのは不謹慎というか、心無い行為に思えてならなかった。
「変な子ねえ。そこで照れたりしないんだ」
母さん相手じゃ何もかも筒抜けになってしまう。
それが正直ちょっと面倒になってきていた。
僕だけならいいんだけど、摩耶ちゃんのことでもあるからだ。
「あんまり詮索してほしくないな。心配されているのは分かるけど」
そのせいか、ちょっと語気が強くなってしまった。
「ごめん」
びっくりしてこちらを見ている母さんの表情で、頭が冷えたのですばやく謝った。
「ううん。私のほうこそ無神経だったみたいね。悪かったわ」
母さんのほうも謝ってくれた。
ちゃんと反省してくれるのがこの人のいいところだ。
ただ、それでも何となく空気が気まずくなってしまったのはどうしようもなかった。
その後話題はなかったし、昼食の時も微妙な空気だった。
いっそのこと母さんにも摩耶ちゃんのことを話せたらいいのだろうけど、僕の一存でしゃべってしまっていいのかという気持ちが強かった。
少なくとも本人の同意は必要だと思うのだ。
今、言える範囲のことだけでも言おうかとふと考えた。
だけど、それをしようとすれば思わせぶりで訳が分からない内容になってしまいそうだったのでやめておくことにした。
母さんにしてみれば、隠しごとをせずに打ち明けてほしいのかもしれないけれど。
何となく重い足取りを家を出て、こんな様子を摩耶ちゃんに気取られてはいけない。
パァンと両頬を軽く叩き、無理やり気分を切り替えて出発した。
頬を叩いた効果はあったのか、摩耶ちゃんの家につくころには完全に気持ちは立ちなおっていた。
「いらっしゃい。今日はあの子、楽しみにしていたのよ」
と言って出迎えてくれた摩耶ちゃんのお母さんは、心なしか顔色がよくなっていた。
何かいいことでもあったのだろうかと思い、僕もちょっとうれしくなった。
「今日はノートを持ってきました。後、新しい本も」
「いいことだわ」
断りと言うか、報告するとお母さんは目尻に涙を浮かべて笑ってくれた。
やはりこれはつらいのだけど、彼女と寄り添いたいなら避けては通れない道だろうと自分に言い聞かせた。
せめて逃げるのはやめないといけないんじゃないかなと思ったのだ。
ただ、その前には彼女と話をしておいたほうがいいだろう。




