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学校に着くと、どこからか元気のいいかけ声が聞こえてきた。
運動部の人たちはとっくにやってきて、活動を始めていたようだった。
すごいなと感心しながら、僕はまずどうするかを悩んだ。
本のほうは図書館内にあるパソコンで現在貸し出し中かどうかを確認できるのだし、土日の図書館の利用者の少なさを考えればあまり急がなくてもよさそうだ。
それよりも坂木先生が来ているかどうかを確かめたほうがいいだろう。
運動部の顧問だったら来ているのだろうけど、あの人が何部の顧問をしているのか、思い出せなかった。
知っているクラスメートはもちろんいるだろうけど、僕が連絡先を知っているクラスメートと言えば、摩耶ちゃんだけだった。
そういう事情だから直接先生に聞くか、今日のように探すかの二択だった。
とりあえず職員室に行ってみることにした。
誰に聞いた話だったかは忘れてしまったけど、土日に活動している部活がある場合は、職員室にも先生がいるとのことだった。
坂木先生がいてくれれば最高にラッキーなのだけど、さすがに都合の良すぎる展開はないだろうと自分を笑った。
職員室に行くためには下駄箱を左に曲がってまっすぐ進み、一番奥の曲がり角を右に曲がらなければならない。
当然のことかもしれないけど、誰にも遭遇しなかった。
土日に部活に入っていない生徒が校内をうろうろしているのはいかにも不自然だし、理由を聞かれても困るからありがたかった。
職員室の前に立ち、大きく深呼吸をしてドアを開いた。
「失礼しまーす」
何とか声を張り上げると、奥で人が立ち上がってこちらにやってきた。
その人は何と坂木先生だった。
びっくりして固まっている僕の顔を見て、先生は怪訝そうに尋ねた。
「何だ、鈴成? 今日はどうした? お前はたしか、部活やっていないだろう?」
先生の声を聞いているうちに我に返った僕は、まさかの最高にラッキーな展開に甘えることにした。
「実は先生にご相談したいことがありまして」
必死に頼むと、先生は真顔になった。
「分かった。入れ」
先生は僕を自分の席まで案内してくれた。
ぎしりという音を立てて椅子に座った先生がこちらを見上げながら、確認してきた。
「一応聞いておくが、穂高のことか? それともそれ以外のことなのか?」
「穂高さんのことです」
危うく摩耶ちゃんと言いかけたけど、何とか修正ができた。
「何かあったのか?」
坂木先生は心配そうに聞いてきた。
唯一接点がある生徒が相談したいことがあるなんて言えば、早合点されるのも仕方ないのかもしれない。
「彼女のことでどうすればいいのかと……もう少し彼女の気持ちに寄り添えたらと考えたのですが」
僕が言葉を探しながら気持ちを打ち明けると、先生は目を丸くした。
「難しいことを言うな」
そしてすぐに表情を真顔に戻した。
「まさか、そんなにあいつは悪いのか?」
先生は何か勘違いしたようなので、訂正する必要を感じた。
「いいえ、そういうわけではないのです。僕が自分の無力さを感じてしまって……」
目を伏せやるせない気持ちを吐露すると、先生は納得したような顔になった。
「そうか。お前の気持ちは分からんでもない。俺たちがあいつにしてやれることなんて、残念ながらほとんどない」
先生にそう言われてしまうと、やっぱりそうなのかという悔しさがこみあげてきた。
「あいつに寄り添いたいと思うお前は立派だ」
うつむいてぎゅっと拳を握りしめた僕に、先生は優しく言った。
「なら、あいつに聞くしかないだろう。どうしてほしいのかと。結局あいつの望みなんて、あいつにしか分からないことだからだ」
「……そうかもしれませんね」
言われてみればなるほどと思うことだった。
むしろどうして自分で考えつけなかったのだろうと不思議なくらいだ。
「そう思えるだけ成長しているとみていい。あまり気にしすぎるな」
先生はなぐさめるように言ってくれた。
おかげでいつまでもうつむいていないで顔を上げようという気になれた。
明日会えたら聞いてみよう。
僕も彼女の運命と向き合う勇気を持ち始めたと。
「ありがとうございます。少し分かった気がします」
礼を言うと先生は切ない顔で言った。
「頼んだ俺が言うのもなんだが、ひとりで抱え込むなよ。相談しろ。大したことはできないと思うが、ひとりで悩み続けるよりはマシだろう」
「はい。ではこれで失礼します」
ぺこりとおじぎをして職員室を出て、図書館へと向かった。
先生には本人に聞くしかないと言われたけど、穂高さんが読んでいた本の内容は知らないよりは知っておいたほうがいいだろうと判断した。
到着するとカウンターの左脇にあるグレーのデスクトップ型パソコンの操作して、まずは「死を受け入れること」というタイトルを検索した。
幸運なのか不人気なのか、在庫が存在していた。
次に「余命宣告をされてから」、「人はいつか死ぬ」も検索してみると、やはり現在図書館にあるようだった。
人気がないのだろう。
タイトル的に暗いイメージだし、ニーズがなくても不思議じゃないのだけど、どうして置かれるようになったのだろうという疑問はあった。
もっとも、今僕がするべきなのはそんな疑問を解消することじゃなかった。
棚番号をチェックして本を取りに行き、いつもの誰もいない机の椅子に腰を下ろした。
最初に見たのは死を受け入れることで、見覚えのある老夫婦の話だった。
共感できないと思いながら読んだ記憶があるけれど、穂高さんもまた死に向かった準備を始めているのだろうかと想像すると、一気に胸が苦しくなってしまった。
知り合いがそうかもしれないと思うだけで、こんなにも読み方が変わるなんて……。
余命宣告をされてからは、三十代の男性の闘病生活だった。
まだ死にたくないという思いがやはり心にザクザクと突き刺さってきた。
彼女もまたこのような気持ちを抱いているのだろうか。
それとも死を受け入れているのだろうか……分からない。
残念な僕の頭では想像することすら難しすぎた。
坂木先生が言った「あいつに聞くしかない」という言葉は正しかったのだと、嫌でも実感できた。
果たして僕の問いに彼女は応えてくれるだろうかという不安はあった。
しかしながら、彼女自身はそんなことよりもはるかにきついものを抱えているのだ。
彼女に寄り添おうと本気で思うなら、この程度のことでしり込みしてはいけないと考えた。




